『白鷺を知っているかい?』 唐突にそんなことを聞かれた 白鷺といえば鳥だろう 興味もないし見たこともない生き物だ それぐらいのことしか知らない 「鳥だろう」 『うん、鳥だ。純白の鳥でね。僕も一度だけ見たことがある。さて本題だ。白鷺の別名を知ってるかい?』 「知らん。名は名だ。他にない」 『あるんだよ、それが。別名は“はくろ”。しらさぎとはくろでははくろのほうがよく聞こえないかい?』 「だからなんだ」 『言いたいことはだね。僕は元の名前が大嫌いなんだ』 元の名前 それは冬雨でも幼名のあすかでもなく 伊達政宗と仲睦まじかった頃に持っていた、親より授かりし名前 だが途端に仲が悪くなったため冬雨はその名を捨て、私に名を付けさせた 『音桜、おとざくら―――――――音のない、桜』 「その意味でつけられたのか?」 『知らない。桜に音などない。生まれた頃、僕はほとんど泣かなかったらしいからね。その嫌味で付けたんじゃないかな』 「ふん」 『それに引き換え、三成はいい名を貰ったね。佐吉に三成。うん、いい名だ』 「連呼するな。自分の名を連呼されると気持ち悪い」 『そうかい』 会話を紡ぎ終え、静寂が訪れた 聞こえるのは鳥の声と童の楽しげな声 「貴様は、あの童どものように遊んだ記憶はあるのか?」 『無い。僕は身体が弱い故に外に出してもらえなかった。遊び相手は兄上と侍女だけだった』 「そうか」 『三成は、』 僕の代わりに、いい生涯を送ってくれ そう言い、微笑を浮かべる 彼女の名も良き記憶も、生きたいという願いさえも 何処かへ、失われ、消えた |