「力になれると思うんですよね」と大学時代の霊幻の後輩が押しかけた翌日。
本当に彼女は霊幻の事務所にやってきた。


「おはようございます」
「おお…引っ越しもう済んだのか?」
「はい。とりあえずマンスリーで。荷物も昨日持ってた分だけですから。…依頼あったんですか?」


真剣な表情でパソコンに向かっている霊幻に向かって、おなまえは尋ねた。
ちょうど数十分前に心霊写真の徐霊を頼まれたところで、霊幻は画像編集ソフトを用いて除霊している最中だった。


「あー、心霊写真をな」
「…写真を出力し直すんですか」
「こーいうのはモブに頼めないからなー。あ、もうすぐモブくるから。余計なこと言うなよ」


自分が超能力者でも霊能力者でもないことをモブに悟られないよう念を押す。
おなまえは「わかってます」と返事をして霊幻の隣に立ち、写真のデータが入っているSDカードリーダーに手をかざした。


「インク代もったいないですよ。用紙も高いですし」


次の瞬間消し途中だった依頼人背後の霊の影が消えた。
「おおお」と感嘆の声を上げる霊幻に、「こういうのは本当に霊じゃない時にしましょう」と言いながらおなまえは受付の席に座る。
それとほぼ同時に事務所の扉が開き、モブが現れた。

入ってすぐおなまえに気づき挨拶をする。
モブの挨拶に返事をしながら、おなまえの視線はモブの頭の横でふよふよと漂っている緑色の人魂に向く。


「師匠ぉ、今朝からこの霊がくっついてるんですけど、どう思いますか?」
「ん?…弱すぎて俺には見えん」
『は!!?』
「お前にとっちゃ肩にテントウムシがついたレベルだろ。好きにしろよ」


興味薄そうな霊幻の反応に、モブは視線をおなまえに移した。


「…みょうじさんはどう思いますか?消した方がいいかな?」
「悪霊でしょう?…でもそれだけ弱まってるんなら、消すのはすぐできるし、様子見でもいいと思うよ」
「そうですか…良かったね。害がないなら消さないでおくよ」
『誰がテントウムシだゴラァ!お前の師匠入院させてやろうかぁ!?』
「悪いことしたら消そうね」
「はい」
『……』


---


「昼間は晴れてたのに、黒雲がでてきましたね。雨降るのかな」


雷鳴が耳に届き、おなまえは窓の外を見上げた。
先ほどの心霊写真の依頼人から貰った報酬を数え、出納帳に記録した霊幻はその声に振り返り、同じように空を見上げる。


「…今日はもうあがっとくかぁ、依頼も終わったしな」


「これ分け前な」と500円を差し出してくる霊幻の手を押し返して、「じゃあモブ君に今日はバイト大丈夫だって連絡しておきますね」とおなまえは帰り支度を始める。


「本当にいらねーの?」
「言ったでしょう、私が勝手におしかけてるんです。報酬はいりませんし、私の分何かしらの経費が発生するならそれも自分で賄います」
「…夢で俺が死にそうになってたんだっけ?本当かわかんねーのにそこまでするかね」
「縁だと思ったので。それに従ってるだけですよ」
「縁?」


上着に袖を通し身なりを整えながらおなまえは続けた。


「未来視なんて、本来私にはできないんです。それなのに霊幻さんの未来の姿が見えたってことは、私の力が霊幻さんの何か役立つってことです」
「…はぁ…」
「こういう直感には昔から従った方が良い方向に進むんです。だから助ける。それだけですよ。では、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」


淡々と言ってのけおなまえは事務所を後にした。
残された霊幻は一人になった事務所でぽつりと呟く。


「それだけ、ねぇ」


---


PLLLLL...

一向に繋がる気配のない電話に、おなまえは携帯を閉じ時計を見た。
時間は午後4時になろうとしている。
授業はもう終わっているはずだし、部活動中でも先ほどからこまめに連絡をしているのに1回も折り返しがないのは不自然だった。
嫌な予感がし、胸騒ぎのする方へと足を向ける。
見知らぬ道だが、モブの身に何かあったのではないかという虫の報せがおなまえをひたすら前進させた。
今にも雨が降り出しそうな雲の下、たどり着いたのは黒酢中学校の校庭。


「…モブ君!」


そこに力なく倒れているモブの姿を見つけ、おなまえは駆け出した。
モブから少し離れた先にはこの中学校の生徒だろうか、金髪の少年が冷たくこちらを見ている。


--能力者だ。こいつがモブ君に力を使ったのか。


モブは霊幻に超能力は人に向かって使うものではないと強く言い聞かせられている。
きっとこの少年に対してもそう言ったはずだ。
それに対して少年は躊躇なく力を人に向かって発揮しているのだろう、
周りには多くの人が倒れていた。
モブと少年の間に立つように浮いているエクボがおなまえに言う。


『シゲオのやつ、やり返せって言っても全然聞かなくてよ〜。こんなやつちょっと力の差を見せつけてやればいいのによ』
「人魂さん」
『エクボだ』
「エクボさん、モブ君はどうして…何に巻き込まれてるんですか?」
『あー、話すとちょっと長くなるんだけどよぉ』


モブを抱え起こそうとするおなまえと事情を話そうとするエクボの間を、少年の声が裂いた。


「お姉さん、ソイツの知り合いかい?悪いけど僕すこぶる気分が悪くてね。手加減してやれないんだ、邪魔するな!」


サイコウェーブをおなまえに向けて放つが、おなまえはそれを右手で軽く払った。
払われたそれは校庭に裂け目を作る。


「何っ!?」
「無抵抗なモブ君を傷つけようとしたの?それとも私?」
「お前もナチュラルか…!なんなんだよ今日は…っ!」


少年は内股でまた大きな念動波をぶつけようとしてきている。


「君、周りのことは考えないの?」
「そんなことは小物が考えることだ」
『コイツは井の中の蛙ってやつだ、言ってもわかんねーよ』
「お前は黙ってろ!!!」


少年が手を振り上げてエクボを払うと、人魂がサァッと消えてしまった。
エクボの声も聞こえない。


「エクボ…!?」


モブが立ち上がり、虚空を見つめる。
金髪の少年は満足げな顔だ。


「エクボが…除霊された…?」
「どうした?ペットを消されたのがそんなにショックか」
「…そうでもない」
「チッ」


あっさりとしたモブの反応に、少年はまた苛立った顔を覗かせた。
しかしすぐに笑みを取り戻し、「意味のない存在」だの、「お前は小物で三流」だのと口上を垂れ始める。
人の努力を嘲笑う姿勢の少年に、普段のほほんとしているモブの目が冷えていくのをおなまえは横で感じていた。


「なんだよお前、その顔は?」
「あのさ、なんで小物とか凡人とか、いちいち他人を下げないといけないのかな」
「あぁ?」
「…いや、彼は意外と良い奴だったのかもしれないと気づいただけ。アンタと比べてみて」
「なんだと……お前っ」


消し飛んだ、少年曰く”小物で意味のない存在”のエクボと比較されたことが、少年の怒りに油を注いだようだった。
雷鳴が強く轟くのを合図に、少年は力を込め始める。


「いつまでも余裕面でいられると思うな…っ!!」


ぐっと腕を引き上げると、少年の周囲がゆらぎ風の渦が生まれた。


「僕の超能力で屈服させてやる!出力最大、ノーブレーキでいくよ!!」


まさしく全身全霊といった力の塊を感じ、おなまえはまた口を開く。


「危ないでしょう。私たちでなかったら怪我させちゃうわよ、やめなさい」
「お前らだったら怪我しないっていうのか!?僕の力を甘くみてんじゃねええぇーっ!!」


少年が腕を振り上げ地割れが起きる。
弾かれた大地にモブとおなまえの体が無防備に飛ばされた。
モブに向かってくる少年の腕より早くおなまえは身を滑り込ませてモブを庇った。
首を捕まれそのまま学校へと叩きつけられる。


「みょうじさん!」


建物を貫通し中庭に吹き飛ばされ、そのまま中庭の像を振られてはまた弾き飛ばされる。
ふわりと体が浮いた次の瞬間、教室の黒板に何度も打ち付けられておなまえの顔に苦悶の表情が走った。


「まだ無事なのか。…面白い…耐久テストをしてやるよっ!!」


少年が金切り声を上げて渾身の力を込める。
後を追いかけてきたモブが教室に入った瞬間、おなまえを押し付けていた黒板が崩壊し奥の教室へと吹き飛ばされてしまった。
流石にあっちこっち振り回されて酔いそうだ、とおなまえは眉間に皺を寄せる。
この教室には黒板はない。
おなまえの背にあるのはただの壁だった。


「…家庭科室か…」


少年は念動力で引き出しから包丁を浮かせておなまえに向ける。


「包丁は危ないよ」
「僕に指図するな…早死にするぞお前」
「…」


少年に殺意がないのは心を読んでわかる。ただの脅しだ。
身を守るバリアだけで十分とおなまえが思っていると、息せき追いついたモブが声を上げた。


「いい加減に…、事故がおきるってば!」


おなまえに向かう包丁を見て、モブが力で弾く。


「あ」
「!」


不運にもその内の一本が少年の頭頂部を掠めてしまった。
モブとおなまえの背を冷たい汗が流れる。
ドアガラスの影に映った自分を見て、少年は呆気に取られていた。


「…お前…わざとやっただろ…コレ……」


--だ、大事故が起きた…!


「ぶっっっ殺す!!!謝っても許さねえからな!!」


ブレザーを脱ぎ、解いたネクタイに念を送って刃物のように振り回してくる少年。
モブとおなまえを敵と認め、互いに名乗りあった上で花沢輝気という少年は自分がいかに唯一の存在なのかを語っている。

万が一切られてしまわないようにバリアで守りながら、モブは「超能力が使えるくらいで…大袈裟だよ…」と答える。
そして気づいてしまった。

超能力がなければ、モブも輝気も凡人なのだ。

そのことに気づきたくない。
認めたくないが故のこの振る舞いなのだと。


「モブ君…あんまり追い詰めたら…」


おなまえは輝気のグラグラと崩れてしまいそうな脆さを感じ取りモブを引き留めようとしたが、もう遅かった。
「僕から見れば、凡人だもの」というモブの言葉が引き金になって、とうとう強硬手段に出てしまった。
おなまえの制止する声は輝気の雄たけびに掻き消され、届かない。
鬼のような形相で襲い掛かる輝気に咄嗟に足払いを掛けモブと距離を作る。


「くっそぉおおお!!!」
「ぐっ…!」


転ばされ更に頭に血が上った輝気は起き上がりざまにおなまえの首を強く締め付けた。
そのまま上にのしかかられ、体重を掛けられるとあっという間に視界が明滅し狭まる。


--いけない…、モブ君を守らないと…!


バリアで弾こうと試みるが、惨めにヒュッと弱々しく息が吐きだされるだけだった。

意識が、薄れる。


「おなまえさん!!」


モブの声を遠くで聞いたのを最後に、おなまえは気を失ってしまった。


---


どれくらい、意識を失っていたのだろうか。
頬に当たる雨粒がおなまえを酩酊から覚醒させた。
目の前には崩壊され尽くした元学校、そして校庭で泣き崩れるモブの姿。


「も、モブ君…!」
「! おなまえさん…」


大きなモブの瞳から次から次へと涙が零れる。
おなまえはそれを指で拭ってやり、モブを抱きしめた。


「僕…変われなかった…また、超能力で…事故を起こしてしまった…!」
「…私、守り切れなかったね…ごめんねモブ君」


おなまえの言葉にモブは首を大きく頭を振る。


「そんなことないです!僕のほうこそ…」


モブの視線がおなまえの首に向けられる。
絞められた痕が痛々しくその首に刻まれている。
意識を失う直前のことを思い出し、おなまえは眉を下げた。


「助けてくれたんだね、ありがとう」
「…助け…?」
「うん、死んじゃうかと思ったもん。でもホラ、生きてる」


モブの手をおなまえは胸にやり、自らの鼓動を聞かせた。
トクントクンと規則正しく脈打つその音に、モブは顔を赤らめる。


「それじゃあ、直してこうか、学校」
「……はい」


二人で念動力を使って黒酢中学校を元通りにしていく。
散らばった瓦礫たちが全てあるべき場所に戻った所で素っ裸の輝気が現れた。


「花沢君」
「わ」
「!」
「あの、服とかごめん」
「ま、待て影山、僕はもう…あ!」


局部こそ手で隠しているが下着一枚も身に着けていない。
輝気の後ろで気が付いた黒酢中の生徒たちがチラホラと起き上がりはじめる。
しかし彼らは皆輝気の有様を見ると蜘蛛の子を散らしたように逃げて行ってしまった。
誰一人として無惨な姿の輝気を心配する素振りを見せず。
それを見て、輝気は自嘲した。


「君の言った通りだ…超能力がなければ僕らは何も…」


ない、と続けようとした輝気の目の前で、モブは肉体改造部のメンバーに囲まれ無事を確認されていた。
超能力以外の長所を得ようと努力しているモブの姿を見て、輝気は口を噤んだ。


---言い訳できないな…。完敗だ…。


そんな輝気に、おなまえが手早く自分の上着を掛けてやる。


「風邪引くから」
「あ…どうも…」
「ジャージとか体操服、ある?」
「あ、ああ…大丈夫だよ、すぐ着るよ」


輝気の返事を聞いて、おなまえは「そう」と短く答えた。
メモに走り書きをし、輝気の手にそれを握らせる。


「その上着、普通に洗濯で大丈夫だから。乾いたら返してね、これ私のアドレス。それじゃ」
「え?あ、うん…ありが…とう…」


このまま塩中学校まで走り込みをして帰るというモブたちと別れ、おなまえも家路についた。
--やっぱり都会って能力者結構いるんだなあ、と思いながら
ヒールを鳴らし去っていくおなまえの後ろ姿を輝気は見つめる。


--怪我、させたのに…恨み言一つ言わないなんて…。それに……


最初に見た時、そして今。
おなまえからは微塵も能力者らしき気を感じない。
確かにバリアを張っていたし、輝気の手からモブを庇う際瞬間移動もしていた。
ということは、彼女は意図して力を隠しているのだ。


--もしかして、影山の先生、なのかな。


「おなまえさんって、言ったっけ…」


手の中のメモを広げる。
みょうじおなまえ、と綴られた文字を指でなぞり、
肩に掛けられた上着から漂う自分ではない他人の香りに胸が騒めくのを感じた。
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