マジェント
2015/09/17 22:54
ずずっ。
重たい液体を啜り上げる音が隣から聞こえてきた。
蝉の声があちこちから聞こえてくるようで、耳を塞ぎたくなるのを抑える。
五月蝿さよりも身が焼けるように暑い気温が癪に触り汗が滝のように流れて来るのが気になってならない。
前に突っ張った胸が重過ぎて気怠いし早く涼しい場所へ移りたい気持ちでいっぱいだ。
だがまだ仕事は終わらず、今木陰のない場所で信号待ちを食らっているから舌打ちが自然に出た。
待たされるのは嫌いだ。
無駄な時間が刻一刻と過ぎて行く感覚がどうも苦手な私は、のんびりと信号が青になるのを待っているマジェントがこの時ばかりひどく羨ましい。
「暑い・・・。」
「暑いってだけだろう?
健康じゃねえか。」
そう言ってまた鼻を啜る。
汗一つかかないマジェントはやはりのんびりとしていた。
年中風邪っぴきは暑がりな私が羨ましいらしい。
私達二人ともないものねだりでさすがにため息を吐いてしまう。
完璧になれない人間のさだめなのか。
日焼けしてしまった腕を見てそんな事を考えた。
「信号長すぎ。」
未だに変わらない赤をじとっ、と眺める。
何分待てば良いのだ。
無駄な時間。
車一つ通っていないのに律儀に待つ私がいけないのか。
ルールはなるべく守りたい私に付き合ってくれるマジェントもマジェントだが・・・。
「ゆっくり出来るじゃあねえか。」
「私は待つのが嫌いなんだ。」
「焦るなよな〜。
たまには立ち止まって休むのも必要なんだからよ。」
そして急に頭上へ落ちて来る影と衝撃。
頭をカバーされている感覚にマジェントを見上げると普段とは違う相手が笑っている。
「涼しいだろ。」被さる帽子越しにあやされた。
呆気に取られていると漸く青になった信号機。
歩き出した風邪気味な相手は再度口を開く。
「仕事終わったらサンドイッチでも食いに行こうぜ。」
思わぬ誘いに口を締める。
彼から預かった帽子を目深に被り、足を前へ踏み出す。
言葉を何故か口に出せずに黙って彼の背中を追った。