あの芸能人不倫だって
また殺人事件かー
学校ダル

うるさい…
信号早く変われよ
ぶつかってきて謝らないとかクソ
バスまだー?

うるさい…!

止まない雑音にヘッドホンから聞こえる音量を上げて誤魔化す。
耳当てのクッション越しに漏れてる音にチラリと此方を見てくる人間を片っ端から睨めつけていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。


「こんにちは、お嬢さん。あの、漏れてますよ」


ハッとして振り返る。
気配を全く感じなかった。
驚いて目を瞠る私の前に、にこやかに笑顔を浮かべた男がいた。
男は笑みを崩すことなく「殺気」と続けると、私の肩を掴んだまま細めていた瞳を開ける。
吸い込まれそうな程暗いその瞳に気を取られている内に、視界に映る景色が往来の真ん中から寂れた何処かの屋上になっていることに気が付いて私は咄嗟に男の手を振り払った。


「な…っ、何…!?」


私の反応に男は両の手をパッと開いたまま顔の高さまで掲げてみせる。


「失礼。お話してみたいなと思ったもので」
「お話…?」
「ええ、ゆっくり…ね」


有無を言わせぬ声と逃がすつもりは無いと暗に伝えてくる隙の無さに身構えた。
この男の考えを読もうとすると何かに妨げられているように心の声が篭って、聞き取りにくい。


「アナタも能力者ですよね」
「…も、ってことは、アンタもね。…此処に連れて来たのもその能力?」
「余計なことをしなければ危害は加えるつもりはありません。…ので、警戒を解いて貰えると嬉しいんですが」
「信用しろって?」
「あ、飛び降りようとしても無駄ですよ。私が捕らえる方が早い」
「……」


男の声を無視して身を返すと思いっ切りフェンスを飛び越えた。
眼下にはコンクリの地面が見えて着地に備えて自分の体をバリアで包む。
…と、バリアで区切られたはずの私の視界に男の腕が入り込んだ。


「!」
「…ホラ。言ったでしょう?」


クスリと耳元で笑われる。
直後先程までいた屋上に足を着けていて、状況を整理しようと瞬きをした。


「テレポート…!?」
「…無駄だとご理解頂けました?」
「く、は…なしてっ!」


まだ私を捕らえたままの男から抜け出そうともがく。
が、長身な男が軽々と私を小脇に抱えてしまったせいで地に足がつかない。
身を捩ったり腕を引き剥がそうとしてもびくともしなくて、一か八かと足を振り上げ男の横っ面を蹴り飛ばそうとすると難なく反対の手で足首を掴まれて止められてしまった。


「まあまあ。そんなに抵抗しないでくださいよ」
「…クソッ…」


結局男を睨めつけることしかできずに見上げる。
一通りの抵抗が終わったのを見届けてから、男は出会った時と変わらず飄々とした面立ちで口を開いた。


「大人しく話し合ってくださるなら、離しますよ。女性に手荒な真似、あまりしたくありませんしね」


そう言って肩を竦めて見せている。
…せめて隙をつかないと実力差を埋められないと踏み、私は機会を伺うことにしてもがくのをやめた。


「…わかったから、離して」
「はい」


突然腕を離されて、咄嗟に着地姿勢を取る。
呆気なく開放されたのはまた逃げてもすぐ捕らえられる自信があるからだろう。
その余裕さも癪に障って顔を顰める。


「一体何者なの、アンタ」
「自己紹介がまだでしたね?私、島崎といいます」
「……みょうじ」


立ち上がって手に着いた砂をはらいながら私も名乗ると、相手は自分は超能力組織の幹部なのだと話し始める。
素養のある人材を組織にスカウトしているんだとかで、たまたま街中で見掛けた私に迷惑にも目を付けたらしい。

そんな怪しげなものに加わる気は毛頭ない。
さっさと断って忘れてしまおうと手を払ってみせる。


「悪いけど、そんな怪しそうな組織なんかに入る気ないから。私も忘れるしアンタもさっさと忘れて次のスカウト探しに行って」
「おや」


私が断ることは想定していなかったのか、島崎は意外そうに首を傾げた。
寧ろ何故私がその話を受けると思ったのか疑問だ。
どんだけ自信があるんだ。


「いいんですか?こんなもの、必要なくなりますよ」


いつの間にか距離を詰めたのか私のすぐ眼前にやって来て首元に下がるヘッドホンを指差す。
周りの雑音が耳に入りすぎる私の気休め。
その甘言に、つい島崎の顔を見上げてしまった。


「え?」
「言ったでしょう?素養がある人に声を掛けているって。みょうじはもっと強くなれます。もっとその力を操れるようになる」
「……」


ただの誘い文句かもしれない。

けれど、その言葉に期待を持ってしまった自分がいて、本当は人の声が聞こえすぎるこの力をどうにかしたいのだと思っていたことに気づいてしまった。
諦めて考えないふりをしていた自分の気持ちを知ってしまった。

目の前に島崎の手が差し出される。


「お望みなら、力を貸しますよ」


その掌をじっと見つめて。


「……っ」


私は手の甲でその手を振り払った。


「答えはNOよ。信じられる訳ないじゃん、今日出会ったばかりでしかも拉致するような人のことを」
「……」


今度は島崎が沈黙する番だった。
振り払われた掌をしばらく見てから、「んー」と自分の顎に手を掛けて考える素振りをする。


「困りましたねぇ……どうしたら信じて貰えます?」
「私の事忘れて、元の場所に戻してくれたらちょっとは信じるんじゃない?」
「……」


気を失わせて無理矢理連れて行ってもいいんですけどねぇ…



「!」


不意に頭に響いた声に身構える。
私の反応を見た島崎はフッと笑うと「あ。聞こえちゃいました?」とポケットに手を入れる。

コイツ、わざと私に聞こえるようにしてみせたんだ。

本当に実力行使に出られたら相当厳しい。
汗が滲む私を尻目に島崎は笑う。


「安心してください、そんな手荒なことは最終手段に取っておきますよ」
「……キモいんだけど。何でそんなしつこい訳?」


「組織の存在を知る人は消す的な?」とそれはそれで向こうから声を掛けてきた癖に理不尽とは思うが聞いてみる。
私の言葉に島崎は笑って首を横に振って見せた。


「単純に。私がみょうじを気に入ったので」
「……は?」
「抵抗具合から身体能力も高そうですし、本当に飛び降りる度胸も気に入りました」
「……」
「でも……そうですね。今日のところはみょうじに信用して貰うことに努めますよ。今日のところはね」


そう言うといつの間にか私の背後に回った島崎に肩に腕を回される。
それを振り払うよりも早く雑多な音が響いてハッとした。

此処…さっきまでいた道…


「またお会いしましょう」


不意に耳許で島崎の声がして、振り返る。
そこには島崎の姿は無く、行き交う人混みと元通りの雑音だけが流れていた。



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