カラン、とラストオーダーで頼んだリキュールグラスの中で氷が回る。
暗い店内に静かに流れるBGMは、自分がここにいるのがより場違いに思えてなんとも居心地が悪い。
一般的にはこういうのを“雰囲気の良いお店“というんだろうか。
こんな所に来ることになるなんて…しかも、女性と。
チラリと隣を伺えば、彼女はとても自然に二層に別れた色鮮やかな(多分)カクテルを流し込んで、指先でグラスの縁を弄んでいる。


--綺麗、だな…。


仕事でなければ…いや。仕事でもなければこんな所…。
そもそも2人になるのも難しい。
複雑な気持ちで肩に力が入れば、隣の彼女が身を寄せてくる。
ふわりとベリーの香りが鼻をくすぐって、心臓が強く打った。


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「この後お前らに頼みたい案件がある」


霊幻がそう言い出したのはモブが帰り、芹沢とおなまえも帰り支度を始めた時だった。
なんでもとあるバーで閉店間際になると怪奇現象に見舞われるのが数日続いているらしい。
バー、か…。
確かにモブは行けないし、閉店するまで拘束するなんて以ての外だ。
いいですけど、と返事をしながら持ち上げ掛けていた鞄をおなまえは置く。


「バーの閉店時間何時です?タクシー代も経費扱いにしてくれますか?予算2人でいくらまでOKです?」
「1時だから出すよ。領収書出してもらえよ。あと、仕事だからな」
「はーい。じゃあ一旦帰って、待ち合わせしましょう芹沢さん」
「えっ!…ま、待ち合わせ、ですか」
「そのバーの除霊時間まで、することはもうないですよね?」


おなまえの質問に「今日はもうその一件だけだ」と霊幻は答える。


「それまでここにいるのも時間の無駄だろ。人件費だって掛かる!一旦上がって、家出る時、待ち合わせ場所についた時、2人が揃って店に向かう時、店内の様子を30分毎、あと除霊終わって帰る時もちゃんと連絡しろ」
「お母さんか(笑)」
「だぁーっか、ら!仕事!お前は飲みに行くんじゃなくて仕事しに行くの!忘れんなよ。芹沢、コイツが飲み過ぎないように見張ってろ」
「は、はい…!」
「それじゃあ、駅で待ち合わせましょう。電車の時間的に23時くらいでいいです?」
「じ、じゃあ…それで…。はい」
「じゃー一旦お疲れ様です〜」


バタンとドアが閉まりおなまえの足音が遠のくと、霊幻がひとつ咳払いをする。


「芹沢よ」
「……はい」
「バーに入ったことは?」
「……ない、です」


芹沢の返事を聞いて、霊幻は「よし、勉強だ」といつもの席から芹沢の座っているソファーの向かいに腰掛けた。
頼み方のポイントな、とかおなまえがさっき予算っつったのはな、と説明していく。
慌てて「メモ、取っていいですか」と聞けば「取るのはいいけど店に行くまでに覚えろ。見るな」と言われて汗が滲んだ。


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「芹沢さん、何か感じますか?」
「へっ、…あ、…えっと…」


身を寄せ小声で訊ねられ、サッと店内の様子を伺うが特に変わった所はない、はずだと芹沢は思った。
カップル1組におひとり様の男性が2人、テーブル席だったりカウンターだったりついている席は皆バラバラだが静かに飲んでいて不審な様子もない。
腕時計を見れば0時50分。
カウンター席の男性がグラスを煽ってチェックをすれば、テーブル席のカップルもその数分後に帰って行った。
もうそろそろ閉店時間だ。
今カウンターに立っているマスターは2人が依頼されて来ていることを知っているので、残った1人の客にマスターに目配せされたスタッフが声を掛ける。
男性は常連なのだろう、スタッフと一言二言交わした後(声しか聞いていないので恐らく)にこやかにチェックを終えて出て行った。


「…1時。何もありませんね」
「いつも大体この位になると…!」


マスターが口を開き普段の様子を伝えようとした時、カウンターの上のグラスが小刻みに震えた。
それを皮切りに食器が浮いては部屋を飛び回り、照明が明るくなったり暗くなったりを繰り返す。
悲鳴をあげながら頭を庇うマスターとスタッフ。
飛び交う食器をおなまえが止めていると、芹沢が腕を上げる。
その先にいたのは生霊だった。


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「助かりました。こちら、謝礼です」
「こちらこそ、ご馳走様でした」
「また何かありましたらお呼びください。では」


無事に仕事が終わって、店先の階段を上り道路に出るとおなまえは大きく伸びをした。


「お疲れ様です芹沢さん」
「お疲れ様です…みょうじさんも」
「飲み代タダになって、ちょっと得しちゃいましたね」


フフ、と笑ってみせるおなまえはスーツ姿の芹沢と違って肩から袖がシースルーのワンピースだ。
普段のかっちりしたジャケットと相反したゆるめなシルエットと、よく見たら髪もセットされていて琥珀色の髪留めが飾られている。
仕事だ、ということと不慣れな場所、という緊張が抜けて、ようやくまともにおなまえの姿を見れた。
惚けている芹沢に気が付くと、「どうしたんですか」と立ったままの彼の手を取って見上げる。


「あ!す、すみ…ません、見てて…」
「…芹沢さんスーツだろうなと思って、ちょっと大人しめにワンピースにしてきたんです」
「そう、なんですか…?」


透けているのに大人しめなのかと顔に出ていたのか、おなまえはまた笑う。


「このまま帰ってもいいですけど、飲み直しますか?」
「………やっ、あの…お、送ります…」
「そうですか?じゃあ…お言葉に甘えて」


一瞬2人でこのまま、と考えてしまった。
でももう終電の時間は過ぎている。
女性に無茶はさせる訳にはいかないし、脳裏に霊幻からの言葉が浮かぶ。


--「家に帰るまでが仕事だからな。仕事中変な気起こすなよ…ま、お前は大丈夫だと思うけどな」


そう言って肩を叩かれたのだ。
霊幻の信頼を裏切るってしまってはいけない。
タクシーを呼ぼうと大通りに向かう道すがら、袖を引かれてそちらを見れば。


「今度は2人で飲みに行きましょうね。お休みの日に」
「えっ……、みょうじさん…もしかして、酔ってますか?」
「どうかな……もし酔ってたら、介抱してくれます?」


克也さん、と呼ばれれば、耳に心臓があるんじゃないかってくらい鼓動がうるさくて。
精一杯の勇気でおなまえさん、と零せば首に腕を回されベリー味の唇に触れた。



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From:みょうじおなまえ 00:32
Sub:Re:Re:Re:Re:進捗報告
相変わらず何も変化ないです。
芹沢さんも何も感じないって。

飲んでないです〜ノンアルしか頼んでません〜
仕事なの忘れてないです〜


From:みょうじおなまえ 01:12
Sub:Re:Re:Re:Re:Re:Re:進捗報告
除霊終わりました!
常連の生霊がポルターガイストの原因でした。
スタッフの女の子と仲良くなりたすぎたみたいです。
結局その人出禁になっちゃって、人を呪わばって感じですね。

とりあえずこれから帰ります〜


「……」


時刻はとうに2時を回った。
「家に着いたらそれで寝るからメールしろよ」と送ったのはもう30分以上も前だ。
芹沢からも返事はない。
もう何時間も前から欠伸が止まらない。
眠気に耐えながらメールを待っていたのが馬鹿らしくなってきて、霊幻は電気を消して布団に潜り込んだ。
明日出勤したら開口一番言ってやろう。挨拶よりも先にだ。
「大人だろ。公私混同するなよ」ってな。



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03.22/ベリーチェリーの誘惑→バーで除霊
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