「政宗様、お待ちください!わたくしの足では追いつけのうございます!」

「Oh!sorry、honey」

「いえ。わたくしめは平気にございます」



気持ち悪い

誰、あれ?


《白名殿、初めまして。此度にて、藤次郎政宗様の側室になりました、綾と申します》


あぁ、そうだ

先日政宗様の側室になった綾の方だ

どこぞとも知れぬ小さな武家の娘

派手な格好
派手な化粧
派手なお香

全て政宗様が綾の方へ差し上げた物



私はというと、政宗様の正室であるにも関わらず、綾の方の雑用だ何だを任されてばかりだ



「あら、白名様ではありませぬか」

『これはこれは綾の方。ご機嫌の方は大分良いみたいでございますね』

「ええ、それはもう。あ、そうだ。丁度良いですわ。白名様、わたくしの座敷にこれを運んでくださらぬ?」




そう言って差し出されたのは、淡い青の簪と、紅の金魚が描かれている扇子、そして




『お言葉ですが、綾の方。簪と扇子はよろしいですが。こちらの黒い櫛、私のございますが?』

「あら、そうでしたの?わたくし、政宗様より頂いた物ですの」

『っ………!申し訳ありませんが、こちらの櫛、お返し願います』

「なっ………!」

「hey、どうした、綾?…………白名?」

「政宗様ぁ!白名様が、黒の櫛を自分のだと言い、わたくしから奪おうとするのです……!」



政宗様に泣きつく綾の方

とんでもない吐き気に襲われる


気持ち悪い、きもちわるい、キモチワルイ



「Ha?白名、それお前のだったか?」

『はい。政宗様より頂いた品にございます』

「使ったか?」

『勿論』

「綾、新しいの買ってやる」

「え?」

「こいつの使ったのなんて、使いたかねぇだろ?」




ぎしり、と精神が悲鳴をあげる


この痛み、誰が分かってくれるのでしょう?




「……ありがとうございます、政宗様!」

「白名、今度綾を泣かせてみろ。俺はテメェを殺す」



そういい、二人は去って行った

あぁ、あぁ、



『うああ…………!』



ぽたりと地に落ちる雫



綾の方が来てから、政宗様は私を避け続けた


そしてそれは政宗様だけではなくなりつつあった




「あら、白名様だわ」

「本当。いやねぇ。他を通りましょう?」

「そうね」



城内の者、全てだった


政宗様、片倉殿、成実殿、鬼庭殿、家臣、女中、他の側室の方



………違う

城内?そんな甘っちょろいものじゃない


奥州の者全てだ


ここは、私のいるべき場所?



答えは、否


すべて、嘘で偽りだ



『くくっ…………あはははははっ!!!!』



奥州の者は、私が嫌い

なら、私も嫌う



『…………ねぇ、佐助殿?』

「やあ、姫さん。限界?」

『そうね。もう、限界よ。全て全て。佐助殿、父上に連絡をして頂戴』

「……幾途殿に?」

『ええ。私は、もう嫌よ。もう全て嫌。疲れたわ。ここまで頑張ったと思わない?』



政宗様の正室になって、二年
綾の方が側室になって、五月

私はこの五月、嫌われることに必死に耐えた


食事が出されずとも自分で作り
材料がなければ他国から買い
寝床がなければ遊女で男と寝
湯浴みが出来なければ川へ行き
陰口を叩かれても涙を飲み込み



必死に生きた


でも、もう限界

もう嫌



『私は、奥州を敵に回す。そうね、豊臣。豊臣の勢力が最近すごいわね。私は豊臣に回る』

「ちょ、ちょっと待ってよ姫さん。それは竜の旦那の正室をやめるって………」

『正室?ふふっ、なぁにそれ?私は正室の扱いなんてこの五月間、一度も受けなかったわよ?あんなのただのお飾り。正室をやめること、紙屑を捨てるに等しいわ』

「第一、姫さんが正室になったのは同盟の証。それに姫さんの父君は豊臣が憎くて、伊達と手を結び、豊臣を滅ぼすって」

『私は豊臣が憎くなんてないわ。女は嫁ぐだけ?笑わせないで。あんな一方的な婚約。私は初めから、伊達政宗なんて嫌いだったわ』




初めは、とても良くしてくれた

何か欲しいか
怪我はしてないか
戦の間大丈夫か

私も、幸せだった


だがそれは「幸せ」であっただけであって「彼が好き」というわけでもなかった


いつかきっとこの人は私を裏切る


そう確信していた


なんの理由も躊躇いもなく、思った



『もし父上が正室をやめることを咎めるのであれば。私は父上も母上も幾途さえも滅ぼす』

「姫さん、豊臣は危険だ。せめて甲斐に…………」

『うん、行きたいよ。でもね、甲斐には真田幸村が――――あの男と同類である者がいる。私は、同じ苦しみを味わうのは御免よ』

「旦那には俺様がキツく言っとく。だから………」

『ごめんなさい、佐助殿。もし、私が貴方の正室や側室であったなら、私は毎日が幸せでしたでしょうね』



たった一人の、私の理解者

ごめんなさい、貴方を裏切るようなマネをして

貴方は本当に好きでした

私は、



『私は、忍としての猿飛佐助じゃなくて、人間としての猿飛佐助が、本当に好きだったわ。ありがとう』



理解して同意して慰めてくれあやしてくれ背中を押してくれた貴方が



『じゃあ、父上によろしくね。こんなこと、貴方に頼むのおかしいけどね』



流れ落ちる、幾筋もの涙

本当に好きだった

これは嘘でも偽りでもない

純粋に、理解してくれて、優しい貴方が好きだった




『―――――ごめんなさい』



私は、幾途家を捨て、伊達政宗を捨て、

修羅にでも覇者にでも魔王にでも覇王にでも悪魔にでも鬼にでも化物にでもなってやる


それが、私の生きる理由だとするならば