心霊スポットの除霊にやってきて、いたのはひっそりと廃屋で暮らしていた家族の霊たちだった。
仕事だからと霊幻は除霊するよう言うし、客も恐怖に染まった表情でそれに強く同じる。


--でも、この霊たちは…悪霊じゃない…


エクボが嗾けると、父親の霊は少し考えた後なんと地に伏せ頭を下げた。
『家族3人で、静かに暮らしたいだけなんです』と切実に願われると、もう、どうするべきなのか…何が正しい選択なのか、わからずにモブは固まってしまう。
その様子を見て、霊幻が塩の袋を取り出すと横からおなまえがそれを取り上げた。


「もうこの地は祓い終えました。あとはこの清めの塩を持って帰って頂ければ除霊は完了です」
「え、ホントに、これで除霊終わりですか?」
「終わりです」


疑う客にそう告げると、後の対応は霊幻が取り代わる。
おなまえはモブの肩に手を添えて俯くモブの前にしゃがみ込んだ。
モブは混乱したままなのか苦しそうにしている。


「モブ君。モブ君の判断は正しかったよ、大丈夫」
「…おなまえ、さん…」


霊幻に目配せすると、彼は「悪い気が溜まらないように結界を張っておくので、私と車でお待ちください」と客たちを連れ出してくれた。
それを確認して、おなまえは声を落としたまま語る。


「モブ君はこの家族は悪くないと思ったからそうした。それなら霊幻さんも私もそれを尊重するし、お客さんには今みたいに納得して貰うよ」
「で、でも…それじゃあ……お客さんは除霊、してほしいのに…嘘つくことになっちゃいます」
「あの人たちの心霊現象と思ってたものに、ここの家族たちが関係してるようにモブ君には見えた?」
「…見えなかったです」
「私もそう思った」


ひとつひとつ、モブのわだかまりを解くように言い聞かせていく。


「今まで事務所にやってきたお客さんのほとんどは実際には悪霊がついてないってこと、モブ君も見たことあるよね」
「…はい」
「その人たちにはモブ君はどうしてた?」
「師匠にそう報告して、後は師匠に任せます」


いつもの仕事風景を思い出しながらモブは答えた。


「任された師匠はどうするの?」
「えっと…、お客さんの話をずっと聞いたり、マッサージしたりします」
「お客さんは師匠がそうした後どんな感じだったかな」
「……スッキリしたって言って、お金払って帰っていきます…」


うんうん、とおなまえは頷いた。
モブの前から隣に移動して、しゃがんだまま続ける。


「…お客さんがスッキリしたのは、嘘だって思う?」
「思いません」
「じゃあ師匠がそういうお客さんたちにマッサージしたり、話に付き合うのは嘘って思う?」
「………思いま、せん」
「嘘じゃないと思ったのには、どんな理由があるのかな」
「お客さんが本当にスッキリしたって思っているなら、それは嘘じゃない、と思う…」
「そうだね。…それじゃあ、今回の仕事もそれと似てないかな?」
「は、い。似てます…でも…」


言い淀んで、モブは客たちの車がある方を見る。
少し離れた場所にある車は、木々の隙間から車体が見えるか見えないかといったところで、その中にいる客の様子など勿論わかるはずもなかった。


「お客さんが、納得しなかったら…」
「そうか……じゃあ見に行こう!」


モブの手を引いて、おなまえは車へと向かっていく。
もし、客が怒っていたら。
もし自分が霊を消さなかったせいで、師匠やおなまえさんが怒られてしまったらと、車が近づくにつれ不安がモブの胸に広がって行った。
おなまえは助手席の窓を軽くノックし、中から少し窓を下げて貰うと「お待たせしました。終わりました」と霊幻とその奥の客たちに向かって言う。
その言葉を聞いて後部座席の女性客が「良かったー!」と声を上げた。
それは他の客にも伝わって、誰ももう疑いもしていない様子だ。


「…どうかな?モブ君」
「……嘘じゃ、ありません」


ようやくホッしたように笑顔を見せたモブに、またおなまえはうんうんと頷いた。


---


霊とか相談所が閉められ、家の方向が同じだからとおなまえとモブは帰路をともにする。
すっかり日が落ちるのが早くなり、頬をすりぬける風がひんやりと熱を奪う。


「…今日、すみませんでした。僕何も出来なくて…」
「私は…そんな風に思ってないよ」


慰められている。そうモブには感じた。
今日の仕事ぶりといい、情けない所ばかり見せてしまう己の不出来さにモブはずん、と気分が落ち込んでいく。


「寧ろいざって時に助けて貰ってばかりだから、今日みたいなこともあってくれなきゃお姉さん立つ瀬がないよ」
「え…」


ニコリと優しく笑いかけられ、落ちてく気持ちを引き止められたような気がした。


「で、でも…おなまえさん強いし、力の制御だって上手いし…!」
--僕なんかが助けになれたことなんて…


モブがいない時の除霊はおなまえがやっている。
感情の爆発で制御不能になる自分と違って、おなまえはコントロールも自在で劣っていることなんて何一つないのに。


「それはモブ君よりちょっとだけ長くコレと付き合ってるからだよ。モブ君は成長期なんだから、これからでしょ」
「……僕が、まだ子供だから…ですか」


経験の差だと言われれば、モブとおなまえの間の越し様のない壁を感じた。
彼女は大人の女性で、一方の自分は中学生だ。
その事実を実感すれば引き留められた気持ちがまた底へ底へと沈んでいく。


「モブ君は大人っぽいなと私は思ってるけど」
「…え」
「今だって一緒に帰ってくれるの、暗い中1人にならないようにでしょ?心強いし、いてくれて安心するよ」
「あ…、その…」
「…違った…かな?」
「いえ」


思い過ごしだったかもしれない、とおなまえが恥ずかしそうに頬を染めると、モブの足が止まった。
いつもの余裕のある振る舞いとのギャップに、ついその顔をまじまじと見つめてしまう。
女性の顔をじっと見つめるのは失礼だと思いながらも、目が離せない。


「あってます…けど、」
「…?」
「…僕がいると、心強いですか?……あ」


何を聞いているんだろう。
これじゃ、その言葉に嬉しくて舞い上がりそうな気持ちですって言ってるようなものじゃないか。
慌てて取り消そうとしても一度出てしまった言葉はまたしまうということもできなくて。
焦っておなまえさんの顔を見れば赤い顔のまま、ちょっとだけ困ったように微笑まれた。


「うん。ちょっと年甲斐もなくドキドキする…女の子扱いされるの久し振りだから」
「……」

--見惚れるって、こういうことなのかな。


おなまえの言葉にモブも鼓動が早まるのを感じる。
そこから先は、どんな話をしただろうか。
気がつけばいつも分かれる通り道に辿り着いていて、「じゃあまたね」とおなまえが軽く手を振り背を向ける。
その背中を数秒眺めてから、モブは歩き出した。


「おなまえさん」
「え、モブ君。おうち反対で…」
「おなまえさんは可愛いです」
「か…っ、え…?」
「だから、家まで送ります」


モブの言葉にまた赤くなってしまうおなまえの手を取る。
そのまま車道側に立ってその手を引けば、困惑しながらもおなまえも歩を進めた。
思っていたよりも大きくて、厚めの掌。
すっぽりと覆われてしまった自分の手を見て、おなまえは必死に冷静さを取り戻そうと首を振る。


「ありがとう、モブ君。でも、モブ君が帰るの遅くなっちゃうよ」
「そうですね…でも、心配なので」


しばらく道なりのお陰で、迷うことなく進めてしまう。
自分より一、二歩先のモブを尚も引き返させようと口を開いたが、掴まれた手がぎゅっと繋がれたことで声を出すのが遅れる。
自分の手も、モブの手も、熱い。


「大丈夫です、僕、男ですから」


振り返らないまま彼には珍しい強い声音で言い放たれてしまえば、「はい…」と力なく答えるしかなくなってしまう。
年下なのに。
中学生、なのに。


--どうしよう、すごく、ときめく。


そのまましっかりおなまえの住むマンションのエントランスまで送ってくれたモブに、気恥しさに小さくなってしまう声でお礼を伝えた。


「あ、ありがとう。ここまで送って貰っちゃって」
「あの…、次も家まで送ります」


本来の分かれ道からおなまえ宅に向かう道中たいして話もできなかったが、気まずさはなかったのだろうか。
それともその気まずさ以上に『送る』という意思が強いのか。
モブにそう言われて、折角少し落ち着きかけていた顔の火照りが再発しそうでつい両頬を抑えた。


--心臓がもたないかもしれない

「…あの…?おなまえさん…」
「……はい」
「迷、惑…でしたか…?」


今までの強い意思はどこにいったのか、ふと普段のモブに戻ったその声におなまえは咄嗟に首を横に振った。


「ううん!本当に、嬉しいよ!ありがとう」
「…良かった…」


綻ぶモブの表情が目に入ると、また鼓動が脈打つ。


「あの…ね、良ければなんだけど」
「はい」


言っていいものか、やめるべきか、胸の底にある理性が引き止める。
もう遅い時間になってしまう。
早くモブ君を家に帰さなくては。
そう、思うのに。


「あがっていかない?お茶くらいだすよ」
「あ…、っ…い、」


おなまえの言葉にモブがたじろぐ。
戸惑うのは仕方ない。
誘った本人も「言ってしまった!!」と内心パニックを起こしかけている。
それを20余年で培った表情筋が留めていた。


「でも、遅くなっちゃうね…」
「う…、えっと…」


モブがすぐには返事が出せないことは理解しながらも、いたたまれなさが勝ってとうとう逃げ道を作り始める。
一時の勢いで見失ってはいけない。
下手をしたら未成年者略取の容疑でお縄かもしれないと軽率な自分の発言を戒めた。


「困るよね急に言われても。嫌ならいいんだよ!気をつけて…」
「嫌じゃないです」


帰ってねと続けようとしたおなまえの声に強めなモブの声が重なる。
思わぬ反応に瞬きを数回すれば、モブは思いの外自分の声が大きかったのに自分で驚いたのかあたふたし始めた。


「す、すみません大きな声出して…。嫌じゃ、ないんです。でも、多分…家でご飯作ってあると思うので…」
「…そ、そうだよね。引き止めちゃってごめんね」


「だから」とモブが続ける。


「次、送った時でもいいですか…?」


以前エクボからモブが如何に異性への免疫がないかを聞いたことがある。
全く悪戯心が囁かなかったとは言えないし、何だかんだしっかり送り届けてくれたり荷物を持ってくれたりと十分エスコートできてると思っていた。
でも、今目の前でちゃっかり「その時にはご飯いらないって伝えておくので」と言ってのける彼は、とても免疫がないようには見えない。


「それじゃあ、おやすみなさいおなまえさん」


分かれ道で別れる前のモブと、今背中を向けて去っていくモブ。
どちらが本当の彼なのだろう。


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