「あ。今日カオスゾンビ、地上波放送するんですね」


流しっぱなしにしていたTVから聞こえた映画のタイトルに芹沢が顔を上げて視線を画面に移す。


「……芹沢さんああいう映画観るの?」


ソファーに凭れながらおなまえが意外そうに芹沢に問う。
すると芹沢は笑顔を浮かべながら少し高揚したように語った。


「名作だよ!今続編の第2作が公開されてるんだけど、観たことないならみょうじさんにもオススメするよ!」


そう言って携帯を取り出して自分の母親に今夜放送のその映画の録画を頼んでいる芹沢を、俺はじとーっと見つめた。
一応勤務中なんだけど…。まあ、客もいないし芹沢なら目を瞑ろう。
頼み終えたのか速やかに電話を切ると、思い出したように芹沢は「あっ、でもグロいシーンが結構あるから…」とおなまえの反応を窺っていた。


「ゾンビスプラッタとかありがちじゃん、全然ヨユー」


そう言うとおなまえは数十分前に芹沢に入れて貰った茶をズズズと飲む。
もう啜らないと飲めないほど暑くないだろそれ。


「どの口が言うんだ」


つい俺は口を出してしまう。
何故ならコイツがホラーやグロいのがてんでダメな質なのを知っているから。
俺の口出しにおなまえは湯呑みを置くと「いつの話してんのよ」と顔を顰めた。


「とっくに克服してるから。おなまえさんは新隆と違って日々成長してるし」
「あっそう」


そうかそうか。
コイツの中では先週の話はとっくに過去に消え去っているのか。
一緒に観に行った映画の、本編前の予告編でグロ表現が一瞬だけあった映像にビビって震えていたのはまだ記憶に新しいんだが。
たった数日で偉く経験値を積んだらしい。


「もし今夜の見て気に入ったら、俺外伝のDVD持ってるんで良かったら貸すよ!」


自分の好きな物に対する理解を得られたのが嬉しいのかそう笑顔を浮かべている芹沢に押されるように、おなまえは「見てみるね、ありがとう」とはにかんでいた。

……ホントに見られんのか?

俺は疑惑の眼差しでおなまえをしばらく観察していたが、「まあ本人の言ったことだし」と気にするのをやめて手元の新聞に視線を落とした。


-----


深夜。
自然と湧き上がった欠伸を誰に遠慮することもなくして、大きく体を伸ばしながら翌朝のアラームをセットすると充電器に挿さったままの携帯が着信を告げる。

こんな時間にどちら様だ、とは思わなかった。
寧ろ「嗚呼やっぱりな」と予想通りの名前を表示するディスプレイを一瞥して電話に出る。


「もしもし」
「ねぇ、今からそっちいっていい?」
「どうしたんだ突然」
「眠れなくなっちゃったの」
「は?何でだよ」


此方の都合を聞く気は端からないらしいおなまえの強ばった声が耳に届いた。
理由なんて勿論わかってるが、生憎と俺は成長しない男だから本人の言い分を聞こうと思う。
電話の向こうで荷物でも纏めているのか、ゴソゴソと物音を立てながらおなまえは「いいじゃん何でも。気分」と言い張った。


「ふーん。……来れんの?」


俺がそう聞くと途端に向こうが静かになる。

俺とおなまえの家は同じ最寄りの駅を挟んだ反対側だ。
おなまえの家から駅までは大通りも近いし街灯のない道はない。
けれど駅を超えて此方に来るとなると途端に暗がりが多くなるのをおなまえは忘れちまってるらしい。

ま。何で来たい気分になったのか知らねーから?
もしかしたらそんなの気にしないで来られるのかもしれないけど。


「い、……行けるよ。子供じゃあるまいし」
「ああそう。んじゃ、待ってるわ」
「うん」
「じゃあ後でな」


……ということで、大丈夫らしいおなまえは自力で此処まで来るようだ。
パチ、と充電器のコードを抜いて携帯をスウェットのポケットに押し込むとベッドから立ち上がる。

外寒ぃかな。上着……いらねーか。

ラックに掛かった上着を数秒見つめた後、今着てるのが裏起毛のスウェットだったのを思い出してサンダルを履くと部屋の電気を消して玄関を開けた。


---


……おっそ。

俺が4回目の欠伸をした頃、ようやく駅前の通りに見慣れた人影が見えた。
どうやら電話を切った後もしばらく出るまで時間を要したらしい。

歩いている間は気にならなかった夜風の涼しさも、吹き曝しのコンコースで突っ立っていると流石に堪える。
高みから駅に向かってくるその姿を柵に肘を置いて見届けていると、顔を上げたおなまえが俺に気が付いて走り始めた。

荷物持ってるんだし別に走らんでも良いのに。

暖を取るべく買った缶コーヒーの残りを飲み切る頃にはおなまえの足音がすぐ近くまで来ていて、「新隆」と息を弾ませながら呼ばれる。


「お疲れ」
「…迎え、来てくれたの?」
「まーな。来れるか心配だったし」


空き缶をゴミ箱に捨てて、空いた手で邪魔そうに肩に担いでいたトートバッグを持ってやると、息を整えていたおなまえが膨れっ面になった。


「あ。…ありがと……じゃなくて!」
「うるせっ。何だよ、時間考えろよな」
「心配されなくったって、一人で行けるってば」
「へいへい」


どうやら俺の気遣いは不要だったらしい。
「子供扱いするな」とすぐ隣でぷんすか臍を曲げているおなまえをじとりと見つめた。
薄ら寒い中ただ待ってた俺が馬鹿みたいだろうが。


「な、何」
「……子供扱いしてねーから迎えに来たんだろうが」
「どういうこと?わかんない」
「女が暗い夜道を独り歩きは危ねーって話だよ」
「……、……」


押し黙った隙に、勝手におなまえのバッグを漁る。
中にはきっとコイツのお気に入りのブランケットがあるはずだ。
折り畳むとクッションの形にしまえて、広げてボタンを閉じるとポンチョにもなるやつ。
泊まりに来る時にいつも持って来ているそいつを見つけて広げると、肩にかけて防寒に使わせて貰う。


「ちょっと。勝手に使わないでよ」
「いいだろ減るもんじゃなし」
「臭いが移る」
「臭くねーわ」
「加齢臭してきてるよ」
「同い年だろうが。じゃあおなまえもしてるな」
「してませんー。私はいつもグリーンフローラルの香りですー」


大人しくなったと思ったのにまたブツクサ小言を言ってくる。
てか臭いと思ってんならそんな男の家泊まりに来るなよ……。

くだらない言い合いをしてる内に俺のアパートに着いて、その灯りに気付いたおなまえがハッとしたようなホッとしたような顔をした。
いつの間にか暗がりの難所--今のおなまえにとってはだけど--を通過出来てんのも、俺のお陰だってわかってんのかなコイツ。

玄関の鍵を開けてドアを開けてやると「お邪魔しまーす」と慣れた足取りで靴を脱いで電気を点けるおなまえ。


「風呂は?」
「まだ。入る」
「んー」
「着替え出すから返して」
「ホイ」


どうせ1人の部屋じゃ風呂に入るのも怖くなって入れなかったんだろうなと想像がつく。
ロードショー始まる前に入っとけば良かったのに、計画性の無いヤツめ。

おなまえは俺からバッグを受け取ると脱衣場にスタスタ向かっていく。
そのままドアを閉める前に既で止めて、「ねえ」と声を掛けられた。


「ん?」
「まだ起きててね」
「…もう午前様なんだけど?」


お前は明日休みだからいいだろうけど、俺は普通に出勤なんだが。
暗にそう含めて聞き返す。
なのにおなまえは口調はいつも通りの癖に、眉を下げて顔色を窺うように見上げてきた。


「早く出るから。私上がるまで寝ないで」
「…………ちゃんと髪乾かせよ」


「待っててやるから」と続けると満足気な笑顔を浮かべて「ありがとう」と頷いてくる。
俺の返事を聞いてからドアを閉めて、ガラリと浴室へ入る音がした。

……確信犯かよ。
"こうすれば断らない"と向こうも経験から知っててそうしてるのが最後の笑顔で伝わってくる。

風呂と寝床を貸すだけ貸してさっさと寝るつもりだったのに、起き続けていなければいけなくなって俺は5回目の欠伸をした。


---


「起きててって言ったじゃん」


ゆさゆさと左右に体を揺さぶられて、ぱちりと目を開けた。

ソファーで寝る準備をしてたらそのままうたた寝しちまったらしい。
目の前でむすくれているおなまえの髪はまだ濡れていて、多分急いで出てきたんだろうと思った。


「……ワリ…。髪乾かせって言ったろ」


おなまえの首に掛かっているタオルを掴んで、わしゃわしゃと拭いてやる。
その髪から俺のシャンプーの匂いがして、「自分の持って来なかったの」とまだ寝起きで掠れた声で聞いてみた。


「忘れてたから借りた」
「……あっそ。……加齢臭移っても知らんぞ」
「トリートメントは持ってきてるもん」
「じゃあドライヤーしてきはら……ふあ……」


ある程度水気が取れた所で涙が出る程の大欠伸をした俺の手をすり抜けて、おなまえがアウトバストリートメントを髪に塗り始める。
もう風呂出たし、俺寝てもいいかな。
そう思ってソファーに身を倒すと、横になった音を聞きつけておなまえが振り返った。


「もうちょっとで終わるから起きててって」
「……んだよ、もう怖いことねぇだろ……」
「こわ…何も怖がってなんてないし」
「んー……なら寝るわ。オヤスミ」
「待って!」


俺が目を閉じると慌てたようにバタバタと足音が一度遠のいて、また戻って来る。
すると喧ましいドライヤーの音がすぐ隣でし始めた。

コイツ……マジで寝かせねぇつもりか……、うるせえ……。

ブオンブオン響く音がしばらく続いて、乾かし終わったのかカチリとスイッチを切る音がした。
これでようやく静かになる。そう思ったのに。


「新隆」
「…………今度は何だよ」


目を閉じたまま聞き返す。
俺はこのまま寝るんだから、お前もさっさと寝てくれ。


「私もソファーで寝る」
「………………バカじゃねえの」


何かの聞き間違いかと思ってつい目を開けてしまった。
重い瞼と格闘しながら、恐らくしかめっ面をしているだろう俺の顔のすぐ真横でおなまえはソファーに乗り込もうと乾かしたての頭を押し込んでくる。

イヤイヤ無理だろ俺1人でだって窮屈なのに。
誰がわざわざベッド空けてやったと思ってんだ。お前が使うためだっての。


「ベッド行けって」
「じゃあ新隆も来て」
「……正気?」
「大マジだよ」
「…………」


夢かな。夢かもしれない。
そう思って寝直すように目を閉じるとキシ、とソファーが沈み込んで俺の体に何かがのしかかって来る。

……勘弁してくれ……寝れなくなるだろうが。


「寝ないで」
「……それ、どーいう意味」
「どう?」
「…あー………いや、何でもない」


このままではマズいと眠たい体に鞭打って起き上がった。
胡座をかいたことで足の分だけ空いたスペースにおなまえが腰掛ける。
コイツのせいで一気に血液が巡って目が冴えてきた。全くもって不本意だ。


「一緒に寝る」
「……狭いんだからあっちで寝なさい」
「やだ」
「やだって…いくつだよ……」
「28」
「…………ならさあ…」


危機感持てって、家に上げてる俺が言える立場じゃねーかもだけど。
警告はしておかないとと言葉にしてみる。


「一緒に寝るって意味わかるだろ?…頼むからベッドで寝てくれ」
「……何もしないから」
「それ普通逆だぞ言うの。俺が言うの。……俺が、何もしない保証できねーから、別で寝ようっつってんの!」


流石に此処まで言えば激鈍のおなまえでもわかるだろ。
今までだって何度も泊まりに来たことはあるけど、同衾は流石にしなかったぞ。
何で今回は一緒に寝たがるんだ。
気紛れならやめてほしいんですけど。心臓に悪いから。

俺がそう言って、やっとおなまえは立ち上がってベッドの方に数歩向かった。
ホッとしたのも束の間、振り返ったおなまえに腕を引かれる。


「…………何かしてもいいから…一緒に寝よ……」
「………………」


赤い顔で告げられて、一瞬呼吸するのを忘れた。
今俺何かを試されてる???

あらゆる思考が頭を巡ったが、俺の服を掴んだ手が震えてるのに気付いてハッとする。


「……寝るの、怖いわけ」
「…………うん」
「…はぁ……そんなんで体張るなっての……」


おなまえが究極的に怖がりなことを思い出して、頭がようやく落ち着きを取り戻し始めた。
仕方なく腰を上げて誘われるままベッドに向かう。
布団に包まるおなまえの隣に腰を下ろして、ポンポンと背中を摩ってやった。


「……新隆も入りなよ」
「言ったろ。怖くて寝れないだけで体張るなって……寝かしつけてやっから寝ろ」
「…………」


まだ赤い頬のままおなまえが見上げてくる。
目が合って、一体何だと首を傾げた。


「どうした?」
「……私、ホントに思ってるからね」
「…何が」
「一緒に寝るって。そういう意味……困るんなら別に、いいけど」
「…………」


ピタリと手が止まる。
するとおなまえが此方に背を向けて布団を耳まで上げて蹲った。


「おやすみ」
「……は?今それで寝るか普通」
「…………」
「オイ」
「明日仕事でしょ。早く寝なよ」
「"寝ようよ"じゃなくて?」
「勝手に寝れば」
「コイツ……」


突然無視するように一瞥もくれなくなった背中にヒクリと引き攣った顔を向ける。

ああそうかい。勝手に、ね。
じゃあ勝手にさせて貰おうじゃないの。

壁に向かって横になっているおなまえの布団に、俺も体を滑り込ませて横になる。
一瞬だけおなまえが身じろいだのが伝わってニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃあ勝手にさせて貰うから」
「……ぅ、」


後ろからおなまえの体を包むように腕を回して抱き締める。
寝たフリをすることにしたのかそれともこのまま寝る努力をすることにしたのか、真っ赤に染った耳が髪の隙間から覗けて唇を寄せた。


「眠れるもんなら寝てみろよ」
「……っ」


俺の声に少しだけおなまえが顔を此方に向ける。
少しだけ寄せられた眉は弱気に眉尻を下げ、潤んで恥ずかしげに細められた瞳の奥に期待が垣間見えて、心臓がドクリと強く脈打った。
お互い満更でもないんじゃねえかと笑うと、熱いその頬に唇を落とした。


Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -