4


「ね、ハル」
「なんですか」
「キスしたい」
「――、」
片手が腰から離れ、背を辿って、うなじを撫で掴んだ。擽ったいような感覚に小さく身を捩って唇を引き結ぶ。キヨ先輩は俺から片時も目を逸らさずにいる。
キスしたいって言うくせに、顔を近づけてくるわけでも俺を引き寄せるわけでもない。ただ熱の潜んだ目で見詰めてくる。俺からしろってことか? それはまあ、いいけど、そんなに見られたらすごくやりにくい。

「ん?」
視線に抗議の色をこめると、分かっているくせに柔らかく首を傾げるのがムカつく。嘘。ムカつかないけどちょっと困る。普段はこういうとき同じくらい余裕がないのに、さっきまでだって照れたりして可愛かったのに、何故急に、そんなに余裕そうなのか。狡い。俺だけ狼狽えている。
そんな余裕、無くなってしまえばいい。いつもみたいに俺に必死になってほしい。じわじわと不満が込み上げてきて、意を決した俺は肩に置いていた手をするっと首の後ろに滑らせて、もう片方の手でキヨ先輩の、輪郭すら整った顔を柔く掴んで上向かせ、彼が僅かに目を見開くのを認識しながらキスをした。

さっき感じたのと同じ柔らかさ。表面が軽く触れあうだけで、熱くてちょっとしっとりした感触が気持ちいい。優しく髪を撫でられる。なんとなく、物足りなくて少し強く押し付けたら、先輩の腕に力が入って更に頭を引き寄せられた。
その反動で唇がいつもより深く重ねられたことに動揺してしまったのが悔しくて、お返しに下唇を軽く食む。

「っ、ハル」

熱い息を吐く先輩の声にはもう余裕なんてまるきりない。思い通りだと喜びたいところだが残念ながら俺にはもっと余裕がなかった。唇を舐められてびくっと体が震える。目を開けると、間近に熱のこもった瞳があった。

「ハル、な、……少しでいいから、口開けて」
掠れた声で囁かれ、心臓が破けそうになる。口を開くだけのことがこんなに困難になるとは思わなかった。ぎこちなくしか開かないのが恥ずかしすぎてぎゅっと目を瞑ったところでまた性急に唇が合わせられて、かと思ったら熱くて柔らかいものが口内に入り込んできて、全身が緊張した。

「っ! ん、ぅ、……」

一瞬の大混乱のあと、それがキヨ先輩の舌だと理解して、理解したことでまた熱が上がった。だって、先輩が俺の口のなかを舐めている。強張った舌を擦り合わされたら、訳のわからない感覚が電気のように体を走って膝に力が入らなくなった。キヨ先輩の足の上に座り込んでしまう。
体勢がかわったせいで一瞬離れた唇が、すぐに追いかけてきて食いつくように重ねられる。

くっついた部分が全部熱い。先輩の舌が一番熱い。息があがって、時折自分から小さく声が漏れるのが恥ずかしかった。ぎゅうう、とキヨ先輩の服を握る手に力が入りまくっているのが分かる。

恥ずかしい。どうしたらいいか分からない。
呼吸が苦しくなって、反対の手で肩を叩いたら、先輩は最後にもう一度キスをしてからすっと体を引いてくれた。彼の唇が濡れている。死にそうだった。弾んだ息にすら羞恥を感じて口許に手の甲を当てて、唾液を飲み込む。

なんだ、今の。なんだったんだ。
自分の鼓動の音が大きすぎて耳元に心臓があるみたいだ。


back