「コックリさん、コックリさん、おいでください」


床に広げたスケッチブック。
そこに十円玉を置いて人差し指を乗せる。


「おいでになりましたら、"はい"へお進み下さい」


繰り返し呪文を唱えて、十円玉を見つめた。
もう10分程唱え続けてみているが、なんの変化も起きない。


--やっぱりこんなの…ただの遊びか…


流石に1人とはいえ、只管床に向かって呪文を唱え続けるのも辛いものがある。
おなまえが溜息を我慢して、十円玉から指を離そうとした時、すい、とスケッチブックの上を十円玉がおなまえの指を乗せたまま"はい"へと滑った。


「!! きた!!え。ほ、本当に!?」


離してしまう既の所でおなまえは十円玉を追い掛け、驚きの声を上げる。
するとその声に反応するように、十円玉は少しだけ動いて再び"はい"に戻った。


「わあ……コックリさんて本当に呼べるんだ…!どうしよ、何聞こう……あ、あの。コックリさん、コックリさん。私の名前、わかりますか?」


遊び半分で始めていた手前、呼び出した霊に聞きたいことも禄に考えていなかったおなまえは試しにそう尋ねてみる。
"はい"のまま止まっていた十円玉は一度鳥居のマークに戻ると、少ししてからゆっくりとおなまえの名前を1文字ずつ挙げていった。


「えぇ、すごい!何でわかったの!?」


食い入るように十円玉の動きを見つめていたおなまえがそう聞くと、十円玉は"な、ふ、た"と名前を答えた時より幾分か早く答える。


「名札…?…ああ、今日始業式で、名札付けっぱなしだったから……なぁんだ、何でもわかるんじゃないのかぁ」
"はい"
「じゃあ次は……コックリさんはこの学校の生徒でしたか?」
……"はい"
「先輩なんだ!いつくらいの時なんだろ」
…"一、九、四、二"
「1942…年、てこと…かな?結構年上なんですね」


想像していた以上の先輩との年の差に、おなまえは自然と敬語になっていた。
しかし十円玉はスス、と鳥居に移動してしまい"はい"とも”いいえ"とも言わなくなってしまう。
気分を害して帰ってしまったのだろうかとおなまえは狼狽えた。


「あ!ごめんなさい、感じ悪かったですか!?まだいますか!?」
……"いいえ"
「いるじゃないですか!」
…………"き、に、し、て、な、い"
「……あ。怒ってはいないよ、の"いいえ"だったんですね?」
"はい"
「良かったぁ〜」


ホッと胸を撫で下ろすと、十円玉はまた鳥居に戻ってしまう。
どうやらおなまえからの質問を待っているようで、その後もおなまえは思い付いた話題をとりとめもなく続けた。
1時間以上そうしていただろうか。
そろそろ止めようかなとおなまえが長袖の裾から腕時計を確認する。


「あ。そうだ……コックリさんコックリさん」
……
「また、お話できますか?今日はこれくらいにしようと思って」
………………"はい"


鳥居でキープされていた十円玉が、まるで悩むかのようにスルスルと紙の上を滑って、とてもゆっくりとした動作で"はい"を示した。
その間不安そうに眺めていたおなまえだったが、コックリさんの返事を見て顔を綻ばせる。


「それじゃあ、また。コックリさんコックリさん、お帰りください」


"はい"のままだった十円玉が、素直に鳥居へと向かいその門下に収まる。
それを見届けてからおなまえは十円玉から指を離し、傍らに脱いでいた上履きを履き直した。
頬を夏の生ぬるい風が撫でていく。
じっとりとした肌に張り付く髪を耳に掛けて、真っ赤に染まった夕焼け空をおなまえは見上げると鞄にスケッチブックをしまって校内へのドアを開けた。


---


それからもおなまえは度々コックリさんをしてはその霊とスケッチブックを通して会話をしていた。
コックリさんの仕様がどういうものかはわからなかったが、いつも同じ霊が来ているらしい。
「前に話した人と同じ人ですか?」と尋ねると"はい"と答えるのできっとそうなんだろう、とおなまえは思っていたし、なんとなく返事までの間や言葉の選び方で同じ人だと感じていた。


「今日は何聞きましょうね?…コックリさんから私に聞きたいこととかあります?」
…………


何日か会話を繰り返し、話題も尽きかけてきた。
いつもおなまえが何かしらを霊に尋ねて、それに霊が答えるという応酬だったので、今までと違うこと…とおなまえは考えてみたのだが十円玉は相も変わらず鳥居に留まったままだった。


「ない、…ですよねぇ。私に聞くようなことなんて……」
…"お、も、し、ろ、い、か"
「……何がです?コックリさんのこと?」
"はい"
「そりゃー、だって、こんな体験普通はしなさそうだし。面白いですよ」


コックリさん、色々知ってるし。とおなまえは笑う。

夕方の空に輝く一番星の名前。
その星に纏わる星座の神話。
カラスの子の童謡の説話。
もう今は聞かなくなった、かつてこの学校にあった七不思議のこと。

どれもがおなまえにとっては新鮮で、今はこの時間が楽しみで学校に来ていると言っても過言でない。


「コックリさんしないと、コックリさんとお話出来ないのが不便だなぁってたまに思いますけど」
……
「でもそのお陰で、コックリさんに会おう!と思って学校来れるんで。じゃなかったらもう、いませんよ」


そうおなまえは霊に向かって笑って言ってみせる。
笑った拍子に切れた口角に痛みが走って、「あた」と小さく零し口元を抑えた。


「あ」


おなまえの視線がスケッチブックに取り残された十円玉に注がれる。

手を、離してしまった。

思わず利き手で傷口を庇ったせいで。
交霊中は離してはいけないとされている十円玉から。


--これって、どう…なるんだろ……


禁じられているのに、その禁を破ってしまった。
固唾を呑んで十円玉を見つめるが、十円玉はぴくりともしない。


「こ、コックリさん……?」


おそるおそる呼んでみた。
変化のないスケッチブックに、今からでも間に合うだろうかと再び十円玉に指を乗せてみる。


「コックリさん、コックリさん……まだ、いますか?」


問いかけてみるも、やはり十円玉は動かない。

どうしよう。どうしたらいいんだろう。

おなまえが困惑していると、クツクツと喉を鳴らすような音が聞こえた。
風に紛れた何かの音だろうかとおなまえが辺りを見回すと、1人の男性が立っているのが目に入った。


「……え…」


生徒では、ない。
教職員という出で立ちでもない。
人間の体が、透けている訳ないのだから。


「だ、誰…いつから……」


震える唇につられて声も揺らぐ。
おなまえの言葉が届いたのか、男は浮かべていた笑みを抑えて指を指し、口を開いた。


『ずっと話していたろう?それを通して』


男が指し示す先にはスケッチブックと十円玉。
おなまえはスケッチブックと男を交互に見る。


「え……っ、じゃあ、コックリさん…ですか!?」
『…そうだな。君の大先輩だ』
「何で急に人に…!?……嫌もともと人か…何で見えるように…??」


得体が知れると途端におなまえは緊張を解いて矢継ぎ早に疑問を口にした。
霊は黒い煙のような物を纏ったまま、おなまえに近付く。
その煙が細く、細く、おなまえにまで伸び足から胴、首へと這い上がって唇で止まった。


『交霊の最中、指を離してはいけない…とは知らなかったのか?』


座り込んでいるおなまえに視線を合わせるように男がしゃがむ素振りを見せる。
責めているような口振りなのに、その声色も表情も愉快さを滲ませたものだ。


「知って、る。…けど……」


咄嗟に体が動いていた。
その原因になった唇の傷を、男が撫でる様に触れる。
霊なのに、ヒヤリとした温度が肌の上を伝っておなまえは肩を強ばらせた。
それを揶揄う様に細く纏わりつく煙が揺れる。


『離してしまうと、霊に呪われてしまうんだ』
「……呪…、われる…?」


--コックリさんが…私を呪ってる……?


ゾクリと背筋が冷える思いでおなまえは男の目を見つめ返した。


「だ、…だって、私とコックリさん、仲良しでしょ…?呪うなんて……あるわけ、」


何かの間違いだと言いたい気持ちを込めてそう口にするおなまえに、男は目を細める。


『キミが望んだ通り、これでもう、不便なく私と話が出来る』
「話……」


--「コックリさんしないと、コックリさんとお話出来ないのが不便だなぁって…--」


男は再び喉を鳴らして笑うと、『心配はいらない』と宥めるようにおなまえの髪を撫でた。


『此処から身を投げるより、有意義に過ごせるさ』


その声がおなまえの脳に染み込むように反芻される。
男の指が透け、おなまえの体内に溶け入るように消えた。


『おなまえは眠っているといい。その間に片を付けておこう』


そう頭の中に声が響くと、重く冷たい泥に沈むようにおなまえの意識は遠のいた。


---


次におなまえが見たのは、自分の教室の扉だった。
朝のHRの時間が近いのか、続々と生徒が教室に入っていく姿を見て気が重くなりながらも、自分も遅れないようにと入室する。

けれどそこにあったのは落書きや彫刻刀で傷付けられ汚れた自分の机ではなく、真っさらな机が自分の席の場所にあった。


「え…」


机の上に白い花も飾られてない。
引き出しにも、ロッカーにも、ゴミや破られたノートもない。
普通すぎる自分の席に座れないまま立ち尽くしていると、担任が入って来て席に着くよう注意された。
慌てて着席するとすぐにHRが始められ、未だ状況を掴めないおなまえは教室を見渡した。


--……アレ…席、減ってる…?


ひとつふたつ、という程度ではなく、5つ分机が少なくなっている。
おなまえの脳裏に5人の顔が浮かんだ。

何故かおなまえを執拗に目の敵にして、嫌がらせを繰り返す5人組がいた。
その5人が全員いない。
それぞれの席があったはずの場所は詰められて別の人の席になっているし、担任もその5人の内の1人の名前さえ上げないまま淡々といつも通りという風に出欠席を取り終えてしまった。


「ね、ねえ。変なこと聞くかもだけど…」


HRが終わり、1時間目の準備を始めた隣の席の生徒に、嫌がらせをして来ていた内の一人の名前を尋ねた。


「その人の席って、今ないみたいなんだけど…引っ越した、とか?何か知ってる?」
「引っ越し?」


おなまえの問いかけに生徒は首を傾げる。
予鈴の音が歪んで聞こえるようだった。


「誰もうちのクラスで引っ越してないよ?」
「え……でも…」
「? 今日はみょうじさんもいるし、クラス全員出席してるじゃん」
「全員…これで、全員?」


そうだよ、と生徒は頷く。
訝しがる生徒に更に4人の名前を尋ねてみても、一層首を捻られるだけだった。


「ごめん今の、誰の名前もわかんないや」


首を横に振られた直後本鈴が鳴り響き、世界史の教師が教室に入って来る。
ぼんやりとした頭で手だけは事務的に板書を続けながら、「どういうことなのか」と考え続けていると頭の中から声がした。


『これで不穏因子は消えただろう?』


ビクリと肩が跳ねる。
何処にいるの、と思うのと同時にノートの脇に手が置かれて、おなまえはその手を伝い見上げた。


『嗚呼、気にする事はないからね。私たちは"仲良し"なんだから、これくらい当然だよ』
「……コックリさん…一体、何をしたの……?」


男の霊が、おなまえの傍らに立っている。
満足気に笑みを浮かべて。


『掃除をしただけさ』


『後はキミが忘れるだけだよ』と、まるで毒のようにその声がおなまえの芯を蝕むように響いた。




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