憧れの大先輩、日向先生から渡された事務所の仕事を部屋に持ち帰り、教えてもらった通りにこなしていく。先生はさらっとこなしていたが、慣れていない俺はまだ少し難しい。だけど俺だってもうガキじゃない。学園を卒業してから三年、アイドルの活動も軌道に乗ってきた。今はたまの休日が心の拠り所となるくらい忙しい毎日だけど、それもまた俺が望んだ日々だしな。まあ、こうして休日に仕事を持ち込んでちゃ世話はないんだけど。それでもいつか、日向先生の後ろを任されるくらいにはなりたいから。 それから、もう一つ。 心の拠り所は、これだけじゃない。書類をめくる手を止め、ちらりと後ろのベッドを見る。 布団をひっかぶって丸くなっているのは、俺の作曲家であり恋人でもある、名前だ。 『翔ちゃん、今日休みやんな』 『ああ』 『ほな、ちょっと寝に行ってもええ?うち昨日徹夜やってん』 今朝事務所で会ったとき、欠伸を殺しながらそう尋ねてきた名前は寝不足で目が赤くなっていた。俺の新曲を、寝ずに作ってくれていたんだ。そんな様子を見せられたら、断れるはずがない。というかそもそも断るつもりも無かったしな。 日向先生に手伝いを頼まれるまでは、久しぶりにゆっくり名前と昼寝でもしようかと思っていたんだけど。 事務所からすぐの所にあるマンションの一室に入ると、今度は欠伸を噛み殺したりしなかった。 『ベッド使っていいぞ』 『さんくー。おやすみ』 それから一時間ほどが経つ。俺は仕事に気を取られて全然名前の方を気にしてなかったけど、ちゃんと寝ているだろうか。寝息は全然聞こえてこないが、丸くなった布団はほとんど動かない。 こっちはひと段落ついたし、ちょっと様子を見てみるか。 俺は立ち上がって、静かにベッドへ近づく。そっと覗き込むと、名前はぎゅっと目を閉じて俺の布団の端を握り締めていた。 「名前?」 なんとなく、名前を呼んでみる。起きている気がしたんだ。ベッドの端に腰掛け、垂れた前髪を掬って後ろへ流してやる。すると、うっすらと名前が目を開けた。 「悪い、起こしたか」 「いや、起きとったよ」 真っ赤な目は、まだ治っていない。 「しょーちゃん」 体の向きをこっちに直しながら甘えるような声で俺を呼ぶ。ん、と返事をしながら手のひらを名前の頬に当てた。その上からさらに手を重ねてくる。 「寝られへん」 「眠いんだろ?」 「うん。…でもな、無いねん」 何が、と聞くと、頬に当てていた手はそっと離され、代わりに両手でぎゅっと握られた。 「抱き枕。あれが無かったら、うち寝られへんねん」 「抱き枕、か」 俺のベッドに枕はひとつだけだ。それは今名前の頭の下にある。何か代わりになるものは無いかと探そうとしたけど、名前に腕を引っ張られてそれもできなかった。 名前の顔を見る。じっと見上げてくるその目は、何かを必死に訴えていた。 ああ。 たまらず笑みがこぼれる。本当に、可愛すぎるだろ、こいつ。言いたいことは、多分伝わった。 俺は体をかがめて、名前に顔を近づける。こつん、と額が触れ合った。 「じゃ、寝るか」 「…へへっ」 名前も嬉しそうに笑った。そのままひとつ軽いキスを落とし、名前が持ち上げてくれた布団の中に俺も入る。二人用ベッドじゃないから少し狭いけど、暖かい。 ぎゅ、と。 俺が寝転んですぐに、抱きつかれる。 「んー、これで寝られるわぁ」 「そりゃよかった」 「翔ちゃん、仕事はええの?」 「ああ、ほとんど終わったぜ」 「ん、そっか」 ヘアピンを外し、枕元のテーブルに置く。寝る準備は整った。日向先生の後任にふさわしくなりたいと思うそれ以上に、俺は名前と一緒にいたい。名前と、ずっとこうして触れ合っていたい。 築き上げたアイドルとしての名すら惜しくないほど、俺はこいつが大好きだ。 熱い思いがこみあげてきて、俺も名前の体に手を回し、ぎゅうと抱きしめる。昔より力が強くなった分、昔よりも距離が近くなる。それが、何と嬉しいことか。 「逆に抱きついてくる抱き枕なんて、他にはないやろなあ」 「そうかもな」 「けど、うちこれがええな」 瞳を閉じた。とくん、とくん。俺の鼓動と名前の鼓動が、重なっている。 「この距離感が、むっちゃ好き」 「俺も」 名前がうとうとし始めた気配を感じ、俺はそっとその耳元に口を近づけた。 「名前」 「んー」 そして俺は、溢れ出る思いをただこの一言に込めて、耳たぶに軽く口づけながら、静かに囁いた。 「おやすみ」 俺のすべて 名前がいれば世界を敵に回すことも厭わない、なんてのはちょっと芝居がかかりすぎているかな。 だけどそれくらい、俺はこいつのことが好きで仕方がない。 侑紗様ありがとうございます!! 終始2828が止まりませんでした。 関西弁を使てくださった分、自分に近くてきゅんきゅんしました☆ やっぱり侑紗様の文章好きやなーて思いました♪ また機会があればお願いします。 2012.6.16 |