リゾット
2015/06/08 23:16


人通りの少ない裏道で、もう会うことはないだろうと思っていた女が俺のすぐ後ろに立っていた。
誰かについてこられている気配はあったが、まさか別れて一週間もしない内にまた会ってしまうとは思ってもみなかった。
今まで殺してきた相手の仲間が、俺や暗殺チームの復讐にでも来たかと思えば全く最近出会った女だった訳だ。
驚くのも無理はない。
赤い大きな目を緩く開いては顔見知り程度でしかお互いを認識していないハズなのに、この女はゆっくりとした動作で俺の左手を包み込む。
手の甲にはどこで切ったのかも思い出せない切り傷が一ヶ所だけあった。
そこを一撫でしたかと思うとスタンドを発現させる女を、黙って眺める。
殺されるという感情はなく、ただ何故だかは分からないが心地が良い。
離れ難くなるこの感情はなんなのだろうか。
心が満たされていく感覚に浸る。
いつの間にか手の温度は治まっていた。
あぁ、惜しいと、残念が積もる。

「グラッツィエ。」

傷のなくなった手を一瞬見て、視線を合わせた。
不思議で綺麗な目だ。
目の前の人物が微笑んだかと思うと再度手を取られる。
掌を上に、そのまま人差し指で文字を綴っていく。
手話が出来ない俺にとってはこれがこの女との会話であると、嬉しい半分悔しくもあった。

「"Ti auguro felicità"」

それを書き残して踵を返す彼女の後姿を見た。
暖かみを増した胸に手を置く。
何年、その言葉を貰っていないだろう。
昼間だと言うのに暗い路地に白い彼女は良く映える。
なんとなく放っておけなかった、と言うべきだろうか。
だからその背を追った。
小さな優しい背中を追いかけた。

「嫌でなければ送っていこう。」

見上げる赤い目が俺を見る。
それにひどく安心したのは、まあ言うまでもない。







補足

Ti auguro felicitàは貴方の幸せを願っています。
と言う意味らしいです。





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テーマ「人外ファンタジー」
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