冷えた体育館の裏。
学校中の灯りはほとんど消え、未だに光が消える事がない体育館に寄り添う様に膝を抱えて座り続けて2時間弱。
別に誰かを待っている訳でもなく、暇を潰している訳でもない。
唯、家に帰りたくないだけだ。
何もする事がなく、何かをされるのであれば私は、家へ帰りたくない。
冷たく、残酷な影があの家を指すのなら、学校は暖かな光だ。
友達がいて、進路について困る事があれば先生が応えてくれる。
私の居場所は正に此処だと実感出来る場所だ。
向こうは私を必要としていないと、首回りに在る痣をすっと撫でて顔を膝に埋めた。
体育館の中からボールを突く音が聞こえる。
軽やかに力強く聞こえる音が心地良かった。
寒い、と更に体を縮ませる。
外気の風は本当に冷たくて、私の体温を徐々に奪っていく。
死ぬならばこの学校で逝きたいと、そんな今の私では無理な事を考えていたら突然ガラリと体育館の扉が開け放たれた。
バスケ部に知り合いなんて居らず、顔を上げた私の目は扉を開けたその人と交じり合ってしまった。
何と理由を言おうか、私の思考回路はぐるぐると旋回する。
たまたま私を見付けたその人は驚きも呆れもせず、唯々無機質な目を私に向けるだけだった。
怖いとか、嫌悪とかそんな物ではない、何とも言えない感情が私の中にあるのが分かる。
時間が経ち、何もせず言葉も話せなかった私達だが、とうとう沈黙が破かれた。
口を開いたのは彼の方だった。

「そこで何をしてる」

最もな質問に確かにそうだと頷きながら私は少し目線をずらした。
彼は私の行動に気付いる様だったが、何も言って来る事はなく私の返事を待っているようだった。

「と、友達を待っていたのですが中々来なくて・・・。
明るい場所にいたら分かりやすいかなと思いまして」

嘘を付いた。
知らない人に嘘を付いてしまった。
罪悪感で胸が押し潰されそうになるが、本音を言う訳にはいかない。
この思いは私の中で飼っていきたい。
誰にも悟られず、誰にも心配させる事もなく。

「場所を指定しなかったのか?」

「えっと、はい。
私大雑把なので」

再び訪れる沈黙は痛い。
少ない会話だったが、久し振りに喋った様な錯角が訪れる。
教室では友達と多くを話していると言うのに、随分と嫌な頭だ。
しかし私は今安心している。
先程まで一人だったからなのかは分からない。
分からない事だらけで、頭を抱えたくなる。

「もうその友達は来ないのか?」

「時間も大分経ったのでもう帰宅したと思います」

「・・・入れ」

踵を返した彼に思わず驚きの声を上げる。
指示したのは恐らく私にこの体育館の中に入れと言う事なんだろう。
しかし今バスケ部は練習中なのではないだろうか。
部外者が入れば気が散るんじゃないだろうか。

「あの、私がいたら邪魔に」

「一人増えたぐらいで支障はない」

戸惑いつつも立ち上がる。
体育館の中に入ってしまった彼を追う様に後を付いていった。
冷たい風から逃げる様に、扉を閉めて中を見渡した。
体育の授業か集会の時以外は滅多に来る事がないから案外新鮮で、良い物だった。

「あれ?山添じゃん。
何で此処にいんの?」

ガムを膨らませながら私の方へ近付いて来たのは同じクラスの原君だった。
知り合いはいないと思っていたのに、これには驚いた。
それほど話した事はないけれど、少し安心出来た。

「えと、帰りそびれて。
それで彼が中に入れてくれて」

「へえ、古橋がねえ。
まさか最近の古橋の悩み事って」

「黙れ原」

原君の言葉を遮って彼、古橋さんと言う人は原君を睨み付けていた。
原君は軽い様子で謝っているがあれは逆効果だと思う。
私は二人を止めようと間に入ろうとするけど、中々入れずもたもたとするばかりだ。

「おいお前等何やってる。
もう終わりだ」

「へいへい。
っと、山添モップ掛け終わったら送るからこいつが」

キャプテンらしき人が来たお陰で口論は終わったが、新たな問題が出来た。
時間的にいつも私が帰る時間なのだが、私を送って行くと言うのは非常に相手に悪い。
生まれてこの方ナンパも何もされて来なかった私を家まで送るのは時間を無駄にするだけだと思う。
原君は何を言い出すのだろうか。
しかも古橋さんを指差して。
相手は私と出会ってからまだ30分も経っていない人なのに無茶ぶりが過ぎる。
古橋さんだって困っている事だろう。

「原君悪いよ。
いきなりそんな事言われたら古橋さん、も困るよ」

「いや、俺は問題ない」

不自然にも相手の名前を出してしまったのに古橋さんは気にしていない様に口を開いた。
古橋さんの返答に驚いて思わず目が丸くなる。

「いえ私一人でも平気なので大丈夫です」

「・・・俺がお前に用があると言えば送って行って良いだろう」

「え?あの、え?」

「古橋必死だな。
まあ頑張れよ」

肩を叩いて走り去った原君を追い掛ける様に走って行った古橋さんは原君の後頭部を叩いた。
そこまでの光景を見てふっと笑顔が灯る。
いつもならこの時間は憂鬱なのに今日は家の事を忘れられそうだ。
あぁ、良い日だとしみじみと思いながらモップで綺麗になっていく体育館の床を見つめた。


「じゃあな山添。
明日報告宜しくー」

「さっさと消えろ」

原君は軽く手を降って意味深な言葉を言って帰って行ったが、私には理解出来ずに唯首を傾げていただけだった。
回りのバスケ部員達はそそくさと自宅への道を歩いて行き、もう残るは私と古橋さんの二人だけだ。
気まずくはないけれど、無言のまま歩き出す古橋さんの後を付いて歩く。
私は古橋さんの後ろにいるから良く古橋さんの姿が見える。
周りは暗いけれど、前だけははっきりと見えていた。
それはいつもなら居ない彼がいるからだろうか、と根拠の無いことを思って歩みを進める。
無言な私達の道でも居心地が良いと思えた。

「家はどの辺りなんだ」

体育館を出てから随分と時間が経った時、ふと古橋さんが私にそう聞いてきた。
確かに送る相手の家を知らないと色々不便なんだろうと解釈して私は口を開ける。

「真っ直ぐ行けばスポーツ店がありますよね。
そこを右に曲がれば家に着きます」

「近いな」

「はい、とても助かります」

すぐに家を出れて、とは言えない。
こんな私は本当に臆病者だと感じる。
卒業までまだ時間があると思えば項垂れ、足が覚束無くなった。
非常に情けないと地面を踏み直す。

「時間はあるか?」

いきなりの事に頭が付いていけず、「え?」と間抜けな声を出してしまった。
もう暗い時間なのに私の事よりも、古橋さんは大丈夫何ですかと問いただしたい気持ちをぐっと堪えた。

「家に帰りたくないなら無理に帰る必要はないだろ」

「な、何で・・・」

「見れば分かる」

そして古橋さんはスポーツ店を通り過ぎていく。
私はどうしようか立ち止まっていると古橋さんはそんな私に気付いてか、私の所まで戻って来て腕を掴んで歩き出した。
掴まれた腕は強くもなく、反対に優しく握られている様で。
青アザがある傷付いた腕は暖かく、私は久し振りに学校以外で笑みを溢した。


失くし物












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虐待駄目絶対と言う気持ちで書きました。
自分は隠してるつもりでも誰かが気付いているかもしれないよ、と言う。
はい。
毎回の如くキャラが似ない事に定評のある私です。














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