亡骸



あまりにも眩しい笑顔は、私には眩しすぎました

だからこそ、何時か必ず失うと分かっている筈でした

唯、その覚悟が出来ていなかった

弱い私が弱かった

それが唯一つの欠点で後悔でした






「ワシは………生きていたくない

「はい?」



ボソリと呟いた嘆きを含んだ言の葉は、私には聞こえなかった

いつもの明るい笑みは暗く沈み、微塵も無い



「ワシは、ワシが本当に死ぬべきなのだろうか」

「家康様?」

「友の慕う人を殺め、友の友さえも殺めたワシは、生きていていいのか」



あまりにも辛い言の葉に私は返答しかねた

どう返答しても私には傷付けることしか出来ないから

馬鹿で人を救ったことがないから

人を救う方法が知らず、傷付け方しか知らないから



「なあ、答えてくれ。ワシは生きていていいのか?」

「いいのでは、ないのでしょうか。家康様の抱える罪は、進むための道でもあります。ですから、どうか、」



どうか、その輝きを失わせないでください

貴方は私の生きる糧で歩む光です

だから失わせないでください


その言の葉は、紡げなかった

だって家康様の表情があまりにも、悲しげだったから

そんな身勝手な言の葉、紡げるわけがない


私は一介の女に過ぎない

女は姓を持たない、脆弱な者

だが彼は持つ、故に強者

弱い者は強い者への発言さえ叶わない

大きな溝に手を伸ばすことさえ叶わない

そんなこと、遠の昔から知っていた









あれから幾月か経った、如月の季節

何かで、雪の色が、段々と変色していった

純白の代名詞の雪はあまりにも静かに消えて逝った

その比喩はまるで目前に広がる光景のように艶やかに



「どうして、ですか?」



どうして、どうして



「どうして、自害などなさったのですか?」



雪に伏し、血を流し、雪を白から赤へと変えていく


貴方は、自分の罪の重さに耐え切れなかったのですか

ならばどうして誰かに助けを求めなかったのですか

私でも本多様でも伊達様でも長曾我部様でも雑賀様でも

本当に誰かに求めれば、それは失われたはずではないのですか


眩しすぎた輝きは、いつか消えると知っていた

それが私には眩しすぎるとも知っていた

その輝きに惹かれたのだと私は分かっていた

だから失いたくなかったというのに



「どうして貴方はこんなにも、」



強いのですか


強くて、強いが故に恐怖と罪に耐え切れなかった

重たすぎる罪に貴方は逃れられなかった、否逃れようとしなかった


そっと腕(かいな)に抱いた亡骸は、暖かみなどなかった

静かに零れる涙の止め方を私は知らなかった



「帰ってきてください。どうか、私に光をください」



貴方は私の光なのです

だから、貴方がいなければ、暗くて歩むことなど出来ません

貴方が生きる糧なのです

だから、貴方がいなければ、生きる理由が分からないのです


貴方の罪が人を殺めたことだと云うならば

私の罪は貴方の死を止められなかったこと

貴方を救えなかったこと


出来るならば、出来ることならば


どうか、



「どうかこの涙のとどめかたを教えて下さい」



それは出来ないことと知っていても



『いつまでも亡骸を抱いたきみの涙はとどまる事を知らなかった』

知っていた筈でした
私には抱えきれない輝きだと

知っていた筈でした
貴方の罪の重さを

知っていた筈でした
貴方を救えないと

知っていた筈でした
こんな終焉を迎えると

知りなどしませんでした
この涙の止め方を