※過去拍手6月


--早まるんじゃないぞ、芹沢克也…。これは普通。普通なこと……


芹沢は自身にそう言い聞かせるように喝を入れると、なるべく表情にその緊張感を出さないように努めながら後ろ手についた手汗の滲む掌を握りしめた。

そんな芹沢の様子に気づかないまま、ラグの上に胡坐をかいている芹沢の膝の上に座り込んだ彼女は、一昨年から去年にかけて話題作だった映画の地上波放送に視線と意識を注いでいる。
パニックホラーのそれは既に内容を知っている芹沢にとっては新たに驚くポイントも少ないものだったが、初見の彼女にとっては不意にやって来る脅威に作品のキャラクター同様の反応を示してしまうようだった。


「…ぅ、」
「……」
「っ!!」
「……、…」


不穏なBGMが響けば芹沢の服を掴み恐々としながらもテレビを見つめ、予告なしにモンスターに襲われるシーンでは背中の芹沢を振り返ってしがみつき恐怖をやり過ごしている。
悲鳴こそあげはしないが彼女の瞳は既に潤んでいて、いつその大きな眼から零れてもおかしくないように見えた。


「…チャンネル、変えようか?」


彼女の怖がり様に机の上のリモコンへと手を伸ばそうとする。
しかしそうすると首元に縋るようにして彼女が制してきた。


「だ、大丈夫!このままで」
「でも……」
「克也さんは、見たことあるんでしょ…?」
「うん?」
「…なら私も見る…」
「…本当に平気?」


コクリと頷く彼女に、彼女が見たいというのなら、と伸ばしかけていた手を降ろした。
「限界になったら言ってね」となるべく優しく声を掛けるとコクコクと細かく彼女が再び頷く。
意地らしいその姿を愛らしく思う反面、平常心を保たなければとも自身の理性が叱咤してくる。
彼女に招かれた初めての外泊を気まずい思い出にしてしまいたくない。

クライマックスに向かって画面内の混乱が激しくなる一方で、それに伴い強く抱き着いてくる彼女に芹沢も緩みそうになる表情筋を隠すように俯く。
そうするとすぐ側の彼女の髪から乾かしたてのシャンプーの香りがして、「これは余計に悪い判断だったかもしれない」と思った。
直後、無事やり過ごせたと互いの無事を讃え合うキャラクターたちの背後に生き残っていたモンスターが飛び掛って画面が暗転する。


「嫌あぁっ!」


緩んでいた彼女の腕に力が篭もり、ぎゅう、と体が密着した。
芹沢の首筋に顔を埋めるようにして彼女が震えながら「バ…バッドエンドなんだね…」と鼻声で呟く。
抱き着かれた勢いを受け止める為に回した手で、丸くなった彼女の背中を撫でながら芹沢は「大丈夫?」と様子を窺う。
肩口に埋められた彼女の額が一度頷きかけて止まった。


「続編の前日譚だからこれだけ見ると後味悪いの、言っておけば良かったね」
「……ううん…結末、知ってたら余計見られなかっただろうから…」
「そんなに無理して見なくても良かったのに…」
「だって……共通の話題ができるって、思ってぇ…」
「……、ありがとう」


滲んだ涙を拭ったまま顔を伏せている彼女の健気さに顔を綻ばせて、芹沢はぽんぽんと優しく背中を叩いてやる。
芹沢の柔らかい声に落ち着きを取り戻したのか、彼女はまだ赤い目尻ではあったが顔を上げて芹沢を見つめた。
至近距離で交わされる視線に一瞬息を忘れると「ごめんなさい」とか細く彼女が呟く。


「な…なにが?」
「あのね……、退きたい、んだけど…」
「あっ、あぁゴメン」
「ううん!違うの!…違くて…、…」


自分が背に手を回しているのが邪魔になったかと芹沢が彼女から手を退けた。
それでも変わらず彼女は芹沢の胡坐に腰を落としたままでいて、「違う」と首を横に振る。
彼女の言葉の続きをそのまま待っていると、一層彼女の眉が寄せられて言い難そうにゆっくりと唇が開いた。


「腰、抜けちゃった。…みたいで…」
「……腰」
「た、立てなくて…」
「……」
「だっ…だから退きたいんだけど、退けなくて…っ」


「重くてごめんね」と焦りながらも恥ずかしそうに動けない理由を口にする彼女が余計に身を縮こませて芹沢に謝罪する。

全く重くないのに。
こんなに明るい部屋で、ただのテレビに--彼女にとってはそうではなかったらしい--恐怖の余り身動きできなくなってしまって。

怖がる度に縋って来る姿に庇護欲をかき立てられていた芹沢は思わず声に出していた。


「可愛すぎる」
「えっ」
「あ"!つ、つい…」
「…克也さんて…よくわからないです!」
「ごめんごめん」


怖がり泣いて、恥ずかしがった次にはもう怒り出している。
「困ってるのに!」と体を引きずるようにして移動を試みようとする彼女を抱き上げると芹沢はむすくれた彼女と視線を合わせるように体を支えた。

軽々と持ち上げられて驚いた彼女が瞬きを繰り返して、自分が抱き上げられたことに気が付くと今度は耳まで赤くする。
なんとか眠りにつく前までには機嫌を直して貰わないとな、と芹沢は彼女を宥めるべく苦笑を浮かべた。

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