せせらぎの音が心地よい

誰もいない、私だけの居場所


私は、豊臣に加わり、奥州を滅ぼすことを決意した

そのことに、悔いも後悔もしない

幸せな思い出など、無に等しいのだから



「……ん?なにしてんの、こんなとこで。危ないよ?」



現れたのは、派手な格好をした背丈髪ともに長い男性

聞いたことも、見たこともある人だ



『…………前田殿?』

「え……?………あ、独眼竜のとこの正室さんかー。いやー、久しぶり!元気だった?」



前田慶次

前田利家の甥であるにも関わらず、放浪していることで有名な風来坊だ

なぜこの人が豊臣領にいるのだろうか

たしか、豊臣は嫌い、と言っていた




『…………前田殿。このようなところへ、なにを?』

「そりゃこっちの台詞だよ。一国の姫さんが一人でこんなところ。危ないから、俺送ってくよ」

『結構ですわ。私、自ら望んでここにいるんですもの』

「望んで?そんなはずない。………まさか、人質にでも…?」

『分かりもせず、理解もせず、読解もせず、予想もせず、想像もせず。何も分からないのに、決め付けないでいただけます?前田殿』

「分かるよ。あんた今、悲しい目をしてる」

『もとからこんな目ですわ。私に用がないのであれば、お引取り願いません?』




関係もない、ただの赤の他人

前田殿は伊達政宗と仲がいい

私がここにいる理由を話し、伊達政宗に知らされては厄介だ

殺してしまう……?

いや、そんな物騒なことはだめだ

平穏かつ平和に、物事を収めなくては、豊臣に泥を塗る羽目になる




「俺は、大切な人を目の前で失った。独眼竜にも、あんたにも、そんな思いさせたくないんだ。豊臣は危険だ。あんたも分かってるだろう!?」

『危険か危険でないかは人の感性によって異なるものです。私には、危険という感覚がないので、ここにいるのです』

「独眼竜が心配する!お願いだ、姫さん。俺と一緒に奥州に帰ろう!」




奥州に、帰る?


いや、いやよ

またあの生活に、戻る?

正室という立場を失い、人々から蔑まされる存在にまた戻る?


冗談じゃない

私は、梃子でもここを動くものか




『私に関わらないでいただけません?知っているでしょう?幾途の化物女を。百年に一度生まれるというその存在。ご存知ではない、なんて言わせませんわ?』




そして百年目かどうかは知らぬが、化物が生まれた


それが、私、幾途白名だ




『あまり私を怒らせないでいただきたい。その気になれば、貴方など赤子の手を捻るようなもの』

「俺は引かないよ。あんたを奥州に送り届けるまで」

『まだ言うんですか?………よくよく考えてください。私と貴方など、青葉城で擦れ違った程度。連れ帰る送り届ける。よくまぁ、そんな偽善染みた言の葉が出てくるものですわね?』

「偽善でもなんでもいい。お願いだ、姫さん」



あまりのしつこさと偽善染みたその言葉に吐き気と怒りが込み上げる

私は望んでここにいるのに

私はあそこが嫌でここにいるのに

どうしてまた、誰もが私の平穏を壊そうとするの?



『貴方には、関係のないことです』

「姫さん!」

『これ以上しつこくするのであれば、殺しますよ?』

「やれるのなら、やってみろよ」

『いいえ、違います。貴方を、ではなく。貴方の家族を、です』



目を大きく見開く

まさか己の叔父と叔母が狙われるとは思ってもいなかったのだろう


私は、最後の最後に忠告を彼に告げる




『これで最後です。私の前から消えてください』



何かも分からないものを、確かではない何かを失うのは、もうご免だ