「それでは、今回の除霊代3,800円になります」


卵のようにつるりとした肌に生き生きとした表情で、女性客は満足げに料金を支払い立ち去って行った。
霊障にかかっている訳ではなくただの気のせいパターンだったので、おなまえは黙って霊幻に対処を任せていた。

本来なら今日はモブも出勤するはず。
しかし彼から連絡はないままだ。
モブは無断欠勤するような性格ではないし、こんなことは初めてだと霊幻も言っていた。
いつぞやの黒酢中崩壊時に感じた胸騒ぎを抱えながらも、霊幻の応対中に席を外すことも憚られ悶々とした気持ちで携帯を見つめる。


--もうお客様も帰ったし、電話してみよう。


そう電話帳を開いたところで、タイミングよく携帯が鳴った。


「もしもし」
[おなまえさん、大変なんです]
「!」


電話先の声を聞き、おなまえは立ち上がる。


「霊幻さん。急用ができたので、今日はお暇させて下さい」
「急用?わかった、行って来いよ。お疲れさん」


訝し気に唇を突き出しながらも手のひらをヒラヒラと返す霊幻を後目に、おなまえは上着をひっつかみ、大急ぎで事務所を後にした。


---


テルからの連絡を受け、おなまえはテルが一人暮らしをしているアパートへとやってきていた。
まだ目を覚まさないモブを心配そうに見つめるエクボを見つけ、「あれ」と声を出す。


「エクボさん、消えたんじゃなかったんですか?」
『うっ…それは…』
「彼が影山君の居場所を教えてくれたんだ。彼も話を聞きたいだろうし、目が覚めるまで待とう」


テルの言葉に、それもそうだと頷き「後で教えて貰いますね」とエクボに念を押してベッドサイドに腰を下ろす。
モブの体はあちこち傷だらけで、とても痛々しい。

ここまでモブを痛めつけたのは超能力を使う成人男性だったと。
しかもどうやらモブの弟までもが被害に遭い、攫われたのだとか。
幼気な中学生になんてことを…と大人として守り導いてやるのが道理と思っているおなまえは腹の底が煮える思いだった。


「ん…」


幾分かした頃、モブが身じろぎゆっくりと目を開けた。
いち早く気づいたのはおなまえと同じくベッドに腰掛けていたテルだ。


「目が覚めたか、影山君」
「花沢君…ここは…?」
「僕のアパートだ。話はエクボ君から聞いたよ」
「エクボ…に、おなまえさん…」


上体を起こし部屋を見回すモブ。
テルの後ろから気まずそうにエクボが現れ、おなまえはモブの方に体を向け座りなおした。


「エクボ…どういうことだ?何で律と一緒に?…それに律が攫われた…エクボ…お前の所為なのか?」


段々とモブの声に怒気が宿る。
慌ててエクボは体を横に振り否定した。


『誤解だ!俺ぁあんな奴知らねえ!!』
「僕は知っている」


テルにモブたちの視線が集中した。


「数年前から連中に付け狙われている」
『だから中学生なのに一人暮らしなのか』


テルは律を攫った組織について語り始めた。

力の強い超能力者たちが結託した組織・ツメ。
彼らの目的は革命を起こし世界転覆をすること。
その規模は100人以上の超能力者を有し、群を抜いている。
人工的な超能力の開発実験を世界で唯一成功させ、未成熟な子供の超能力者を洗脳し兵として教育しているのだとか。

力の強さでいえば先天的超能力者の方が勝るものの、束になられると油断はできない。
なにせナチュラルは本当に一握りしかいないのだ。
しかし、モブの意思は固かった。


「どんな組織かだなんて…知らないよ…弟が攫われたんだ、助けに行く…!」


フラつきながらも、迷いない足取りで部屋を出ようとするモブにおなまえも立ち上がった。


「私も行く」
「待てよ、死にたいのか?」
「「いや、全然」」
「二人とも…だったら落ち着けよ」


努めて冷静に声を掛けるテルに対し、モブは肩口に答える。


「勝てると思うから」


そのモブの様子を見て、テルは目を丸くした。
弟のこととなるとこんなに感情を露わにするのだという驚きと、
あまりにも頑ななその意志に折れたのはテルの方だった。


「わかったよ。でも、どうして君の弟なんだろうな?」
「さっぱりわからない…」
「何か律君の様子で変わったこととかなかったの?」
「最近…は、明るくなったな、とは思ってたけど…」
『あ"!そういえば!』


エクボは思い当たる節があったようで声を上げる。


『お前らと同類が集まる研究所があるんだ。律も最近そこに通ってた!』
「律が…!」
「そこから情報が洩れたな。確かめてみるか?」
「…嫌な予感しかしないけどね」


エクボに案内された怪しげな研究施設では、何人もの人が気絶させられていた。
全員息はあり、死んでいる人はいない様子。
白衣姿の人が多い中、一番派手なシャツの男を選んで、水を掛け無理やり起こす。
起こされた男は必死に状況を把握しようとしている。


「悪いけどこっちの質問が先。あなた影山律の情報をツメに売ったの?」
「ツメ?なんだそれは…影山律?知らないぞ!私が声を掛けたのは影山茂雄君だ!」
「それは僕だ」
「君が!?」
「人違いで律君を超能力者に覚醒させちゃったのね…」


派手な身なりの男から聞き出せそうな情報は粗方聞きつくし、どうやらこの研究所とツメ自体に接点はなさそうだった。
律以外にもこの研究所に通っていた超能力者の子たちが攫われていることから、彼も被害者である。
攫われた子たちの能力を教えてもらい戦力分析をテルがしている。
テルはテルで、付きまとってくるツメを返り討ちにできるチャンスと見て協力してくれるようだ。


『手掛かりは皆無…さて、どうするかな…』
「律君を攫った男から、モブ君の情報が伝わったら…」
「次の刺客がやってくるだろうね」


おなまえとテルの言葉を聞いて、派手な男は慌てふためいた。


「不味いじゃないか!早く此処を…!」


男が言い切るのが早いか否か、乱暴に部屋のドアが開かれた。


「思ったより早い」
「影ェ山ァクゥン〜、悪い子はどぉ〜れだぁ〜?」


そう染めているのだろうか、縞になっている毛髪が特徴的な中年男性がこちらを凶悪に見やる。


「あの人に色々聞こうか」
「うん」
「私に任せて」


おなまえの髪がふわりと靡いた。
ギラリとおなまえの眼光が鋭く光ると、ツメの男の両脇に立っていた男たちが意識を失い倒れる。
一対多数になり焦燥感が男を襲う。
しかし、気が付けば瞬きすることもできなくなっていた。
唯一動く視線だけを必死に左右に動かし、男との距離を詰めるおなまえを注視する。


--声…も、出せねえ…!


息ひとつ吸うことも吐くこともできない。
極度の緊張状態のように、怖気だけが身を走る。


「あなた、名前は?」


おなまえが男に問うた瞬間、ようやく息をすることが許された。


---


この男の名前は寺蛇。
ツメの中でキズと呼ばれる幹部の一人。
アジトの居場所や構成員とその能力、他の情報を引き出した所で、おなまえは洗脳状態の寺蛇に道案内をさせることにした。
車で移動するより空を飛んだ方が早いので、モブに車の操作を任せる。


「いいのかなぁ、こんなこと…」
「そりゃあ普通はしちゃダメだよ。でもこの人たち、危害を加えようとしてきたんだから。返り討ちにされても文句言えないよ」
「いいんだよ、外道には優しくしなくても」


アジトの裏口を守っていた守衛二人をおなまえの念波で気絶させると、エクボが早速その内の一人に取りついた。
余りにもスムーズに憑依しているエクボの様子を見て、テルは「手慣れてるなあ」と苦笑する。


「よし、突入だ…!」


ツメアジトに侵入し、通路の監視カメラを破壊しながら先へ進む。
道中鉢合った構成員から攫った子供たちが地下に閉じ込められていると聞き、分かれ道で三手に分かれることにした。


「おなまえさん」
「なに?モブ君」
「エクボと一緒に行って貰える?エクボほら…危ないから」
「わかった」
「おーいおい信用ねぇなぁ?」


そう言いながらも、エクボはケラケラと笑いながら嫌そうでない。
「こんな所で悪いけどデートと洒落こもうや」と腰に回される手をおなまえは抓る。


「しっかりして」
「イテテテ。んだよちょっとしたジョークじゃねーか仲良くやろうぜ」
「それより、エクボさんは守衛さんだから、このアジトにいても怪しまれないですよね?」


おなまえの言葉にエクボは「たぶんな」と肯定してみる。
「それじゃあ」とおなまえは力を自分の周りに纏う。
すると徐々におなまえの姿が透けて行きあっという間に完全に見えなくなった。


「お?透化能力か?」
「光学迷彩みたいなやつですね。これなら不自然じゃないでしょ?エクボさんの服、端っこ掴んでるんで。」
「腕組んでくれたっていいぞ〜どっちにいるかわかんなくなると困るからよ」


そう言われておなまえは素直にエクボの腕に自らの右腕を絡めた。
「行きましょう」と声が聞こえ目には見えないが腕が引かれる感覚がある。


--ちょっと不思議なもんだなコレ。…ま、悪かねぇけどよ。


---


「おやぁ?おやおやおやぁ?」


エクボとおなまえがしばらく道沿いに歩いていると、行く先に重厚な扉が現れた。
赤くバツ印が記されているその扉。いかにも怪しい。
エクボはわざとらしく人差し指と親指を目の前に掲げ、そこから扉を見つめる。


「こいつはなんか見つけちまったみてーだな。特別っぽい扉」
「律君たちの監禁場所でしょうかね?」


二人でアタリをつけていると、ちょうど扉が開き中から何人かの構成員が出てきた。


「侵入者…かと思ったら守衛係じゃないか」
「何をウロついてるんだ?」
「ああちょっとな、迷っちまったんだ。俺ぁ方向音痴でな」


なるべく自然に見えるようにエクボは扉に近づいていく。
その隣にいるおなまえも、エクボの歩幅に合わせて移動する。


「ちゃんと仕事しなよ」
「あぁ、悪い悪い」


軽口を合わせながら構成員たちの横を通り過ぎる。
その内の一人が怪しげにエクボの様子をじぃっと見つめた。


「実は俺、この部屋まだ入ったことねーんだよなぁ。この機にちょ〜っと覗いてみようかな〜」
「止まれ」


若干白々しいなとおなまえが思ったのと、制止の声が掛けられたのは同時だった。
エクボは居住まいを正す。
おなまえは力を使う態勢に入った。


「お前、偽物だな」
「…部屋を見せろってんだよ…三下ァ」
「こいつが侵入者だ!全員力を解放しろ!!」


構成員たちが力を合わせて念動力をぶつけてくる。
エクボがそれを防いでいる間に、おなまえが構成員たちに力をぶつけ反撃した。
強い衝撃に構成員たちは身動きできず弱々しく呻く。


「で?この部屋には…何があるのかなぁ〜?」


足を踏み入れたその部屋は暗く、あるのは不気味な装置の数々。
一通り見回してからエクボが「オイ、説明ェ!」と怒鳴ると、構成員の一人がボロボロの体のまま話し始める。
ここは覚醒実験の間で、苦痛を強いられることが覚醒する糸口のひとつであるという研究を基に、拷問じみた器具を使って人工的に能力を覚醒させようという部屋らしい。


「ふーん、いい線行ってるじゃねーか」


並べられた装置のうちひとつをよじ登って覗き込んでいたエクボは「でも、ま。結局」と言いながら地面に降りてきた。


「そんなつらい思いしても、数人がかりで金縛りしかできないんじゃよ…やっぱりギフトの世界だったって訳だ」
「エクボ…」
「お前らは筋トレに励んだ方が効率いいんだよ」
「エクボ…!」
「あら?」


おなまえがエクボに寄り小声で呼ぶ。
その時にはもう遅く、説明係だった構成員が伸ばされた後だった。


「こんな所に霊が迷い込むなんて珍しいじゃない…私の物にならない?」


口ぶりは優し気だがその声は野太く暗い。
笑みを浮かべたその頬から額に掛けて縦に走った傷跡が廊下から差し込む照明に照らされる。


「大切に飼ってあげるわよ…ウフ…」
「キズ…」


おなまえはまだ透化を解いていない。
しかしエクボが逃げられるように援護をするつもりでエクボの前に立った。


「アハ、ハハハ、ハハハ、俺様を飼うって?」


--なんか、ヤベェのきた…!


余裕そうに振舞ってこそいるがエクボも目の前の幹部から漂う異様な気を感じ冷や汗を流している。
おなまえがエクボの前に立ちエクボを庇っているのが空気の動きで伝わり、頭を回してこの場から脱出する算段を考える。


「さあ、クッキー!ガムちゃん!あいつを捕まえてちょうだい!」


悪霊使いの男は腰筒から自分の飼っている悪霊を放ち、命令通りエクボを追い詰める。
エクボは憑依した守衛の肉体を強化している。
追い回してくる悪霊にも十分脚力や瞬発力で反応しきれている上、ちょっとやそっとでは負傷もしないが、連携を取って追い詰められるとやはり分が悪い。
悪霊使いに気づかれないようにエクボの逃げ道をおなまえが確保しているが、少しでも強い力を見せればすぐに気取られてしまうだろう。

と、思ったその瞬間、エクボが小さくおなまえを呼んだ。


「何?」


悪霊使いを警戒しながらも、おなまえはエクボに近寄る。


「この部屋の装置を壊したら、俺様の右手に触れ」


言われた通りに念動力で適当な装置を破壊する。
突然の出来事に悪霊使いは音のした方を振り向いた。
すると透化したままのおなまえの手がエクボに触れたのに合わせて、エクボは思いっきりおなまえを廊下に向かって投げた。


「エクボ!?」
「誰!?」


突然聞こえたおなまえの声で一瞬悪霊使いの反応が遅れる。
エクボは自ら逃げ道を封じるように部屋の扉を閉めた。
何とか閉まり切る寸前にエクボに霊力を投げつけると、おなまえは姿勢を直して来た道を戻る。


--エクボは、大丈夫。ここは行き止まりだった。戻ってモブ君か輝気君と合流しないと…!


---


「危ねー危ねー。武藤の幻覚を自分の脳で増幅させて逆流させやがった…計算か、無意識の本能か…ヘッ」


透化したまま移動していたおなまえの耳に、誰かの声が届いた。
内容から察するに誰かが戦闘していたのだろう。

2人のどちらかかと思いおなまえは声の方向に気配と足音を殺しながら向かう。
案の定そこには律を抱えたモブと、大柄な男、そしてモブたちと同じ年頃くらいの少年がいた。
少年は男をそのままに律とモブを担ぎ上げると何処かへと向かって歩き出す。
おなまえがその後をつけていくと、とある部屋に入っていった。


--中にいるのは…幹部の人たちか…。


おなまえは扉が閉まる間際に覗けた中に輝気と数人の――恐らく幹部と思われる人たちを確認していた。
どうしたものかと様子をうかがっているおなまえの前を、先ほど対峙していた悪霊使いが通り過ぎる。
悪霊使いは愛おしそうに様々なステッカーが張られた壺を撫でている。
その壺からは混沌とした気が感じられた。


「将来有望な悪霊だったわぁ…食べられちゃっても生き残っても、きっと良い使い魔になる…ウフフ」


頬ずりせんばかりに悪霊使いの熱い視線が壺に注がれている。


--呪術の類か…でもこの中に皆がいるのは好都合。


おなまえは幹部たちが部屋から出るのを待って、見張りだけになった所で外から扉を開けた。


「皆!大丈夫?」
「! おなまえさん。無事だったんですね!」
「エクボさんが逃がしてくれたから…、この部屋力が使えないのね…。今のうちに脱出しましょう」


部屋の入口で扉を開け続けているおなまえの背後から、慣れ親しんだ声がした。


「よおおなまえ、モブ。お前たちこんなところで何やってんだよ?」
「え?」


振り返るとそこには何故か大勢の構成員を従わせた霊幻の姿があった。
霊幻のことを知らないテルはすっかりツメのボスとモブの師匠を結び付けてしまっている。
閉じ込められているモブたちをすんなりと連れ出して「とりあえず帰るぞー」と踵を返す。
その姿に慌てる構成員たち。


「ボス!どちらに!?」
「だから帰るんだって」
「せめて遺志黒支部長が来るまで…!」


なんとか引き留めようとする声を無視していた霊幻だが、前方に立ちはだかる人影に足を止めた。
黒いコートとガスマスクに身を包んだ小柄な人物を筆頭に、悪霊使い、刀を持ったスーツの男性、額に紋のあるマントの男性と見るからに怪しい出で立ちだ。


「君、誰?」


意外にも高く通る可愛らしい声が響く。


「ボスじゃないわね…」


悪霊使いは未だ壺を大事そうに抱えている。


「先に名乗れよ、犯罪集団が」
「超能力結社ツメ・第七支部長の遺志黒。で、君は?」
「今世紀最大の霊能力者、霊幻新隆様だ。よくチェックしとけ」
「えええ!?我々のボスなんじゃあ!?」


どよめく構成員たち。
中心の霊幻は全く動じず素知らぬ顔で立っている。
流石詐欺師。


「小鳥といえど、私を差し置いてボスだなんて…極刑…!!」


遺志黒が膨大で禍々しいオーラを発する。
モブたちはその余りにも凶悪な力に息を呑んだが、能力のない霊幻は「何言ってんだこのチビ」と更に遺志黒を煽る。
強いサイコウェーブがぶつけられる寸前にテルとモブがバリアでそれを防いだ。
ぶつけられた力の強さはバリア越しにも衝撃が感じられる程で、流石の霊幻も驚いた。


「え何コレ」
「霊専門の師匠は下がっていてください」
「…なるほど。優秀な手駒を揃えている。数によってはツメに対抗しうる…」


小手調べであの威力。
モブたちの後ろに固まっている構成員たちから「その角度だと、俺たちまで死んでしまいます!」と声が上がるが、遺志黒は「知らないよ」と意に介していない。


「君たちのボスはその男なんでしょ?」
「そ、そんな…!」


絶望する構成員たちに、霊幻は「お前ら部屋に隠れてろ」と指示を出す。
「ここは俺の弟子たちに任せて行け!」と構成員たちを逃がした。


--その弟子たちってもしかして私もカウントされてる…?


「つか俺も行くけど〜」と呟き走り出そうとする霊幻の手をおなまえは掴んで引き寄せた。
直後天井が崩れ霊幻のいた場所に瓦礫が雪崩れ込む。


「君たちは逃がさないよ」


--うおおおおお何だこの状況はあああ!!


内心冷や汗ダラダラの霊幻だが、おなまえは掴んだ霊幻の手を握り締める。


「守りますから。今度こそ、皆」
「おなまえ…」


おなまえの脳裏に黒酢中でモブを暴走させてしまった時、テルの家でボロボロになったモブの姿、そして夢で見た死にかけている霊幻の姿が巡る。


--これ以上傷つけたくない…守りたい…!


遺志黒の強さを前に、対抗しうるのはモブしかいないというテルの言葉。
モブは迷う素振りを見せたが、遺志黒に近づいていく。
その肩を後ろから掴み、おなまえは止めさせた。


「いい、モブ君私が行く」


モブの前に身を出し、おなまえは遺志黒と向き合った。


「うん…強いね。でも…」
「!」
「残念ながら君は私に近づくこともできず、ぺしゃり」


直後急激に体が重くなり、圧迫感がおなまえを襲った。
咄嗟に地面に手をつくがその地面もひしゃげてしまう。


--重力を操るのか…!


押しつぶされそうな感覚の中から首を上げ遺志黒を見る。
この重力下で身動きができることに遺志黒は「なかなかやるね、重力上げてみようか?」と手を翳す。
そこに、霊幻の対超能力者ドロップキックが炸裂したことでおなまえの体が解放された。


「霊幻さん…」
「オイ」


おなまえが立ち上がると、霊幻の冷たい声が降ってきた。


「こんな奴らと超能力で争うつもりか?モブたちまで巻き込んで」
「……」
「師匠、おなまえさんは…!」
「危なくて人に向けるもんじゃねえって話、したよな。ルール、破るのか」


モブはハッとした。
律を助け出すことに頭が占められて、ツメ潜入から段々と力で対抗することに抵抗が薄れてきていたのだ。


「モブ君に人は傷つけさせません」
「お前なら良いってことじゃないっていうのがわからないのか」
「僕を助ける為に仕方なかったんだ!」


律が攫われたことは霊幻には伝えていない。
自分の家族のことに、しかも力がない人を巻き込んではいけないと思ったからだ。
おなまえもそう思って敢えて報告しなかった。
霊幻も二人の性格はよく理解している。
だからこそ、目を覚ませてやらねばと思った。
この、目の前の超能力結社とかいうやつらにも。


「お前らみたいな大人がなぁ、こんな不器用で気持ちが凹みやすいガキをいじめるってのは見てて気分が良くねーなぁ…」


霊幻の静かな怒りが含まれた声。


「弟子に余計なストレス溜めさせるんじゃねーよ!」
「…ならば貴様が戦うというのか?」


そう言ってマントの男が前に出る。
ピシリと指差し霊幻は言い放った。


「お前らな、教えていいか?人を傷つけてはいけないんだぞ」


--飛び蹴りはいいのか…?


「だが。お前らが聞く耳を持たないというのなら勝負してやる。ただし、一時保護者の義務として、こいつらに喧嘩はさせない」
「れ、霊幻さん」
「俺が相手してやる、なるべく平和的にな。まずは小手調べだ…」


おなまえは霊幻の考えを読み取って青い顔で霊幻を見つめる。


「見せてやるよ、俺の催眠術」


ポケットから紐のついた五円玉を取り出し、それを顔の高さまで掲げてみせる。


「この五円玉を見るがいい…」
「フン、くだらん…」


--おかしい…ヤツから何も感じない…


「お前はこれを見ている内に……催眠術パンチ!!!」


皆の視線が五円玉に集中する中、霊幻の左腕がマントの男の右頬を強く殴った。
不意打ちに全くの無抵抗だった男はモロにその拳を受ける。
直後その隣の帯刀していた男が刀を抜いた。
おなまえは咄嗟に霊幻を瞬間移動させ剣戟を避ける。
悪霊使いは使い魔を侍らせ、霊幻に殴られたマントの男も遺志黒も立ち上がってしまい、全面戦争の様相だ。


--一発殴って動揺している間に説得しようと思ってたのに、怒らせただけだった…!


「霊幻さん、この組織は中学生相手に全力だったり本気で世界征服とか考えてたりしてる奴らですよ…!説得は無理です!」
「逃げるぞ」


霊幻の言葉におなまえはモブたちを連れ瞬間移動しようとする。
しかしそれよりも早く遺志黒の黒玉が強い重力で霊幻を引き寄せた。
それをモブが空中で引き留める。


「いっで!」


遺志黒の力とモブの力で引っ張りあっている状態。
なんとか止まってはくれたものの、霊幻は気が気でなかった。


「ブラックホールに吸い込まれるのはゴメンだがぁ!加減ミスって体引き裂くなよおぉ!」


壁面までもが黒玉に続々と吸い込まれていき、通路は愚か建物全体が半壊していく。


「ちょっとやりすぎたかな」


遺志黒がそう言って黒玉を消すと、衝撃が施設を走った。
天井には穴が開き、夜空から月明かりが降り注ぐ。
無惨な光景に、解放された霊幻は「オイオイ…」と状況を把握するのに困難な様子。


「! 来る」


敵は息つく間もくれないようだ。
マントの分身が襲い掛かりそれをモブは散らしていく。
しかし素早い。
律が分身に殴り飛ばされてしまった。


「弟君!」


分身を弾き消すのが遅れた、とテルが律の方向を見るのが早いか、背後で柱が鋭い音と共に崩れる。


--これは…剣閃…!


身を返してバリアを張ると、剣圧がテルを襲った。
吹き飛ばされながらもむき出しになった鉄筋で、テルはそれに応戦する。
分身の攻撃をバリアでなんとか凌ぐ律。
おなまえは黒玉がモブたちの元に向かう前に正反対の力をぶつけて次々に無力化していく。
霊幻たちの前には悪霊使いの最高傑作だという巨大な使い魔が。
皆散り散りで、目の前の攻撃を防ぐのに手いっぱいだ。


「影山君!全力を出してくれ!こんな奴らぶっ飛ばしちゃってくれよ!!」
「やめろ!反撃はするな!ここは大人の俺が何とかするから、モブはアイツらと同じ土俵に立つ必要ねーぞ!」
「もう兄さんしかどうにもできない!!」


攻撃しろ、攻撃するな、モブの耳に真逆の言葉が次々入り込む。
律の悲痛な声がする。
霊幻の焦りを帯びた強い声も。


--ああ…律、怪我をしてる…


このままでは消耗戦だ。
猛攻の中逃げることは厳しい。
しかし殺意のある相手に本気で対抗してしまったらこちらが加害者になってしまう。
この子たちは子供だ。未来があるのだ。


----皆を死なせる訳にはいかない…!


おなまえとモブの考えがシンクロする。
本気を出さなくては。


--守る為なら、相手がどうなったって…


モブに殺意が沸く瞬間、霊幻が強くモブの両頬を掴んだ。


「やめとけモブ…!お前が苦しくなるだけだ!!」


強く、真摯な霊幻とモブの目が合う。


「嫌な時はな…逃げたっていいんだよ!!」


その時霊幻の背後に閃刃が走った。
モブの目の前で霊幻が倒れこむ。
おなまえは目を瞠る。

霊幻が膝を着き、地面に伏せていくのがスローモーションのように感じた。
直後、夢で見た霊幻の死相と現実がダブる。


「霊幻、さん…?」


おなまえの眼光が鋭く光った。
マスク越しにおなまえと目が合った直後、遺志黒の視界がグラリゆがむ。


「なんだこれは…?」


自分の感覚がとてもゆっくりになる。
おなまえは遺志黒に背を向け霊幻の元へと向かっている。
瞬間移動の状態が見えているのか?
耳に届く音はすべてくぐもって聞こえる。


--感覚を操作されているのか?それとも幻覚か?


おなまえは倒れている霊幻の背中を見る。
服こそ破れてはいるが、怪我はしていない。
ホッと胸を撫でおろすと、霊幻に切りかかった本人をギロリと睨んだ。


「許さないからね…」
「!?」


自分でも今まで出したことのないような冷たい声だった。
その声を聞いた瞬間、男は振り上げようとした腕の動きがひどく鈍くなっているのに気が付く。
身体を動かすことに、肉体が抵抗している。
自分の体のはずなのに思い通りに動かない。


「これ以上危害を加えないで」


それはおなまえの洗脳だった。
精神はそのままに、肉体にだけ強く作用するよう相手の神経に干渉している。
この隙にモブたちに逃げて貰おうと手で合図しかけた所で、倒れた霊幻を見下ろしたままモブが口を開いた。


「逃げてもいいって…師匠は言った…」
「モブ君…?」
「だから…」


--師匠に任せる


モブの意思がおなまえに届くと、倒れていた霊幻が起き上がった。


「はー、ビックリさせんなよ。マジで切られたと思ったじゃねーか」


--バ、バカな…!


制止させられたままの男にビシッと指を差し、霊幻はマジックのタネを見破ったかのように得意げに続ける。


「その刀、やっぱり偽物だったんだな〜」
「霊幻さん…、え!?」


そう言いながら前に立つおなまえの肩を掴み、後ろに引かせる。
その時強制的に力のスイッチを霊幻に切られ、驚いて霊幻を見るが彼は何事もない様子だ。
おなまえの干渉が解けたことで、男は刀を持ち直す。


「ならば次は首を落としてやろう!!」


男が青筋立てて振り上げる。
しかしその刀はバシンと霊幻に強打しただけだ。
「痛ッ!」と間抜けな声を上げて、霊幻は刀を掴む。


「え」
「あのなぁ、チャンバラ遊びに付き合えるほど社会人は…暇じゃねーんだよッ!」


抵抗する男に力押しで刀の位置を下げさせると、そのまま膝で刀を勢いよく折る。
呪いを込め続けたご自慢の刀がボッキリ折られて、男は茫然と立ち尽くした。
そこに悪霊使いの怒号が飛ぶ。


「桜威!そこ退いて!!キャンディーちゃん!!」


巨大な使い魔が駆け寄りながら拳を振り下ろす。


「ワァッ、悪霊か!オイおなまえ、モブなんとか…」
「は、はい!」


手を掲げて使い魔に向けるより早く、使い魔の拳が霊幻の頭を打った。
しかし、見た目とは裏腹に霊幻は大したダメージがないようで拍子抜けしている。


「あれ、やけに軽いな…ぬいぐるみ?」
「え」
「ゆるキャラかテメーは!!」


やられた仕返しに霊幻が拳をキャンディーちゃんに打ち込むと、
キャンディーちゃんの背からキラキラと光が発した後飛散し消えてしまった。
おなまえは掲げていた手をそっと下ろした。
続けざまにマントの分身が霊幻を囲むが、それらは霊幻の腕払いひとつで砂のように消える。


「最新の立体映像ってやつか?何がしたい?」


ツメの幹部たちはすっかり霊幻の力に打ちのめされていた。
遺志黒だけが「世界征服の邪魔立てをされては困る」と戦意を保っている。


「あ?さてはお前も何か手品使ってたなぁ?ペテン師集団め。出してみろよ、さっきの黒い玉」


霊幻の挑発に遺志黒は先ほどよりも多くの黒玉を発生させる。


「なんて数だ…!」
「大丈夫なのか?!」
「大人に任しとけ」


慄く律とテルに、霊幻はなんてことのないように言い聞かせる。


--なんか…体の調子が良いなぁ
--それは…モブ君の力が霊幻さんに丸っと移ってるから…
--やっぱり師匠はすごいなあ…
--……いっか。霊幻さん楽しそうだし。


向かってくる黒玉を「シャボン玉か?」と言いながらどんどん弾いていく霊幻。


「カッコいい…」


ついおなまえはポロッと零した。
一方で遺志黒はさっきまで逃げ回ろうとしていた霊幻の変化に腹を括る。


「私も体を張るしかないね…っ!500キロ…タックル!!」


自らの体に強い圧力をかけたまま、霊幻にぶつかる。
衝撃で打ちあがった霊幻を遺志黒は追いかけ、更に重みを増したパンチを叩きこんだ。
その勢いは施設を貫通して、二人は空へと飛んでいく。


「2トンギロチン!!!」


空中でも遺志黒は攻撃の手を休めない。
されるがままの霊幻の体が施設へ急降下し打ち付けられた。


「おーい、まだ意識はあるかな?」


粉塵が舞い上がり、視界が悪い。
霊幻の返事はない。


「君がどんなにどんなに強い超能力者でも、優れた超能力者とは言えないね。…何故なら支配欲がないから」


煙が晴れ、倒れた霊幻に馬乗りになっている遺志黒の姿が露わになる。
ギリギリと霊幻の首を絞めながら遺志黒は続けた。


「そんなに強いのに無名なのは、力を隠して生きてるからでしょ?」


「私は違う」と遺志黒は熱弁する。
世界中をこの手に入れようと常に上を見ていると語らう遺志黒を、
興味なさそうな霊幻の声が妨げた。


「退け。上乗ったまま喋んじゃねーよ」
「!なんて密度のエネルギーバリア…!」
「それとだな」


あれだけの攻撃を受けながら、霊幻はケロリとしている。
それに驚いて力が緩んだ隙に、遺志黒のガスマスクを霊幻が強く掴んだ。


「人と話すときは、ガスマスクを外しなさい!」


霊幻がマスクを脱がせようと振ると、
遺志黒の体がマスクからすっぽ抜けた勢いで壁を突き抜けていってしまった。


「なんだこの力…もしかしてアイツか…?」


霊幻は平常通りに腕を振っているだけなのだが、飛びぬけた力が出ている。
それはやはり、モブがなにかしら作用しているのだろう。


「それしか考えらんねーな」


気配に霊幻が振り向くと、桜威が幾度も切りかかってきた。
それをバリアで弾きながら「いい年していつまでも遊んでんじゃねーよ」と呆れる。
「まともな社会しか見ていない人間に、世界を呪わなければ生きていけなかった者の気持ちはわからない!」と尚も掴みかかり相対しようとする桜威に、
霊幻は悟った表情で同意をしながら振り撒かれる香水を没収した。


「折角の超能力をつまらないことばっかりに使ってるなあ」
「なんだと!」


マントの男が殴り掛かるが、それもバリアで防ぐ。


「お前ら勘違いするな。どんなに特別な力があったって、人は人だぞ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ」


特殊能力に依存しすぎて視野が狭くなっていると指摘する霊幻に、幹部三人は何も言い返せない。
大きくなりたきゃ現実に生きろと言われ、誰もが庶民だと説く。
自分たちこそ崇高と信じて疑わなかった幹部たちの心は打ち砕かれ、すっかり戦意喪失している。
「すごい師匠だな…!」と感動で震えているテルに、モブは誇らしげに頷いた。


「違う!断じて違う!!」


霊幻の言葉に強く否定の言葉を上げたのは、素顔の遺志黒だった。
マスク時は可憐な声に聞こえたが、そこにいるのは傷だらけの顔に皺だらけの老人。


--女の子じゃなかったんだ…


ちょっとだけガッカリしているおなまえとマントの男。
遺志黒は「この世界は生きにくくてたまらない」と嘆く。
力を持って生まれた私たちはこんなに優れているのにどうして認めてもらえないのだと。
しかし、人間の魅力というものは超能力のあるなし関係ない。


「いや、超能力持っててもモテないですよ」
「それが全てだ。アンタもモテない。諦めろ」


バッサリと師弟が遺志黒の意見を否定すると、遺志黒はついにキレてしまった。
超重力が遺志黒を中心に発生し、ジリジリと吸い寄せられていく。
このまま消失させてしまおうという魂胆らしい。
霊幻に移されたモブの力はもうほとんどない。
しかしモブ自身にも余力はないに等しかった。


「消えちゃえ!消えちゃえ!!」


金切り声を繰り返しながら自分の世界に浸っている遺志黒におなまえの鉄拳が飛び込んだ。
直後重力が戻り、モブたちは息をつく。


「老人殴るのは気が引けるけど、さっ!」


殴られ飛ばされた先で態勢を立て直し、遺志黒はまだ攻撃しようとしてくる。
おなまえは視界に捉えた黒玉を、紙風船を裏返すように力を逆流させ端から消していく。
そして遺志黒の背後に瞬間移動すると、思い切り踵落としを食らわせた。


--これでしばらくは大丈…


「甘いなあ、姉ちゃん」


意識を失っている遺志黒から一歩引くと、倒れた遺志黒を更に押し潰すように少年が降ってきた。


「アンタはもう必要ない」
「!?」
「それと…お前」


遺志黒が倒れていた場所には深く穿たれた穴。
おなまえは一瞬で目の前の少年の力の強さを知り息を呑む。
振り返った少年はモブを指差し眉間に皺を寄せる。


「ガッカリだぜ…腑抜けかよ」
「…?」


モブが何も言わずにいると、もともと返事を期待していなかったのか少年は「第七支部は解体する」と声を張った。


「なんだお前…」
「視察して使えそうなのがいたら本部に引き抜きって話だったけど…残念ながら良いのは居なかった。内部には…な」


ジロリと律に視線をやった後、少年はニカッと笑い「じゃ、またな〜」と消えていった。
幹部二人が消えた後を困惑した表情で見つめていると、悪霊使いが笑い出す。


「ンッフフフ…悪霊の気配がひとつに…たった今蠱毒が完成したわ…!」


嬉しそうに笑みを深める悪霊使いをマントの男は止める。


「魔津尾、もう無理だろ…」
「出でよ!究極悪霊・マシュマロちゃん!!」


しかし恍惚とした表情で魔津尾は壺を解放した。
光と共に灰色の煙が巻き上がり、強い霊力が放たれる。
どんな悪霊が出るのかと期待を込めた眼差しの魔津尾の背後に赤い頬が浮かび上がると、強く当身をし魔津尾を気絶させた。


「なんだ?アレ」
「エクボ!」
『ようやく出られたぜ』


シューと音を立ててエクボから煙が上がっている。
少々苦しそうにエクボはゲップをすると、意気揚々とモブの周りを飛び回った。


『よっしゃあ!少しは力を取り戻した俺様が手伝えば百人力だぜぇ!』
「もう終わったよ」
『はぇ?俺様抜きでクライマックスだったのか?』


自分の知らないところで事態が解決していて、エクボは不服そうだ。


「生き延びてたんですね、エクボさん」
『お前さんが霊力を分けてくれたろ?そのおかげで他の悪霊共皆食い尽くせたって訳よ』
「悪霊かあ?これぇ」


霊幻が不思議そうにエクボに手を伸ばす。
エクボは驚いて飛びのいた。


『おー!?何でお前に可視化モードじゃない俺様が見えるんだ?』
「霊幻さんにも見えるようになったんですね」


ようやく全員揃ったことで、安堵から笑みが零れた。


「…帰ろう」
「だな」


---


午後の霊とか相談所事務所。
モブがそろそろ出勤してくるはずのそこにやってきたのはエクボだった。


「アレ、エクボさん。今日はモブ君は?」
『貧血起こして除霊手伝えないってさ』
「そう…お大事にってメールしとこう。じゃあ今日は私がやりますね、霊幻さん」
『というかお前、もうシゲオ必要ないんじゃないのか?目覚めたんだろ?超能力に』


足を組みながら新聞を読む霊幻にエクボは言う。


「バカ言え、ありゃ全部モブの力だ。アレを切っ掛けにお前が見えるようになっただけで前と何も変わらん」
『またただの詐欺師に』
「人聞きの悪い霊だなあ…」
『それにおなまえもよ、もう霊幻が死ぬ夢は見ないんだろ?まだここでタダ働きすんのか』
「そうだねえ、今日みたいな日もあるし…皆といるの楽しいからね」


まだ賃貸の契約期間も残っているし、まだ当分いるんじゃないかな、と言いながら貴重品をショルダーバックに移しているおなまえをエクボは白けた視線で見る。


『とか言ってレーゲンの側にいたいだけじゃねーのか?』
「アーコノ事務所、悪霊ガイマスネー除霊シマショウネー」


おなまえは軽く指を向けてエクボの手を消して見せる。


『待った待った!手をもぐんじゃねえ悪かったから!返せって』
「ふざけてねーで行くぞー」
「エクボさんもおいで」
『なんでだよ』
「え、行かないの?」


心底嫌そうな顔をするエクボ。
エクボも連れて行きますよね?と霊幻に確認を取る。
霊幻は事務所入口の鏡でネクタイを直し、ドアを開けて待っていた。


「おなまえだけでいいんじゃね。貧血お大事にってエクボに伝言して貰えば?」
「ああ、そうですね。じゃあエクボさん、モブ君に宜しくね」
『おー』


電気を消し、扉に出張中の立て札を出してガチャリと鍵が掛けられる。
暗くなった事務所で遠のく足音を聞きながらエクボは窓を通り抜けモブの元へと帰る。


『まったくどいつもこいつも素直じゃねーな』


下を盗み見れば、事務所を出て少し歩いた所でおなまえが霊幻のネクタイを直している。
わざわざ自分で歪めてそれをおなまえに直させているのだ。
モブが休んだことで二人きりで出掛ける口実ができたというのに、空気の読めないモブはエクボを自分の代わりに送り込むし、
行けば行ったでおなまえがエクボで遊ぶのを面白く思わない霊幻がいる。


『…霊使いが荒いっての』


次からちゃんとシゲオに連絡させよう、とエクボは固く心に決めた。
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