アクセル・ROと戦車
2016/09/29 02:43


昼間の中に浮かぶ灰色をした太陽が頭上をゆったり、ハンモックに寝そべって揺れていた。
捲き起こる粉塵と共に降り立つのは紛れもない悲鳴と銃声の嵐であり、そこに希望があるのかどうかも良く分からないが、私は岩場の陰に隠れて土に塗れた軍服を身に纏い息を潜めている。
役目の終わった空の弾薬筒が地面の上に散らばっているその光景を目に焼き付けて新たに銃槍の中へ新しい弾を送り込む。
数グラムの重みを感じつつも抱えるベイカー銃の魂には感服する他なく、先台に左手を掛けてからトリガーガードに右手を追いやると同時に冷や汗がたらり、と滲み出て軍服を濡らしてしまう。
内部に入れば手入れが面倒になるぞ相棒よ、ベイカー銃のリブに口を付けて敵陣にて構える。
風速や湿度状況にも変わってくる弾道の軌跡にやや舌鼓を打ってしまうのは私の頭がおかしいからか、戦争で危機的状況に陥っているからなのかは分からないのだが、はっきりしていることは、私の役目よりも以前に、我が軍には狂った人物が少なからずいるのだから必然的とも言える。
無風に蔓延るその隔離された空間の中で、標準を合わせてトリガーを引く。
ドォンッ!とした鈍い唸り声のような音を間近で聞いたのと同時に前から滑り寄ってくる戦車の頭から顔を出して様子を伺っている兵士の顔を跳ねた。
それでも止まらず進んでいくる戦車の容赦の無き様はまさに復讐の為に動いているかのようで憐れでもある。

「やかましい。」

ふと、地面にある溝の底から声が聞こえたが、私はその声の持ち主の顔を覗きもせずに相手側に銃口を携える。
その如何にも戦争など面倒であると言うかのような億劫に満ちた透き通る声を持つ男はこれでも40代の大人である。
軍師により戦争にやる気のないこの四十路とこの地へ赴かなければならなかったのに理由と言う理由もなく、新米兵士の私の保護者同然で付き人にされたであろう雰囲気だった自国の軍のテントの中では私の反論など通るハズもなく、ただただペアを組まされただけに過ぎなかった。

「ベイカー銃に限らず、銃ならばどれも五月蝿いでしょう。
貴方もいつまでも塹壕の中で寝ていないで参加してください。
戦車にどう立ち向かえば良いのか私には分かりません。」

「だから銃は嫌いなんだ。
ただド派手に音と散弾をブチまけているだけのものに過ぎないだろう。
そして戦車にはRPGでも撃っておけ。
そうすれば一発でおじゃんになる。」

「・・・今ここにはRPGはありません。」

なんとでもないというふうに軽々しく無理難題を口にするこの人のことが苦手で、しかもこの男が相手を自分の手から下したところを私は見たことがないのだ。
そんな奴の下に遣わされている屈辱が私の中でどろどろと溶けていく感覚に思わず眉を寄せる。
大尉や元帥ならばこのような怠惰は許されるのかもしれないが、そこまで上の階級にいてだらり、と戦時中過ごす人間はまずいないだろう。
彼は精々少尉の位置にいる。
少尉は18から24ヶ月の刻を経て中尉に成り上がるにも関わらず、この男は元帥であるあの人よりも長くこの軍にいると聞く。
異例であるその話にどんな目的が組まれているのかは知らないが、所詮少尉は少尉、階級の中でも最も最下層だ。
いくら長く少尉を務めているとは言え、私はこの男の体たらくさを認め、敬いたくはないものだ、とふんと鼻を鳴らした。

「古い銃なんか持ち込むだけ無駄だ。」

「ではRPGが無いこの状況で戦車を壊してみてくださいよ。
貴方には計画性の一文字も見当たりはしない。
無理でしょう?戦車を破壊なんて。
だったらつべこべ物だけを言わずに塹壕の中から這い出てきて戦ってくださいよ。
死にたいんですか?」

対戦車用地雷もないクセに、と口の端を結んで不満を漏らす。
私の最後の言葉を発してから程なくして漸く頭に被ったヘルメットが地上へ顔を出した。
めんどくさい、とでも言うようなため息とやる気のない顔が見えてこちらもげんなりとする。
何故この人と一緒にこの場を任されたのか、未だに分からない。
中尉であるウェカピポさんの方が良かった、などと内心愚痴を餌付くのと同時にぬっ、と身体をも這い出してきた少尉は気怠げに私へ視線を傾けて「戻るぞ。」と声を掛けてきた。
今正に敵が迫って来ていると言うのに、この男は一体なにを言い出すのか。
訝しげに彼の問いに反論を返すために口を開こうとベイカー銃を右手に携えたところ、私の言葉よりも先に出たのは彼の「邪魔だな。」と言う一言であった。
一体なにが邪魔だと言うのか。
その事についても突き詰めようとした結果、勢い良く振り返られると地面から足が離れ、少しの浮遊感に悪態を吐きたかったのに、言葉は出ず、出たものは落下して地面に無様に接吻を交わした。
なにをするのだこの軍人は!ギッ、と睨みながら少尉の方を伺うと私を足払いした後の体勢から立て直し、手榴弾のピンを外して振りかぶっていた。
大きな半円を描くように投げ込まれた手榴弾は此方へと歩み寄る戦車に向かい、やがて爆発する。
大きくよろけながら大破する戦車を見て、ふと思う。

「RPG-43・・・。」

「RPGと聞いて7しか出てこなかっただろう。
これだから銃火器に頼る輩は嫌いなんだ視野を広くしろ有効な物を使え。
もし手元にRPG-43もなかった場合はハッチを開けて手榴弾でも投げ込んで殺せば良い。」

まったく、と小言を言われる私は戦車の恥ずべき点をぼんやり眺めながら少尉の後ろを追った。
愚痴しか零していなかった私はこれまでの痴態に口を歪ませる。
貴方は少尉の座にいるべきではないだろうに、言えない一言を飲み込んで相棒のベイカー銃を担いで基地へと戻った。




補足
ベイカー銃は1800年頃のイギリスの小銃。
RPG-7は1960年の対戦車ロケット擲弾発射機。
RPG-43は1943年の対戦車手榴弾。
RPGはどちらともロシア。





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