鋼田一豊大
2016/05/25 21:59


薄っぺらな紙を片手にうん、と唸る。
授業終わりに担任が参考までにと配ってきた将来のことについて書かれた紙だ。
ザワザワと賑やかな教室の中で私一人だけぽっかりと穴が空いたように考えが浮かんで来なくなっていた。
正直に言うと、将来の夢なんてものが分からないのだ。
今なりたいものはなにかと言われても、それは高校3年生になる頃には考えが変わっているのかもしれないし、かと言ってまだ決める事の出来ない道に佇んでいるのかもしれない。
先生は「なに、今は気楽に考えておけ。」と呑気に口走っていたが、私には「まとまらなかったらあとでお前を罰する。」とも聞こえてしまう辺り世の中世知辛い。
どうしたものか、再度うんと唸りつつ草の中に倒れ伏して青い空を見上げた。
白い雲がゆるりと流れていく光景をぼんやりと眺めつつ、薄っぺらの紙に目を通して、を繰り返していくが、いずれにせよ時間の無駄である。
思考を放棄したい気持ちに駆られているとやや斜め後ろから声が舞い降りて来た。

「なにを悩んでいるんだい?」

「進路です。」

寝返りを打って返事に蔓延る怠惰を削げ落とそうと試みるが、そんな事出来るハズもなく私の心が一層重くなっただけであった。
これが人生を分岐する重要な分岐点の強さであると言うのだろうか。
嗜好品のチョコレートを一口口内へ放り込み目を瞑る。
明るい暗闇の中はなんとも居心地が悪く、それが更に私の焦燥を駆り立てていくのだ。
こんなことになるのであれば普段からあれやこれやと努力の一つや二つをしていくものであった、と反省を至らしめる。
怠惰である、と寝返りをもう一度打った。

「希望とかはないのかい?」

優しく聞いてくれる応えにも今の私はそれが苦でしかなく、どう悩んでみてもやはり、なにも思い付きはしないのだ。
だらし無く楽しげに人生を貪ったのが悪かった、と過去の自分を厳しく諭しながらも甘やかに過ごしたい。
結局私はそう言う女なのだと改めて実感した。
なんとも惨すぎる結果で乾いた笑いしか口から出てこない。

「それがないんですよ。
文字通り夢も希望もありはしない、ってところですかね・・・。
鋼田一さん、私も鉄塔に住もうと思えば住めるんですかね・・・?
自給自足の生活にはある意味憧れの思いしかないのですが・・・。」

躍起になってそう述べる。
嘘を付いている訳ではない。
一流企業に就職して、さらなる勉強をして、高みを目指していくスタイルがどうも私には想像が付かず、また私の性分ではないのだ。
自由に伸びやかに、自己の思想を保ちながら、私は生きていきたいと願うばかりだ。
贅沢であることなど分かっている。
しかし、そんな欲望の元人間は成り立っているのだから仕方がないのだと私は思う。

「ははっ、まあ出来なくはないだろうが、やめておいたほうがいい。
最初こそ不便極まりない。」

「野宿みたいなものですもんね。
鋼田一さんと過ごしてみたら楽しそうですけど・・・。
・・・料理人とでも書いてみますかねぇ。
すいません長々と付き合わせてしまって、あ、お礼にチョコレートどうですか?」

紙を折り畳んで空の彼方へ飛ばすことなどに微塵も勇気がない私は唯一出来る家庭料理を武器にのし上がっていくしかない。
食堂などで働ければそれはそれで安泰なのかもしれないと起き上がり、通学鞄から新品の板チョコを取り出して鋼田一さんに手渡してから伸びをした。
さぁ、大変なことになった。
第一希望に料理人と書き記す未来に溜め息を吐いて苦く口角を上げたのだ。





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