『聞いたかい、三成。漸く兄上が妻を娶ったんだって』 文を片手に私にそう告げた冬雨 嘲笑うように文を読みながら、続ける 『奥方も可哀想だ。兄上のような下賎な輩に嫁ぐとは。いや可哀想なのは兄上か?嘘偽られ、娶ったんだから』 どちらにせよ、哀れで可哀想なのは伊達家ということだ からからと笑い、文を捨てる 伊達政宗が妻を娶ったことを喜んでいるのか、哀れんでいるのか 『三成、明日からかい半分で奥州に行こうか。父上と母上には三成を紹介していなかったし、ついでに』 明日の残りの半分は、おそらく哀れみに行くのだろう 突如、外を眺めていた冬雨の表情がくぐもった 「…………どうした?」 『ああ、いや。ただの発作だよ。なんでもない、ただの発作だ。君の心配する項目にさえ入らない小さな出来事だ』 その小さな出来事が、日に日に増えていることに気がついていないはずがない 本当なら、奥座敷にでも軟禁して、少しでも延命できるようにしたい だが、冬雨はきっとそれを嫌がる もう長くないと分かっている だからこそ私は冬雨を自由にしているのだ 『ああ、明日が楽しみだ。ふふっ、兄上はどんな顔をするか。ああ、小十郎も僕を嫌っていたね、ふふふっ』 「随分と嫌われているな」 『嫌われたんじゃない。嫌ったのだ。僕が先に。だからこそ、嫌いになってくれた。嗚呼、嬉かな』 「物好きめ。ならば私も嫌ってやろうか?」 『それは困る。僕は三成が好きだからね。好きな人に嫌われたくなどないさ。ああ、三成筆と紙をくれないか?文を書く』 用意した紙に達筆な字でさらさらと簡潔に書く 「拝啓伊達輝宗殿 明日、そちらへ赴くこととなった。三成もともに行く。兄上に宜しく頼む。 敬具石田冬雨」 あまりにも簡潔すぎて言葉を失った 「久々に出す父への文がそれでいいのか?」 『うん?構わないさ。文などとは言伝なのだ。思いを伝えられるものじゃない。内容を書き、送る。それで文の義務は終わりさ』 死に際に、君にも書いてあげよう。いらないなんて言わないでくれ。気持ちはあるのだからね。 そう言った冬雨の表情は、重々しかった |