血が零れた


私の腕から流れた血を表現しただけであって意味はない

その血は故意に流されたものだった

曝け出された右腕に、「彼」の爪が食い込む


痛くなどない。これも愛故、なのだから


力を入れ過ぎた結果、「彼」の整った爪が音を立てて



砕けた



『………徳川様、爪が………』

「いい。気に留める必要さえない小さな問題だ」



爪の治りは遅いというのに



『いっ………』



食い込み過ぎた爪がブチリと音を立て肉に侵食する


彼は痛みに苛まれ、歪む顔を見て綺麗な笑みを浮かべた



「蓮夜は、笑顔も綺麗だが、苦痛に歪んだ顔もまた格別だな」

『あ……りがとう………ございます………』



あぁ、これは痕が残るな


「彼」は、徳川様もまた政宗同様痛んでいる


………そう言えば、私たちは一体何をしているのだろうか

いや、それではなく、最大の疑問点は何故こんな状況に至ったかだ






………あぁ、そうか。そうだ

徳川様が突然「苦痛に歪む蓮夜の顔が見たい」なんて言い出したんだ

天女様に構う礼としては安いものだ、と了承してしまったのが運の尽き

結果、これだ


いつまで続けるのだろうか


そろそろ私も痛みで気を失ってしまう



「……す………家康…?ど……よ…」

「………××も………し………まったく……」




遠くから、天女様の声がした

徳川様も気付いたのか、奥歯を噛み締める



「………はぁ……まったく、空気の読めないお嬢さんだ」

『ええ………そうですわね』



スッと手を離し、私は爪の跡を指でなぞる

ニコリと笑んで、徳川様の背中を押す



『お行きください。怪しまれます』

「分かった」



彼もまた笑んで、天女様の下へ向かう



私は、喉を震わせ、笑う



遠くに見える幸せそうに笑む天女様を見て



馬鹿な女だなと




欠けぬことなき愛情表現

(傷付けられることぐらい)
(慣れっこですわ)


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