必死な形相で命乞いをする警備員の無線を思い切り踏み付けて破壊する。
派手な音を立てて砕けたそれに怯えた男はガタガタと震えながら私を見上げた。


「か、家族がいるんだっ!……頼む……たのむ……っ!!」


額を床に擦らん勢いで土下座をしてくるその背中を見下ろして、私は「いいよ」とただの破片になった部品たちを爪先で転がす。
この人はただの警備だし、能力者の研究とやらに関与もしてないのはわかってる。
生かさなくてもいいけど、殺さなくたっていいはず。


「でも見た事は忘れて貰う。口に出したら殺す」


それがわかったなら、行っていいよ、と自分の背後にある扉への道を数歩避けて譲ってやると、男は返事をして足早に外に出ていった。
ほんの数秒その足音が響いた後、野太い悲鳴が耳に届いて「あー……残念」と呟く。
運良く見つからないで出られれば良かったのに、上手くはいかないものなのね。

次いでガチャリと扉が開いて、不機嫌そうに顔を顰めた峯岸が入って来る。


「みょうじ」
「…そっち片付いたんだ。早かったね」
「今ネズミを一匹始末したけど……わざと逃がしたんだろ」
「どうだろう。気付かなかったや」


「後でボスにバレたらどうするのさ」と知らない振りをする私を峯岸は咎めた。
私と違って峯岸は真面目に与えられた仕事をきっちりこなしている。
私はただちょーっと分担した隙に手心のひとつ上げてもいいんじゃないかなって思っただけなのに。


「相変わらず仕事が出来る男だね」
「みょうじだって手抜かなきゃすぐだよ」
「女の子はちょっと不出来なくらいが可愛げあるんだよって」
「……それで僕までお叱りを受けるのは御免だね」
「ちぇー」


この部屋の生き残りがもういないことをちゃっかり確認してから、峯岸は口を尖らせた私に「行くよ」と部屋を出る様促す。
通路に出てすぐ側の突き当たりを見ると、さっき見逃してあげた男が倒れていた。
それを見つめていると、反対の通路に向かっていた峯岸から声を掛けられる。


「ちゃんと死んでるよ」
「……はーい」
「…………」


返事をして、峯岸の後を追いかけた。
私に任せていた分の始末がちゃんと終わっているのか、一部屋一部屋確認していく峯岸に「後はちゃんとやったよぉ」と抗議すると、溜息をひとつ吐かれる。


「さっきみたいなことがないとも限らないから」
「アレは……たまたまで」
「へえ」


床をシュルシュルと蔦が這って、残りの部屋を探っている。
私より少しだけ背の高い色素の薄い瞳が、腹のうちを探るように見下ろされた。

柴田とだったらもう少し詰めが甘いのになぁと思っても、誰と組んで任務に当たらせるかはボスが選んでいるから文句を言える訳もない。
それは峯岸も同じで、きっと本当は情け容赦なく仕事をこなす人と組みたかったに違いない。
私と組まされたばっかりに二度手間をさせて申し訳ないなと少しだけ抱いた罪悪感を眉を下げて示しておく。


「ごめんね」
「…悪いと思うなら、情けなんて与えないでくれる?」
「それは……約束しかねる、かも」
「どうして」
「だって、家族がいるって言われちゃうとさ。"あー、この子の親はちゃんと親であろうとしてるんだな"、"家族に会いたいって思える家族なんだな"って思ってさ」


私は超能力なんか持って生まれてしまったせいで、親から捨てられた身だから。
どうしても"家族"に対する憧れとか、羨ましさとかがあって。
もっと言うと、その"家族"を私が奪うんだな、ということに強い抵抗も感じてしまって。


「私たちのこと忘れちゃえば、生き延びてくれたっていいんじゃないかなって思っちゃうもん」
「…それって、キリがないことだっていうのはわかってる?」
「……うん」


現に私は"直接命乞いをした"あの男だけは見逃そうとして、それ以外の人はきっちり息の根を止めている。
誰にだって親はいる。誰もが誰かの家族の一員。
全員を見逃してあげることは流石にできない。

他の部屋を確認し終わったのか、辺りに這っていた蔦が消えていく。
「わかってるならいいよ」と峯岸は興味を無くしたみたいに壁に背を預けてポケットから取り出した文庫本を広げた。

意外だ。
もっとネチネチ小言を言われると思ってた。


「……え。それでいいの?」
「うん」
「給料泥棒めー!みたいな文句とかは…?」
「僕が払ってるんじゃないし」


手元に落とした視線が文字を追い終えたのか、ペラリと紙が捲られる。
私を見ないまま峯岸は口を開いた。


「今まで柴田とが多かったでしょ。みょうじの任務」
「う、うん」
「肉体強化の柴田と精神操作のみょうじでバランスがいいのに、何で僕とって正直思ってたんだ」
「えっ、仲良いからじゃなかったの」
「そんな訳ないよ」


言われて初めてそんな相性で組まされていたのか、と気がつく。
単に仲が良いからだと思ってた……。

ピシリと切り捨てられて、思わず「すみません」と背筋を正した。


「みょうじが甘いから、その後始末を僕にさせるつもりなんだろうね」
「ええ……そう言われると、何だかボスにも柴田にも峯岸にも申し訳なくなってくる……」
「別にいいんじゃない?それでもみょうじを使ってるってことは、それをボスも承知してるってことだろうし」


「あわよくば、それでみょうじの勤務態度が正されれば良い…って所じゃない」とまたページを1枚捲って峯岸が言う。

なるほど。
確かに、仮に「情けをかけるな」とボスに叱られても、さっきの峯岸に返したように私の意思は変わらないだろうなと思う。
でもいざ目の前でその後処理を仲間がしている、となると話は変わってくる。
まさかボスがそこまで考えて編成を変えたとは思いたくないけれど、ボスならやるな、とも思えてしまう。


「やだボス怖い」


思わずそう零すと、フッと峯岸が笑った。


「今更だよ」


知らぬが花だね、と峯岸が呟くと丁度やって来た迎えの報せに私たちは立ち上がる。
「次の任務では改善されてて欲しいかな」とすれ違い様に言われて、善処するともしないとも言えず口ごもったまま私はその背中を追い掛けた。


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