真夜中になった教会へ訪問してきた元軍人さんは礼拝堂に並ぶ椅子に無造作に腰掛けてなんだか項垂れている。
飲みすぎたのだろうか、教会へ足を踏み入れては千鳥足のまま私に倒れ込んで来たぐらいには泥酔しているようで、色々危なっかしい。
酔った人を介抱したことはないが、恐らくこれは水かなにかを持って来た方が良いのではないだろうか。
暗い礼拝堂を月が照らしているものの、やはり薄暗く感じる。

「アクセルさん、お気分は?」

「あー・・・。」

項垂れたまま上げるその声は明らかに大丈夫ではない。
幼い頃の記憶では酔ったら吐瀉物を無作為に撒き散らす光景を見た覚えがある。
彼もやはり吐いてしまうのだろうか・・・。
取り敢えずはと、丸めている背中を摩ってみた。
後片付けは別に後でも良い。
彼を楽にさせなければならない使命の方が最優先だった。

「でも、どうしよう・・・。」

「なぁ。」

呻き声を上げていた喉からそんな言葉を投げ掛けた彼はやはり顔を伏せている。
くぐもって聞こえる声音を逃したくはなくて、私も背を丸めた。
ぼそりぼそりと囁くような声に思わず目を閉じる。
彼の言葉が近くで聞こえてきて内心穏やかになるのは、何故どろう。

「南北戦争、あっただろ・・・。」

「うん。」

「南が壊滅したのは俺のせいなんだよ。俺が殺してしまった・・・。」

ゆっくり丁寧に零れる事実には正直驚きはなかった。
自分が生き残る為には見殺しにするしかなかっただとか、戦争には行きたくなかっただとか、そんな愚痴に似た懺悔を吐き続ける彼に寄り添う私は愚鈍だ。
私ではなく、彼のこの気持ちは神が聞くべきであるのに、静かに私がそれを拾っている事実がなにより醜く悪である。

「懺悔室は、ここではないですよ。」

耳元間近で嘯いた。
貪欲なこの感情を押し殺すには充分な程抑制出来る戒めとなった。
これで良い、私は一生この真逆な気持ちと付き合わなければならないのだ。
私の生きる道がそれしかないのならば、感情を殺すしか他ならない。
だから私は今日も嘘をつかなければならないのだと、言い続けるしか術はなかった。

「何故俺が懺悔室なんかに行かなくてはならないんだ。」

顔を上げ、いきなり合う視線に驚いた。
彼の濁っている瞳が爛々と光っている気がしてならないのだ。
掴まれた手の感触にも意識がいってならない。
まっすぐに見つめてくる彼から、目を閉じることは許されない緊張感が身に染みた。

「いいか、俺はお前だから言っているんだ。
これがどういうことか分かるか?
神なんてこの世にいない。
いたらさっき俺がお前に話したことが全て神に掌握されるからだ。
俺はお前以外にこの秘密をバラしたりしない。
いいか?お前だから俺は話しているんだ。
神になんぞに聞かれてたまるか。」

一息に言い切った彼はそのまま再度私に寄り掛かり、泥のように口を開かなくなった。
寝息を静かに吐き続ける彼を今度こそ介抱でもしようと、膝の上に頭を移動させた。
幸いにも今手元にブランケットがある。
僅かになった深夜の寒さは凌げるだろう。
薄暗いを誇るこの礼拝堂に身を預けながら彼の手を握ってみた。
暖かい。
随分と、彼の隣は心地が良い。
離れたくはないと思ってしまう気持ちだけは大切にしてみようと、握る手に少し力を込めた。





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