アクセル・RO
2016/03/01 02:46


カラカラカラカラ。
金属が連続で跳ねる痛い音が耳の奥へ染み込んでいくのと同時に一雫の汗が流れ落ちた。
その地獄そのものであるような金切り声は廊下のずっと奥の方からやって来る音であり、私はその地獄から逃れる為に突き当たりから三番目の部屋、古い壊れたベットの下にて息を潜め、その音が過ぎ去るのを実しやかに待っていた。
脚を挫いたベットに寄り、人一人分しかそこにいる事を許されない場所で、ナイフを握り締めている私はさぞ滑稽な事であろう。
震える肩と歯を殺しながら脈打つ心臓の治め方を模索していた。
等間隔にあいた部屋から時折怒号に似た響きを身体に受ける。
硝子の破片が砕ける音や、クローゼットなどの木製品の死する悲鳴が耳に入って来るのだ。
そうして、また始まる地獄に現実逃避でもしたくなるのだが、私は生きねばならないとそう感じ取る。
かくれんぼに似たこのゲームに私は勝たねばならなかったのだ。
平穏な暮らしに戻り、なんでもない家庭を持ち、普通に働いて暮らしたかった。
だからこそ、私は今こうして呼吸をしており、生へしがみ付こうと縮こまっている。
生きろ、生きろ、と自分に暗示を掛けながら床の冷たさに身を焼いた。

ドン、と扉の破壊音がすぐ近くで聞こえて来る。
ヤツが来た証であり、私の生を分ける刹那でもあった。
ベットの下から見える僅かな景色には血を多く踏んだであろう靴と、所々凹みが見える金属バットが地を滑らせていた。
早く去ってくれ、と声に出さずにそう心の中で祈る。
気怠げな歩き方をしながらも、唐突にそのバットを振り回すせいで爆弾でも弾けたかのような鋭く重い暴力が耳元を騒がせる。
乱暴だ、と口元を押さえながらもその行為が早く過ぎ去ることを願うしか術は無かった。

「・・・。」

一息でも着いたのか、暫くして音は鳴り止む。
相手の呼吸がヤケに生々しく鮮明に聞こえ、緊張が爆発しそうな程に私は必死でナイフを握りしめた。
見つからなければ、やり過ごす。
しかし、もしも見つかってしまえばその時は用心にも態勢を整えねばならない。
唇の隙間から溢れ上がる吐息を必死に吸い込んでは正気を保つ。
時間が過ぎるのが長く感じる中で、とうとうバットの持ち主は扉を開いたようであった。
心臓が溶けてしまいそうな緊張の中目を伏せる。
悪意が去った室内はまだ重苦しいものがあるが、それでも先程の男が恐怖であった。
恐怖が去ったのであればあとはこの部屋を出て他の場所へ居座る用意をしなければならない。
生きる術を身に付けねば、死あるのみだと狭い視界を上に上げた。
私はあの男に気付かれずに済んだのだと目を開いた。

「安心したな。」

目の前にはあの重厚な厚みのある靴と、無慈悲にも冷たく暗い片目が私を覗き見ていたのだ。
咄嗟に血の気が引く。
殺される、そう脳に指令を出した時には頭にぶつかっていたベットの木目が宙を舞っていた。
崩壊したベットと私の空間との間に飛び込んで来た鉄の塊を横に転がって回避する。
しかしその考えを読んでいたのか、その塊は床に直面する前に軌道を変え私の脳髄目掛け飛んできたのだ。
それをすかさず左手に持ったナイフで少しでも身体に負担が掛からないようにと、防いだのだが、その衝撃は凄まじかった。
ナイフを握った小指と中指の骨が何処か遠くへ抉れたような、そんな生温い軋みを耳にするがそんな事はどうでも良い。
この距離感では私に勝機はないのは明確。
だからこそ私はこの軍人の男から離れるのだ。
折れた左手を庇いつつも態勢を低めに地を蹴る。
扉目掛け身体を放ち、酷く跳躍して硝子窓を破り外へ飛び出した。
高さのある地面への着地にすぐさま受け身を取って草木のある方へと身を隠した。
木陰から割った窓の様子を伺うがあの男が姿を現す事はない。
今更になって痛み出した左手からナイフを落として服を引きちぎり、小指から中指までを固定して応急処置を施した。
ふぅ、とため息を吐く。
死にそうであったと、心から自然に倒れ伏した。





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