「蓮夜っ!」



あぁ、なんなんだ、この女は

事ある毎に私を怒鳴りながら呼ぶのは止めてほしい



「ねぇ、蓮夜。あんた三河に行ったことある!?」

『三河……と申されますと、徳川様辺りでしょうか?申し訳ありませんが、行ったことは……』




まぁ、徳川様がうちに来ることならあるから顔見知りではあるんだけど

嘘は吐かない主義だから、嘘は言わない




「私、三河に行きたいの!」

『危のうございます。万が一さくら様にお怪我をされては………』




私が、手当てするのが面倒だし




「煩い!あんたが何と言おうが、私は行くわよ!?」

『………わかりました。いつ、向かうので?』

「今よ!」




人を殺したくなる衝動とはこれほどにまで、容易く起きるのか

















『さくら様、疲れてはおりませぬか?』

「さっきから煩いのよ!あんたは黙って馬走らせてなさいよ!」




まったく、とんだじゃじゃ馬の世話を引き受けてしまった

あれから政宗や真田様に事情を話したところ、断固拒否されてしまった


曰く、あいつは変態だから


政宗が人のことを言えた義理ではないことは確かだ





「ねー、まだぁ?」

『もう三河には入っております』

「おっそいわねぇ」




なら自分で走ればいい

私は適当に馬を走らせるので


門の前には、私たちをわざわざ迎えに来たのか、徳川様がいた

私たちの存在に気付いたのか、満面の笑みで手を振る




「ん………?あぁ、久しぶりだな、蓮夜!」

『お久しゅうございます、徳川様』

「……ちょっと蓮夜。あんた家康と知り合いなの?」

『まさか。徳川様は奥州に来られたとき、私がお茶を出しただけですわ』




とまぁ、強ち嘘は言っていないのだが

お茶出しも茶菓子も出したのは私だ

そのあと怪我でもしたらどうすると政宗と成実にこっぴどく怒られてしまったが




『徳川様、こちらが琴平さくら様でございます』

「はじめまして!琴平さくらよ!」

「あ、あぁ。徳川家康だ。よろしく頼む」




気が乗らないようだ

自分が嫌われていると、この天女様は気付いていないのだろうか




「すまぬが、さくら殿。ワシは少し蓮夜と話がある。城の者には話してあるから中でゆっくり休んでくれ」

「うん、分かった!早く来てね?」



城の中へ天女様が入っていくのを確認すると、彼は私の手を引いた


昼間でも暗さを保っている林に連れられる




「蓮夜………ワシは本当にアイツに構わなきゃならんのか……?」

『……ごめんなさい。政宗の文の内容は分からないけど、そう書いてあったの?』




彼は静かに肯定をとる

政宗は予め徳川様に文を送ってくれた

その内容が分からないから、なんとも言えないのだが




「ワシは、お前だけならいつでも歓迎した。正室に迎え入れる準備もした。なのに……」

『そんなに怒らないでください。傷付きますわ』

「すまない………だが……」

『徳川殿はよく奥州にいらっしゃるから分かるでしょう?私が、籠の鳥である存在を』

「知らないわけがない」




遊びに来る度、常に政宗の傍にいて、常に城の中にいる私を徳川様は不審に思っていた

最近、ようやくその理由が分かったようだが、それはどうでもいい




『私に、一つや二つ楽しみをくれたって、よろしいじゃないですか』

「蓮夜の楽しみを奪う奴など、この日ノ本にはいないさ」

『ありがとう』




ギュッ、と抱き付き耳元で甘美に囁く




『もし、私が楽しかったと思えば。思った瞬間、殺しても何にしても構いませんわ』

「っ!?」

『殺すもよし。愛でるもよし。正室でもよし。貴方にとって、不利ではないでしょう?』

「………分かった。協力しよう」

『ありがとうございます』




まぁ、それが出来ている者など、一人もいないから私は独り身なのだが



染まる悪意、狂気の証

(馬鹿な天女様は)
(ずっと一人ぼっち)

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