ハロウィンパラレル【前編】 文:カルカ様



 時には無垢な少女のようにあどけなく、時には獲物に爪をかけた獰猛な獣のように眼光鋭く佇む。
 数十年、いや数百年、或いは数千年。泉に映る月のよう揺らめく瞳と、艶めいた美しい容姿を変わらずに保ち、異形の眷属達を従えて、心赴くままに使役する。
 其の者は〈女王〉。宵闇に沈む群青の森の、気高き支配者。

「――って、村の人間が話していたってよ。まったく、随分と箔のついたというか、美化された形容だよなあ。実態を見たら、オレじゃなくても腹抱えて笑っちまうぜ」
 〈死神〉が呆れて鼻を鳴らせば、一歩遅れて獣道を往く〈女王〉は、些かの不服を示し唇を尖らせた。
「そんなにボロクソに言わなくてもいいだろ。ジタンってば、相変わらずおれにも遠慮なしだな」
「何年お前の下で動いてると思ってるんだよ。お幸せな人間どもの幻想損なうのも可哀想かと思って、こっちは気を遣って『仕事』してやってるんだからな」
 大鎌を担ぎ直して振り返れば、月明かりに晒された白い肩を隠さない〈女王〉が、吹き出した。
「まあ、もう少し威厳を持った方がいいんじゃないか、とは〈悪魔〉にもよく言われるけどさ。おれ、ガラじゃないんだよな、そういうの」
 艶やかな黒を基調としたドレス。形のいい脚を覆う踵の高いブーツ。気品を漂わせるそれらの意匠は、纏う者の身分に相応しい。しかし〈死神〉が『黙って立っていればまあ見られる』と評する姿でも、腰に片手を当て、畳んだ扇の柄でぼりぼりとこめかみを掻く姿など、夜を、この森を恐れる人間達に、到底見せられるものではない。
 〈死神〉は肩を落とし、手にした大鎌で、枝から垂れ下がる蔦を避け、〈女王〉の進む道を拓いた。
「お前の性格が露見して、物見高い奴らがこぞって城に来ても、オレは知らねえぞ」
 〈女王〉は首を傾げながら、ありがとな、と先に進む。
「おれは別に構わないんだけどな。面白い人間が遊びに来るんだったら、大歓迎。みんなで一緒に酒でも飲みながら、賑やかに遊びたくないか」
 脳天気な発言に、再び〈死神〉の溜め息が漏れる。
「お前なあ。オレ達は『闇と夜の世界』の住人なんだよ。そんなもん無理に決まってるだろう?」
「そうか……なんだかつまらないな」
 夜露に濡れた下草が、〈女王〉のブーツを濡らす。城に籠もっているのも退屈だ、と。本来、森の最奥部の城の玉座にいるべき女王は、配下を一人二人連れ立って、夜な夜な、森の中をそぞろ歩く。足場の悪さや視界の問題は、夜にのみ生きることを許された者達には全く問題にならない。時にこの散歩は、彼等彼女等の『力』が最も薄くなる、夜明けの間際まで続くこともあった。
 気紛れな〈女王〉が何をするかといえば、人間の好みそうな茸や木の実を摘んだり、草笛を吹いたり。女王どころか只の放浪者のごとく行動することもままある。尤も、そんな振る舞いが許されるのも、夜の世界の主らしからぬ、分け隔てをしない気性に拠るところが大きいという事実は否定できない。
 実際、今現在城に住まう眷属達は〈死神〉を筆頭に、何らかの理由で種族の群れを出たり、放浪の果てにたどり着いたような、はぐれ者ばかりだ。
(……懐が広いというか、大雑把というか……)
 度が過ぎるのも何だかなあ、と〈死神〉が朧月を見上げた瞬間、「フニャッ!」と間抜けな声が飛んだ。やれやれ、また衣服の裾を枝にでも引っ掛けたかと振り返れば、〈女王〉は恐る恐る、足元に目を凝らしている。
「何か、思い切り踏んじまった。何だよこれ……」
 狼や熊が地に伏し冷たくなっているのは珍しくないが、寄って見たところどうも毛皮の感じが違う。丁度、草葉の茂った陰になって見えない部分が多く、歯痒い思いをしたらしい〈女王〉は、実に大雑把に『踏みつけたモノ』を引っ張り出す。
 二人の目の前に引きずり出されたのは、月明かりでもそれと分かる、血に塗れた額――『人間』の、身体だった。
「っておい、こいつ、人間か!」
「マジかよ、村までかなり距離あるってのに!」
 狼狽した様子の〈女王〉につられ、〈死神〉が叫ぶ。世を儚んでか、単身森に入る人間もいないことはないが、大抵はすぐに獣の餌食となる。しかし目の前の人間の、苦悶の表情を浮かべた眉間に刻まれた切り傷は、深いながらもやけに綺麗で、獣の爪牙によるものとは思えなかった。
「踏んじまって悪かったな、お前、大丈夫か?」
 微かに呻く人間――顔立ちからすると、若い男のようだ。黒に近い茶の髪が、目元にかかっている――を揺り起こそうと、〈女王〉が肩を掴む。瞬間、〈死神〉の背筋を走るものがあった。――殺気。
「バッツ、危ない!」
 え、と口を開けた〈女王〉を突き飛ばし、大鎌の刃先に、男の頸をかける。死角から〈女王〉を襲おうと構えたらしい男も、不利な形勢と悟ったか、額の傷を気にしながらも静かに顔を上げた。普通の人間にしては、随分と血の気の無い肌。森をさまよい汚れた外套の下の衣服も、こうして見てみるとかなり仕立てが良い。何よりも。
「へえ……ここらで見かけるのは、二百年振りくらいかな」
 悠然と身を起こした〈女王〉が、悪戯っぽく笑った。男の目の前にしゃがむと、血の汚れも厭わずに、口元に手を伸ばす。
 人間にしては鋭く長い犬歯に親指で触れて、〈女王〉は目を細めた。
「なあ〈吸血鬼〉。大丈夫か」



【後編】




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