※禍つ影軸
「-----」
誰かの声が聞こえた。
目を開けたのに瞼の裏のままのような暗闇が続く中、潜めるようなボリュームで低い声が聞こえる。
何と言っているのか。
何処から聞こえるのか。
意識をたぐらせると、集中するにつれて声は二重に分かれて、余計聞き取りにくくなる。
『--「-----」』
聞き覚えのある声だ。
そう気がつくと遠くの暗闇に小火が浮かんで、そこから声が聞こえることに気がついた。
少しずつ灯りに近づいていくと、その袂で声の主の輪郭が見えてくる。
指を組み、火の灯りに何かを囁き続けているその横顔は伏せられていて、髪と暗闇に隠されてよく見えない。
『--「---くれ」』
「…何…?」
聞き取れた言葉尻は何かを乞うもののようだ。
声の主に何と言っているのか直接尋ねようと声を出すと、炎が揺らいで声が止む。
ゆっくりと灯りに照らされた輪郭が此方を見たのが動きでわかった。
此方を向いたことで顔にかかる影は色濃くなるものの、その頬は仄明るく照らされて、乾いてガサついているのが見て取れる。
私を見て目を見開いたのか、一瞬だけ目の粘膜が光って見えた。
此方の様子を窺っているように見えて、私はもう一度口を開く。
「何を、してほしいの?」
しかし相手は何も発しないまま微動だにしなくなってしまった。
もう少し近付こうと一歩前に進むと、後ろから何かに肩を掴まれた。
耳許でハッキリと。
『…これに触れるな』
アイツの声がした。
ハッとして肩の手の元を辿り見上げてから前方に視線を戻す。
私の後ろにいるアイツは無表情で、私と目を合わせはしなかったけれど、前方の輪郭はじっと私を見続けているのがわかった。
私への忠告を無視して一歩前に進むと、肩に掛かる手の力が強くなる。
『--「---てくれ」』
ようやく前からの声が少しだけ聞き取りやすくなって、その声に切実な感情が篭っているように思えた。
同時に耳鳴りがし始める。
「っ…」
キィンと高音が外界からの音を遮断していく。
これは、アイツがやってるんだと確信を持って後ろを睨むと、険しい顔でアイツも私の向こうを睨んでいた。
『触れるな』
再度言い聞かせられた言葉には怒気が含まれているようで、そんなに言うのならアンタが消してしまえばいいだろうと言い返したくとも、私の意志とは反対に意識が遠ざかっていく。
抵抗を試みた所で瞼は段々重くなり、掴まれた肩から伝わる振動でアイツが何かを振り払ったのが伝わった。
「…?」
闇に溶けいるように狭まる視界をなんとか探ると、私の体のすぐ近くまで、私を注視していたものが来ていたらしい。
それは行き場のない手を宙に上げている。
誰かに似ている、と思った。
『--「教えてくれ」』
耳鳴りの奥で微かに聞こえた嗄れた声に、名残を感じる。
その人は呪いの言葉を吐きながら、誰かに問い続けていた。
私はどう在れば良かったんだ。
何が最良だったんだ。
教えてくれ。
--助けてくれ。
悲しそうだ。
苦しそうだ。
そう思ったが最後、私の意識は遮断された。