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呼吸が落ち着いてから逸らしていた視線をそっと先輩の方に戻すと、彼は唇を重ねていた最中と同じように、食い入るように俺を見ていた。

「見、すぎです」
「うん、ごめん」
言葉だけで謝った彼は、視線を動かさないまま自分の唇を舐めた。俺を羞恥で殺す気かと一瞬本気で疑って、それから自分の思考の馬鹿らしさに気付いて呻く。目の前の肩に顔を埋めて視線から逃れると、頭を片手で包むように撫でられた。

「ハル」
「なに……」
「嫌だった?」

なんてことを聞くんだ、この人。
頭を抱えたくなったが、声のトーン的に、純然たる質問なのだと分かったから、俺は少し考えて口を開いた。

「……、びっくりした」
「うん」
「――でも、嫌ではなかった、と思う」

唇をただ触れあわせるよりももっと深くて近くて熱かった。訳が分からなくなって、境界が消えて混ざってしまうような感覚だった。
思い返してしまって、恥ずかしさがなかなかおさまらない。答えた後は黙りこんでいると、先輩がぎゅっと俺を抱き締める力を強くした。長いため息のあと、「……良かった。」と小さな声で呟くのが聞こえた。不思議に思って、ようやく視線を上げる。キヨ先輩は俺と目が合うとはにかんだ表情を見せた。

「ほんとはちゃんと、してもいい?って聞こうと思ってたのに、我慢できなくて。だから、嫌じゃなくて良かった」

我慢。口の中でその言葉を転がして、首を傾げる。

「―前から、さっきみたいなキスしたかったってこと、ですか?」
考えたことをそのまま口に出してしまった。先輩はさっと頬を紅潮させたけれど、多分、俺も同じくらい赤くなったと思う。

「いや、その……したいとは思ってた。でも普通のキスが物足りなかったとかではなくて、普通のも好きだけどああいうのも出来るならしたいな、みたいな、感じ、です」
「そ、そうですか」
「はい」

お互いに物凄くしどろもどろだ。なんだこれ。顔を見合わせて笑ってしまう。
先輩がこういうふうに照れたり焦ったりしているのを見ると安心する。なんというか、慣れてないのは俺だけじゃないんだな、というような安心だ。先輩がすごく慣れていたら、俺は戸惑って焦って恥ずかしくて、気が休まらなかったと思う。

格好つかないな、と笑ってから、キヨ先輩が額同士をくっつけてくる。

「……いつもじゃなくて、たまに。さっきみたいなの、してもいい?」

俺のことを好きだと訴える目で、ちょっと不安そうにそんなことを言われたら、恥ずかしかろうがなんだろうが、断れないことをこの人は分かっているのだろうか。

「……次は、予告してほしいです」
「! 分かった。予告するし、ゆっくりする」

大きく頷いて、破顔する。いつも丁寧でゆっくり触れてくる彼にあんな食らいつくような熱が潜んでいるとは思わなかった。気持ちが落ち着くにつれて、顕になったそれに対する愛しさが募って、堪らなくなって、ぎゅうと先輩の頭を抱き締めて頬を擦り寄せる。

慣れたら絶対、俺からも仕掛けて同じ思いを味わってもらおうと思った。



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