バン!
と凄まじい音がするのはリディアさんの御宅から。
クリスマスと言う事なので、人は勿論、町の中までもが休暇中。
賑やかで静かな通りには間違いがなかった。
間違いなかった、ハズだった。
それはいきなりだった。
リディアさんの家、玄関前に立った瞬間にそんな音が聞こえてきた。
嫌な予感がする。

「ただいまモアああぁぁ!!」

開け放たれるドア。
衝撃が走る腹部。
上機嫌の未だ付き合ってもいない彼女、リディアさん。
何事だと思う矢先に香る酒の匂いで全てを悟ってしまった。
彼女は随分酔っているらしい。

「部屋から出て来たのにただいまはおかしいですよ。」

「私が出ても入ってもモアは入って来たからいいの!」

ちぐはぐな文章に眉を寄せる。
彼女の酔った姿は初めてであるから対応が分からない。
はて、どうしたものか。
そう悩んでいた時に無理矢理袖を引っ張られた。
勢いが良く、マヌケな声が漏れるのは仕方が無いことだと弁明したいが、彼女は一向に気にしていないらしい。
いつも出会う度に泣き顔か真顔の彼女からは想像が付かない程の満面の笑みに、赤い顔。
貴重だ、と思った時には既に椅子に座らされていた。
案外彼女は素早い。
テーブルに置いてあるワインをドボドボとグラスへ注ぎ込む姿は勇ましいと言うよりワイルドで、つい眉を寄せてしまった。
潔いというか、恐ろしいというか。

「はい!これ飲んで!!」

「え、あの・・・。」

「聞いてよモア!
あのねあのクソデブハゲメガネったらまた私のこと殴るんだよ!!
訴えれるよね!!
お金ないから無理だけど!」

「は、あぁ。
ハゲてましたっけ?」

「それからね!
お野菜が凄い安かったの!!
凄かったよ〜!
凄い凄い!」

「それは、良かったですね・・・。」

次々と話が変わる様はいつもの風景にはないことで珍しいと言えば珍しかった。
喜怒哀楽も激しく、笑ったり泣いたりと表情が忙しい。
そんなところも可愛らしい。
私がいる時ぐらい表情を崩してみても良いんですよ、と普通の日にでも言ってみようか。
なにやら楽しそうな話題を降り続けるリディアさんに相槌を返していく。
グラスたっぷりに注がれたワインを少しずつ口に運んでいけば、いきなり立ち上がるリディアさんに肩が上がる。
驚いた。
非常に驚いた。

「モアあぁぁぁ・・・。」

「そろそろお酒は控えた方が良くないですか?
恐らく面倒くさい酔い方とはこの事を言うので、は・・・。」

私の話を聞いているのか聞いていないのか。
目の前にふらつく足取りのままリディアさんが私の前まで来る。
危ない、と腕を伸ばそうとした、その時だ。
座る私に抱きつくように手を首に回された。
椅子に座るが如く、私へ正面を向いて跨って来るリディアさんに鼓動が早くなる。
膝を立てているから重みは少ないが、これは心臓に悪い。
普段自分から詰め寄らないタイプが、自ら相手へ近付きになるのは慣れないものだ。
今私は動揺している。
次に起こす行動は一体なにが正解なのか、それを模索するも答えが浮かんでこない。
頭が回らないのは酔ったリディアさんのせいだ。

「モア・・・、あのね・・・。」

「えっ、あの、えっ・・・?」

なにか話し出す素振りを見せるリディアさんに間を空けずに喋ってくださいと言おうとした。
言おうとしたのだが、全く予想外の行動に彼女が出る。

「んっ。」

「!!?」

顔に手を添えられ、額に唇を付けられた。
話し出すんじゃあないのか・・・。
目を丸くして言葉を飲み込む。
彼女のキスは一瞬で、軽いものではあったが、額だけに留まらず次々と柔らかな唇を私の肌へ落としていく。
額、瞼、鼻、頬。
そして再度首へ回される腕。
私達、付き合っていませんよ?
口にしたくない言葉はやはり出ない。
リディアさんが迫る。
不可抗力だ。
彼女は明らかに私を殺しに掛かっているに違いない。
鼓動は更に煩く回数を鳴らす。
唇が触れる。
その間近まで来たところで、彼女はふらりと揺れて、結局口の横へ触れて私へと倒れ込む。
ばくばく鳴る心臓を落ち着かせる為に彼女を抱えて寝室へと運ぶ。
軽い彼女は口を僅かに開け、夢の中を散歩している。
暫く目覚めないだろう。
大分治まった胸に手を当ててため息を吐いた。
彼女は酔ったらキス魔になる事を今日初めて知った。
シーツを彼女に被せ、寝顔を眺める。
赤い頬に触れれば熱を感じた。

「他の人の前でお酒は飲まないでくださいね。」

頭を撫でて、最後に髪へキスをする。
おやすみなさい。
そう言えばふ、と彼女が笑った気がした。






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