「冬雨ッ!!!!!!」 突如開いた障子の先に、息を切らした家康が立っていた 冬雨は嫌そうに、こう言った 『死ね』 「はっ!?」 手元にあった湯呑みを家康に投げ付ける ぎりぎりで家康は避け、障子を閉めて中に入った 『なんで入って来てるんだい?僕は死ねと言ったんだ』 「はははっ、人に暴言を吐く元気はあるようだな!」 『何しに来たんだい?死ね』 「いや、冬雨が今日か明日死ぬと聞いてな!いてもたってもいられず来てしまった!」 『君に心配される覚えはないよ』 胡坐をかき、和菓子を手繰り寄せ口に運ぶ 勝手に入った挙句人の和菓子を食うとはなんて図々しいんだ 「家康、帰れ」 「お前もか」 『今日か明日死ぬんじゃない。今日の夜生きてればいいんだ』 「もうすぐ夜だぞ」 『僕の命はまだ尽きないってことさ』 日が傾きはじめている 日が落ち、月が昇る ああ、丁度今夜は満月だ 『夜が楽しみだ』 「何故だ?」 『これだから徳川のような馬鹿は嫌いなんだ。夜生きてれば僕はいいほう。つまり、夜ぽっくり逝くかもしれない。それはそれで面白い』 「変な感性だな」 『煩い。満月の下で桜の下で死ねるなんて贅沢じゃないか』 さぞ綺麗だよ。死人と満月と桜なんて ふふふっ、と笑い、指を差す 青白い指の先には、枝垂桜がある 『僕は、あの枝垂桜の下で死にたい。ついでに三成が琴を弾いてくれれば万々歳だ』 「弾けないと言っている」 『なら仕方が無い』 「冬雨も、三成も、死は辛くないのか?」 『愚問だね、徳川。辛くない、辛くなどない。少しの恐怖を凌げば、それで終わりだ』 「死ぬと分かっていれば辛くなどない」 「そうか。強いな、お前らは」 まるで、自分は死が辛いと言っているようだった 私とて、辛くないわけではない 愛する者の死を悲しまない者などいない それは、私も例外ではなく 「冬雨の顔も見れたし。今日は帰るか」 『二度と来ないでいいよ』 「次冬雨と会えるのは、あの世か?」 『きっとそうだろうね。待っていてあげようか?』 「ああ。そうしてくれるとありがたい」 『忘れていなかったらそうするよ』 「ははっ、頼む」 庭先で家康は、静かに言った 「じゃあな。またあの世で会おう」 二度と会えないと分かっている 分かっているから、家康はああ言っているのか はたまた会えると信じているからああ言っているのか 石畳に残った小さな涙の跡を眺め、私は静かに目を伏せた |