部活動に精を出す生徒たち。
遠くに聞こえるグランドの喧騒を背に、律は差し出された手紙を手に持つこともなく女生徒に声を投げる。


「すみません。僕付き合ってる人いるので」


凛と立った姿勢を揺るがすこともなく放たれた言葉に、「誰と付き合っているのか」と食い下がられても、律はもう何度も同じやり取りをしたことがあるように答えて見せた。


「他校の人です。…もういいですか、まだ仕事があるんで」


---


とある日曜日。

話題作のアニメ映画を見ようと誘われた律は、大画面に映る実写さながらの自然の風景に「話題になるだけあって凝ってるな」と買った飲み物に口をつける。
ふと隣の席に視線を移すと律を誘った張本人のおなまえが目を輝かせ、画面に集中している横顔がモニターの光に照らされていた。

俳優が声を当てている主人公とヒロインが、物語が進むにつれて絆が深まっていくという在り来りなストーリー。
それを圧倒的な画力と表現力でカバーしているという印象だった律だが、隣のおなまえの表情を見るにすっかり感情移入しているようだ。


--わかりやすいよなぁ……


映画が、ともおなまえが、ともなしに律は一人胸の中で呟いた。


---


映画が終わり、空いた小腹を満たしにファストフード店で軽食を摘みながら、おなまえが座りっぱなしだった体を大きく伸ばして感嘆の声を上げる。


「っはぁ〜〜!良い話だったねぇ!」
「まあ、そうだね」
「うわ絶対思ってないよこの人」
「少しは思ってるよ」
「少し!?絶対名作だってコレ!」


物販で購入したパンフレットを広げながら「このシーン感動したぁ」と先程の光景を振り返りながらおなまえは足を揺らす。


「おなまえってハッピーエンドの映画しか見ないよね」


そう律が頬杖をつくと、言われたおなまえは頷いた。


「めでたしめでたし、がやっぱいいじゃん。……見れてメリーバッドエンドかなぁ…見たことないけど」
「それって、仮に見たとしてもおなまえの中じゃハッピーエンドになるパターンじゃ?」
「わかんないよ?だって見たことないし想像つかないし」


視聴者によって結末の善し悪しが変わる終わり方の映画をまだ見たことがない、というおなまえに律は「今やってるらしいけど、見てみる?」と聞いてみた。
ちょうど窓の外からさっきまでいた映画館の場外ポスターが見える。
その内のひとつを指差しておなまえの反応を窺った。
おなまえはその指の先を辿り、サスペンス風のポスターを見つけると「うーん」と眉を寄せて考え込む。


「なんか怖そうじゃん?」
「言うと思った」
「え。律アレ見れる?」
「見れるけど…」
「映画館でだよ?大画面、大音量でだよ??」
「映画館ってそういうもんでしょ」


事も無げに答える律に、おなまえは一層顔を顰めてミニパンケーキを苦い顔で咀嚼した。
「私は……テレビサイズだったらいけるかも」と苦し紛れに語るおなまえの様子が面白くて軽く笑うと、それに気づいたおなまえが今度はむすくれ始める。


「何よ余裕ぶって。ちょっと前までは律だってああいうの苦手だったじゃん」
「いくつの話だよ」
「あームカムカしたら喉乾いちゃったなー!」
「飲み物も頼めば良かったのに」
「律買って来て」


パンケーキだけが乗っているおなまえのトレーを見下ろして呆れた様に言う律に、ずいっと小銭を握った手をおなまえが差し出す。
溜息を吐きながら「はいはい」とそれを受け取って律が席を立ち、「アイスティーね〜」と離れていく律の背中に向けて声を掛けた。
階下のレジに向かう律は返事をするように手を振って、それを見届けるとおなまえは席に居直り窓の外をぼんやり見つめる。
何の気なしにさっきの映画のポスターや美容整形の看板、何処かに向かっていく人の波たちに視線を流していると、不意に横から声を掛けられた。


「ねえ」
「はい?」


見知らぬ、自分と同じか少し上くらいの年頃の女に声を掛けられ、おなまえは何事かと首を傾げる。


「アナタが影山君の彼女?」
「……あー」
「あー、じゃないわよ。ずっと見てたんだから、誤魔化さないで。アナタが影山君の言う、"他校の彼女"なんでしょ!?」


久し振りにこういうの来たな、とおなまえは内心毒づいた。
小学生時分から幼馴染の律との仲をよく疑われ、度々女の子からやっかみのようなものを受けてきたことがあるおなまえからすれば、こんな風に話し掛けられるのは珍しくもなかった。


--うーん……こういう人律嫌いそうだしなぁ〜……


ヒステリックに捲し立ててくる人はおなまえも苦手だ。
律はもっとだろうと思うと、ここは一芝居打って早々に諦めて貰おうとおなまえは苛立っている様子を隠しもしない目の前の女に向き合った。


「ハイハイ、そうですそうです。……で?何か御用ですか?」
「別れなさいよ」
「私と別れたらあなたと付き合うって律が言ったんですか?」
「そうじゃないけど…アンタみたいな女と影山君は釣り合わないって言ってんのよ!」
「あなたとだって律は釣り合いませんけど」
「ハァ!?」


誰と付き合うかなんていうのは律本人が決めることなのに、釣り合うだ釣り合わないだと他人が評価することに馬鹿らしさを感じ、つい思ったままをオブラートに包みもせずに言い放ってしまった。
おなまえの言葉は彼女にとって核心に触れるものだったのか、怒りで赤く染った顔で強くおなまえを睨みつけてくる。


「振られたのにわざわざストーカーまでして、時間の無駄でしょう?諦めて次の恋見つけて下さい」
「この、馬鹿にすんのも…いい加減にしなさいよっ!」


激高した女がその手を振り上げ、おなまえは殴られる覚悟を決めて歯を食いしばった。
振り下ろされた直後、脇から伸びた腕がそれを止める。


「何してるんですか、先輩」


腹の冷える程低い声が喚き散らしていた女を沈黙させた。
しかし律が掴む力が強かったのか、ギリ、と抑えられた手首から音がするとようやく「い、痛…」と蚊の鳴くような声を上げる。


「何を、してるんだって聞いてるんです」
「かっ……影山く…、ご、ごめんなさ……」
「謝る相手が違う」
「……っ…」


女の手首を掴んだまま、律がおなまえの方を示すと女は憎たらしげに再びおなまえを睨めつけた。
それを咎めるように律が眉を寄せる。


「おなまえに謝って下さい」
「………」
「謝れ」
「ヒ……ッ、ごめんなさい!!」


ビクリと肩を震わせて青い顔で女が頭を下げ謝罪する。
と、律はすぐに手を離して自分の体でおなまえを隠すように女とおなまえの間に割り込んだ。
女を見る律の視線の冷たさに耐えきれず、身を起こした女は逃げる様にその場から立ち去って行った。
その足音が遠くなってからやっと律は元の席に座る。


「ごめん」
「んー?いいよ、殴られる前に律来たし」
「それもだけど……」


ようやくやって来た水分を受け取って、ストローから勢いよく飲み込んでいたおなまえだったが、決まりの悪そうにしている律にピンと来て飲むのを中断した。


「…あー!"他校の彼女"?」
「うん……その、勝手に虫除けというか」
「いいよ別に。律モテるもんね。いちいち理由つけるのも大変だろうし」


「昔馴染みのよしみだし」と特段気にもしていない様子のおなまえに、安心する反面モヤモヤとした形容しがたい気持ちもわいて律は複雑そうな顔でおなまえを見つめた。


「どうしたの、お腹でも痛くなった?」
「ううん……意味わかってなさそうだけど、別にいいんだって思って」
「何の意味?」
「……はぁ」
「何で溜息!?」


律の言う虫除けとは勿論自身が告白されるのを避ける為のものであるのだが、それが同時におなまえを縛ってもいて、しかしそれでも構わないと了承するということはつまり付き合っているということにし続けていいと認めていることになる。


--……どうせ、よく考えてもわかんないんだろうなぁ…


また頬杖をついてつまらなさそうにおなまえを見た。
すぐに律の視線に気づいたおなまえは「言いたいことあるならハッキリ言いなよ」と唇を尖らせる。


「言ってもわかんないから、いいよ別に」
「はぁー?おなまえさんの理解力は律が思ってるより日増しに成長してますー!」
「どうだか。……頼むから次ああ言うことになったら、相手の気を逆撫でするようなこと言わないでよ」
「ん……善処、します」
「約束」


さっきのは相手があまりにも喧嘩腰だったから此方もつい同じ様に返してしまっただけなのに、とおなまえはいじけながらも律から差し出された小指に自分のそれを絡めた。


「モテる男は大変だね」
「……その彼女になったおなまえもね」
「名義貸しだから私は別に〜」
「ああそう。じゃあ、顔も借りるね」
「顔?」
「ハイ、1+1はー」
「にー!」


律の声につられて向けられた携帯に対して笑顔でピースサインをしたおなまえはカシャリと鳴ったシャッター音で我に返った。


「何で撮ったの?」
「待受にするから」
「えー私の事好きすぎない??」
「彼女が待受なの普通じゃない?」
「まあ……それは、うん…普通、だよね?」


言いくるめられていることに薄々疑問を感じながらも流されているおなまえは、今後も"彼女なら普通"と言う魔法の言葉で律に懐柔される将来に気付けもしていなかった。


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