これでは師匠の沽券に関わるな、と霊幻は冷静な頭で思い至った。

そもそもだ。
ひたすら文系を選択していた俺が、十数年前適当にやり過ごしていた教科なんてものの内容を覚えているはずが到底ないのだ。
だとしたらどうするか。
答えはひとつだ。


「…勉強会ですか?ここで?」
「そうだ」

--勉強会…!


聞こえた単語に芹沢は顔を上げた。
霊幻は反応の薄いおなまえに説明をする。


「お前の父親数学教師なんだろ?芹沢から聞いたぞ」
「あっ。すみませんみょうじさん、勝手に話して…」
「構いません」
「……、で。だ」


おなまえのいない間に霊幻に話していたことを知られて芹沢に緊張が走る。
しかしおなまえは焦る芹沢に首を横に振って答え、本当に不快に思っていない様子を見て芹沢は胸をなで下ろした。
そのやり取りを見届けてから霊幻は続ける。


「モブは受験生だし芹沢だって苦手科目だったろう(知らないけど)。悩める仲間を見捨てるなんてことは俺にはできない」
「はあ」
「だが俺よりも適任がここにいるのを思い出した。おなまえよ、お前だ!」
「父が適任なのでは?」
「仲間の話したろうが。お前の父親はここに勤めてないだろ」
「……」


即座に答えたおなまえを霊幻がピシャリと退ける。
おなまえは真顔のままだが、なんとなく納得いっていない雰囲気なのを霊幻と芹沢は感じ取っていた。
しかし霊幻は真面目な風を装って尋ねる。


「おなまえ、もしかして教えられる自信が無いか?」
「そうですね。私も霊幻さん程ではないとはいえ十年程前のことですから」


コイツに煽るような真似をした所で断られるのが関の山だ。
ならばこうするしかない。


「…そうだな。俺にも難しいことを部下のおなまえに任せるべきじゃなかったな…悪かった、押し付けるような真似をして」

--霊幻…心にもないこと言ってやがんな…


テレパシストのおなまえにそんなことしても見透かされるだろうに、とエクボが様子を見ていると


「いいえ。霊幻さんはより適任だと判断してのことですから。やりましょう、勉強会」
「そうか!よろしく頼むぞおなまえ」
「ありがとうございます、みょうじさん。お願いします」
「はい」
『…マジかよ…』


エクボはおなまえが滅多にテレパシーを使わないのを知らなかった。


「…なら、私も復習しないと」と呟くおなまえ。
前から教わりたいと思っていた芹沢は"勉強会"という響きに浮き足立っていた。

友達同士で勉強し合うなんて。
しかもみょうじさんが教えてくれる。
しゅ…集中できるかな、俺。

ソワソワしている芹沢におなまえが声を掛けて現実に引き戻す。


「芹沢さん、頑張りましょう」
「! は…はい!」


そんな二人のやり取りを砂を吐きそうな顔で見ているエクボとパソコンでスケジュール画面を開いてモブに連絡をする霊幻がいた。


---


「……茂夫君、またここ間違ってます」
「あれ…どうしてだろう…?」
「この問題は解の公式を使います。…これですね」


おなまえのノートの一部を指し示しながらひとつひとつ比較していくと、間違えて公式を覚えてしまっていたようで、モブは改めて解き直し始める。
その間に芹沢の分も確認すると、同じ問題で彼も間違えていて、二人とも以降同じ解き方をする問でことごとく答えが違っていた。


「芹沢さんもです。多分二人とも間違えて公式覚えてます」
「これ霊幻さんに教わったんですけど」
「あ。間違ってた?悪いわrひはひ!?」
「………」


呼ばれてにへらと間違いを流そうとした霊幻の頬が急にぐいっと引かれ、何事かと振り向くと反対の頬もおなまえによって引っ張られる。
おそらく加減をしているだろうが、容赦なく抓りあげられて痛みで涙が出てきた。


「ひっへえ!ひょうへははふぇへ!!ひゅわん!!」
「…反省しました?」
「したした…両手はやめろってマジで痛かった…てか唇切れた…」
「茂夫君が志望校に受からない未来を避けれるなら、霊幻さんの唇が裂けるくらいなんてことないです」
「仮にも上司…」
「部下の。未来を。閉ざす上司、ですか?」
「……すみませんでした」


珍しくおなまえの声が嫌味ったらしく霊幻を責めた。
間違えて覚えたことを覚え直すことがどれだけ大変だと思っているのだと、おなまえは自分のノートPCを出して何やら打ち込む。
しばらくするとプリンターが数枚のプリントを出力した。


「正しい公式が身につくまでこの練習問題やりましょう。父から問題のデータを拝借してきたので幾らでもパターン出せます」
「かりちゃっていいんですか?それ…」
「内緒ですけど、大丈夫です。芹沢さんもし父に会っても言わないで下さいね」


父がいるのは女子高なので、茂夫君の進路に支障はありませんと言い切って差し出されたプリントを芹沢は受け取った。
本当に大丈夫なのだろうかと隣のモブと顔を見合わせる。


「これが出来ないと大きく点数が落ちます。確実に」
「…僕、やります…!」
「芹沢さんも。他の問題は解けるようになってましたから、ここさえ落とさなければ満点だったんです」
「…満点…、ですか…!」


自分が数学で満点を取れる所まできていたなんて。
あともう少しですから、と言う声に後押しされて芹沢もシャーペンを握り直した。


---


「おなまえさん、師匠も。今日はありがとうございました」
「俺も助かりました。ありがとうございます」
「おう。今度から数学はおなまえに聞けよ」
「………間違いを教わるよりはその方がいいですね」


何故か自分が教えたかのように答える霊幻をおなまえは真顔で見つめた。
二人ともしっかり問題が解けるようになって、しかも芹沢に至ってはおなまえが言った通り全問正解出来るようにまでなった。
計算ミスがなければもう大丈夫でしょうと太鼓判を押されて、誇らしい気持ちが湧く。


「もういい時間だし、皆でメシ食って帰るぞ」
「あ、霊幻さん」
「ん?」


ラーメンでいいよなと階段を降りる霊幻をおなまえは呼び止めて、鞄を漁る。


「優待券があって。食べ放題なんですけど今日茂夫君も居ますしこれ使いませんか?」
「どれ…焼肉じゃねぇか!」
「焼肉ですか…!」


焼肉と聞いてモブも嬉しそうな顔を浮かべた。
意気揚々としている師弟二人の背を見て、おなまえも僅かに表情が柔らかくなる。


「久し振りにご飯一緒に食べられて、嬉しそうですね霊幻さん」
「しかも焼肉ですからね。何か…今日は何から何まで、本当にありがとうございます」
「実際に頑張ったのは芹沢さんたちです。だからこれは勉強頑張ったご褒美…ということで」


次の考査でいい点数取れたら、たこ焼きパーティーにしましょうね。


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