※ほんのーり※ちっく


何だか最近、変な夢を見る。
変なというか、気持ちが悪いというか。

夢の中で、何かが身体中をまさぐってくる。
何かはわからないけれど、やけにじっとりとした質感があるせいで妙に生々しく、気味の悪さに拍車がかかる。
そんな夢を連日見てしまって、すっかり私は寝不足だ。


『いつにも間にしてヒデェ顔だな』
「……最近眠れないんです」


霊幻さんと芹沢さんが出張中、お留守番をしていた私にふよりと現れたエクボさんが声を掛けてきた。
私の技術では目の下にできた濃いクマを隠すことはできなかったらしい。霊幻さんにも今朝同じことを言われた。


『何か悩んでんのか?聞くだけならタダで聞いてやるぞ』
「うーん……なんと言えばいいのか……」


説明しようにも、自分自身"気持ちが悪い"という感覚だけがハッキリしていて、何がとも言いきれない。
ただ寝る度に不思議なものにまとわりつかれているような、そんな気がする。
寝ているはずなのだが、起きるととても怠くて朝から疲労感があって。
目に見えた変化は無いし、本当に気のせいかもしれない。
……なんなら人肌恋しいただの欲求不満をこじらせた幻覚かもしれないし--ここまでは口にはしなかったけれど--。

こんなふんわりとした私の話を、エクボさんは途中で口を挟むこともなく聞いていてくれた。
少なくとも霊幻さんに相談するよりは、心霊であるエクボさん相手の方が幾らか話しやすかった。


『今見てる分には、変なのが憑いてるようには見えねぇが』
「……そう、ですか……。まぁ、気のせいかもですし!」


憑いてるようには見えない。
エクボさんがそう言うのなら、やっぱり私の勘違いなんだろう。
私の気の持ちようでどうにかなることなら制御できるだろうし、今夜は雑念を無くして今度こそ安眠しよう。

ネットで"瞑想の仕方"を検索している私の横で、エクボさんが『変な知識入れんな』と呆れたようにツッコミをいれた。


---


寝る前に瞑想で心を無にしたのに。


「……ぅ、」


結局今夜も変わらなかった。
まだ雑念を捨てきれてなかった?
それとも何かやり方を間違えた?

反省する私の思考とは関係なく、体の上を伝う何かは私の腹や胸を撫でていく。
気のせいか、昨日よりも輪郭がはっきりしている気がする。
目を閉じたままだけど、私に触れているものが掌だというのがわかった。
今までは湿った何かとしかわからなかったのに、どういう変化なんだろう。


「ん…、…っ」


もぞもぞと肌を直接まさぐられる。
掌という形になってもやっぱりそれは湿度があって、不快感が身を占めていく。
その内何かの手は私の胸を揉んだり腹や尻の感触を楽しむように指を沈めてきた。

今までは面で与えられていた刺激が、明確な形がわかるようになったせいで余計に意識してしまう。
「嫌だ」とせめてもの抵抗をしたいのに、私の口は小さく呻くことしかできない。


--やだ……っ、気持ち悪いぃ……


感覚が明瞭になった分一層増した不快感に、閉じた瞼の内側が熱くなる。
こんなの、気のせいなわけがない。
一体どうして。いつまで、こんな。私の何が悪くてこんな目に。
朝までコレを耐えねばならない絶望から何とか気を逸らしたくて、必死に考えを巡らせたその時。


『タチ悪ぃのに好かれやがって』


すぐ側でエクボさんの声がした。
途端に開けられなかった瞼が開いて、零れた涙が頬に伝う。
声がした通り私の枕元にエクボさんが立っていて、呆れたような怒ったようなそんな視線を何処かに向けていた。


「え、エクボさ……」


声が出る。
動かせるようになった腕でエクボさんに手を伸ばすと、抱き起こされてエクボさんが私の頭を自分の肩口に押さえつけた。


『色情霊ってやつか。どんだけコイツの生気を食ったんだ?随分育ってんじゃねえか』


何かに向かってエクボさんが言い放つ。
まだ涙が収まらない私の視界はエクボさんでいっぱいだけど、その様子から私を襲っていた何かがまだ居るんだとわかって体が震えた。

色情霊。生気。
よくわからないけど、良くない霊だっていうのはわかる。

霊のせい、だったんだ。
まだ恐怖で震えてしまうけれど、おそるおそる振り返ろうとしたらエクボさんが『見るな』と言わんばかりに私の頭を掴んだ手に力を込めたから、大人しく縮こまっておく。


『遘√迯イ迚ゥ縺』
『ハッ!悪ぃがコイツは俺様のもんだ』
『蠖シ螂ウ縺九i髮「繧後m!』


エクボさんの声と、何かの音が交互に聞こえる。
エクボさんの言葉に応じてか、家鳴りのような軋む音が激しくなった。
ぎゅう、と私がエクボさんに掴まっている手に力を込めると、バチン!と何かが弾けたような破裂音がしたきり静かになる。

私が鼻をすする音だけしか聞こえなくなって、エクボさんの腕の中でそろりとエクボさんを見上げてみた。
今度は頭を押さえつけられることも無く、寧ろ抱かれていた腕の力が緩んで解放される。
『あ"〜…』と複雑そうな表情で自分の口許を抑えているエクボさんを見ている内に、ようやく気持ちも落ち着いてきた。と、思ったけど。


「エ、クボさん」
『……おう』
「…エクボさぁぁ〜んんん」
『泣くな泣くな!もう済んだっての!』
「怖かったぁぁぁ"!ありがどう"ぅ"ぅ"」


辺りを見回して、私とエクボさんしかいないのがわかって。
私を襲っていたらしい変なのはもういないとわかって。
エクボさんが助けてくれたんだと理解したら、今度は安堵から涙が溢れだしてしまった。

泣いている私を宥めていたエクボさんは、今度こそ本当に私が落ち着いてから『ま〜ったく』と呆れた声で私を見下ろした。


『一体何処であんなん拾ってきやがったんだ。隙だらけなのも大概にしろよ』
「し、知りませんよ!拾った覚えもないし…」
『……随分長いこと憑かれてたんじゃねえか?かなり溜め込んでたぞ』
「え"!?い、いつからいたんだろ……そんなにですか…?」


なんか変な夢だなと感じ始めたのは最近のことだけれど、エクボさんの口振りから察するにここ数日のことでは収まらないらしい。
本当に全く心当たりがなくて、エクボさんは"もう済んだ"と言っていたが改めて鳥肌がたつ。

エクボさんが言っていた色情霊とは、要するにやらしいことで人から生気を奪う悪霊らしい。
霊に性欲はないと言っていたけれど、生前に強い性愛への未練があればそういう霊になることもあるんだそう。
聞けば聞くほど、そんな霊との接点なんて心当たりがなかった。


『まァ、もう心配ねぇだろ。ごちそうさん』
「何が原因で憑かれたのかわかんないと安心できないじゃないですかぁ……え、待って」
『ん?』
「エクボさんその霊食べたんです…よね?」


ということは。
私の生気が巡り巡ってエクボさんに吸収され……た……という??

私が愕然としていると、エクボさんは『やっぱ霊より人のが美味ぇな』と恐ろしいことを口にしながら頷いている。
人のが美味しいんだ。鮮度の問題なのかな……。
エクボさんの表情が満足気でないことだけが救いだろうか。
これで『やっぱり俺様悪霊らしく人を襲うことにするぜ』とか言い出されなくて良かった。


『お前さんよォ』
「ひっ!人食べちゃダメですよエクボさん」
『は?喰わねーよシゲオに消されんだろ』


どうやら人に味を占めた訳では無いらしくて胸を撫で下ろす。


『取引しねぇか?』
「……取引、ですか?」
『そうだ』


どんな取引?そもそも私と取引するようなこととは?と首を傾げていると、エクボさんがニヤリと笑った。


『お前さんのボディーガードを俺様がしてやる。その代わり、ほんのちょびっとだけお前さんの生気を貰う』
「え!?」
『別に断ってもいいぞ。……合意でねぇとシゲオにバレた時がこえーし…』
「ボディー、ガードですか…」


知らない間に悪霊に取り憑かれていた後だ。
エクボさんの提案はとても心強い。
できればお願いしたいところではあるけれど、心配もある…。


「生気って、エクボさんにあげたら私、今迄みたいに疲れちゃいますよね?」
『俺様がそんな加減しらずの素人みたいな真似するかよ』
「あ!加減してくれるんですね!なら大丈夫です、お願いします!」


流石に朝からげんなりとした体力で一日を過ごすことは避けたかったので、そんな心配はないとわかれば大手を振ってお願いしたい。
握手を求めてエクボさんに手を差し出すと、私の手を一瞥してから『交渉成立だな』とエクボさんが応えた。

この時の私はまだ知らない。
毎夜見ていた夢の相手が、今後はエクボさんに様変わりしただけになるということを。


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