暗闇に一つ二つ、ぽつりぽつりと落ちる赤い大粒が地面を湿らせる。 頭が痛えし、体中も痛い。 至る所から出血している。 もしかしたら死ぬんじゃねえの、 目の前に佇む男と真正面から向き合う。 焦りもしない余裕綽々な顔を見せ付けられ頭にくる。 覚束ない足に力を入れながら踏ん張るが、どうも片膝がつく。 屈辱感が伴い、苛立ちは強まるばかりだ。 相手もそこそこには傷を負っているが、この状況は相手にとって好機であり面白いのだろう。 笑い声が口から漏れていた。 「おいおいおいおいおい。 俺を殺すんじゃあなかったのか? パッショーネの暗殺チームの一人なんだよなァ? しっかりしろよォ?」 いやに疑問符が多い野郎だ、と血反吐を吐きながら見定める。 その間にも血は滴り落ちる。 頭がふらふらと左右に揺れる感覚を覚えた。 マズイな、ぼんやり思う。 「お?そろそろ限界か? お前のスタンドちと厄介だからなァ・・・。 でも、もうそんな心配はいらない。 何故なら?お前が今から死ぬからだ。」 右手を軽く上げるポーズを取る男は、誰かに合図でも送っているようだ。 仲間がいたのか、男の背後に人影が一つ見える。 今の俺ではそこら辺りの猫にでも殺られちまいそうだと言うのに援軍が来るのか、とやはりぼんやりと思う。 足の力ももう入らず、後ろへ倒れた。 死ぬ覚悟は昔からついてある。 別に死ぬのは怖くなかった。 「はぁー、手こずらせやがって・・・。 おい旭。 お前があいつを殺れ。 今日がお前の初舞台だ。」 「えっ・・・、は、はい。」 凛とした鈴の音のような声が耳に入ってくる。 恐らく先程の人影だ。 女だったのか。 間抜けな返事をしたその女が徐々に俺に近付いてくる。 ナイフを持っているだろう手は両手共に胸元にでもおいていることだろう。 緊張気味な足音をそろりそろりと忍ばせる。 やがて女の顔が見えるぐらいまでの距離になった。 髪が長く、顔立ちの良い、爽やかな匂いのする女だった。 女は俺と目が合うや否やはっ、とした表情をする。 まるで俺のことを知っているかのように。 「水色さん。」 野郎との距離が少しばかり遠いせいなのか、女は普通の声量で声を掛けて来た。 弱っているとは言え、ここまで近くまで来られれば一瞬で殺せるだろう。 スタンドもなにも出してこない女に視線をぶつけてみても動じもせず、尚も近寄って来る。 殺してくださいと言っているようなものだった。 「水色さん、私お兄様に貴方を殺せと言われたんですけど、私貴方を殺せないんです。」 俺の上に跨っては重みもさほどないように膝立ちで話し掛ける。 右手に持つナイフは月の光で鈍く光っている。 女の長い髪が前へ垂れて、俺の顔にさわりと触れて来た。 鬱陶しいとは感じなかったが、くすぐったさが交じって顔を若干反らす。 それに気付いたのか、女は髪を後ろへ退けてくれた。 言葉も相まって、良い所のお嬢様という感じだ。 俺は鼻を鳴らす。 「殺せねえ訳じゃあねえだろ。」 「・・・でも殺せないんです。 ねえ、水色さん。 水色さんは殺し屋さんなんですよね?」 言いたいことを飲み込んだ印象を持たせる間だったが、気になったのはその次の言葉だ。 何故ナイフを振り翳そうとはせず、そんな疑問を口にしたのか。 そして何故俺はこいつの言葉に耳を傾けているのか。 疑問は疑問のまま、解決はしない。 苛立ちが徐々に募る。 「なにが言いたい。」 「私、貴方にお金を払いますから私の、私のお兄様を殺してくれませんか? 距離はなんとかします。 水色さんの傷もなんとかします。 私、貴方には生きていて欲しいんです。」 耳を疑う、とは正にこの事を言うのだろう。 俺が目を見開いて口を開こうとした瞬間に、後ろの男が俺よりも苛立ちのある声を張り上げてなにかを叫んでいる。 びくり、と上で揺れる女は震える手でナイフを頭上より高めに上げる。 その表情は歪んでいた。 「おいッ!?」 「私は、貴方を助ける約束があるから・・・。」 意味深な一文の中に、どういう意味が込められていたのかは分からない。 ただそいつは、振り上げたナイフを自分へと突き刺した。 理解不能な行動に一瞬、思考が止まる。 生理的な涙を目尻に溜めながら、噴き出た血をそのままに無理矢理笑顔を作っている。 血は多量に、地を濡らして行く。 手が女へと伸びそうになった。 「服、汚しちゃって、ごめんなさい・・・。 あと、手、握っても良い、ですか?」 返事も返せずにいると、遠慮がちに手を重ねて来る。 再度髪が落ちて来るがそれどころではなかった。 「お兄様! これで良いのでしょうか! 私人を殺すなんてした事がないので少し見てはくれないでしょうか!」 女の言葉を聞いた兄貴とは言えない顔の老けた野郎が「仕様がねぇ。」と口にしつつも近づいて来るのが分かる。 女は息を必死で整えようと息を荒げている。 野郎が側まで来るまでもって数秒というところだ。 生暖かい血を感じながら、重ねられた手に意識が行く。 女はスタンドを発現させていた。 手だけを出して。 「・・・ッ、アビー、ロー、ドッ!」 涙を流し、痛みを堪える。 自分の体の痛みが全てなくなったと思えば、段々女の体が血だらけになっていく。 奇妙な現象だった。 野郎がもう30cmも距離がないと言う所まで来て、この現場に気が付いたようだ。 スタンドを出す暇を与えず、ホワイトアルバムで瞬時に凍らせた。 息も出来ない程のマイナスの世界へ引きずり込んだ。 女が意識を失って倒れ掛かるのを阻止するように抱える。 綿のように軽かった。 「旭! お前裏切ったな!! おい!目を開けろ!!おい!!」 「・・・裏切るってよォ、」 息をするのすら困難だろうに、お兄様と呼ばれるこいつは怒りで声を荒げている。 対照的に、女は痛みさえ忘れて穏やかに呼吸を繰り返していた。 本当に兄弟かと疑う程だ。 「信頼に背くって意味なんだよなァ? なんで表を切るんじゃあなくて裏を切ったんだろうなァ?」 「なっ、なぁ、さっきは悪かったよ! 冗談だったんだよォ〜〜! だから、だから命だけは、ね・・・。」 簡単に命を請う野郎には覚悟がないと容易に分かる。 まだ顔を崩しながら血を流したこの女の方が肝が座っている。 つくづく正反対な兄弟だ。 「お前、俺でも分かる程のクズだな・・・。 駄目だね、お前はここで独りで眠っとくんだな。」 眠っている女を抱え直す。 野郎は悲鳴に近い声を上げながら、ゆっくりと凍っていく。 皮膚が青白くなり、呼吸も止まった頃、思い切り顔をぶん殴る。 顔と胴体が切り離され、間抜けな惨状が出来上がる。 ため息が初めに口から出た。 随分と疲れがある。 メタリカ程ではないとは言え、鉄分が不足しているのだろう。 ふらりと、足元が覚束ない。 女も血を流しすぎているせいか冷たく、色も青白い。 死ぬなよと、何故か言いたくなった。 「お前、誰だよ。」 問いに返答はない。 俺の肩に頭を預け、良く眠っている。 再度ため息が口から漏れたのは黙っておきたい。 ←→ |