※守衛出しゃばってます



「……ん?何だこれ」


自室で煙草を探していた吉岡は目的の煙草と一緒にポケットに入っていた見覚えのないケースを取り出した。
口寂しさを一刻も早く紛らわせる為に火のないままの煙草を咥えると、手に取ったその容器の表と裏を確かめたりパチリと封を開けて中を見てみる。
中には細かな灰が僅かに残っているだけ。

買った覚えのない携帯灰皿。
しかも白。
自分で買いそうにもない色だ。
なのに使った形跡がある。

薄いステンレス製のそれをもう一度ひっくり返してみるも、やはり心当たりもなく吉岡は首を傾げた。
本当に自分の物だろうかと疑問を抱いて「わかるわけはないだろうが」と一応匂いを嗅いでみる。
布や皮じゃあるまいし、とは思ったが念の為にしてみたその行動。
しかし吉岡の思惑は外れふわり、と確実に自分のものではない花のような甘い香りが鼻を掠めた。


「……は。女モン……?」


恐らく香水なのだろうその香りにやはり覚えはなく、一層深まった疑惑に吉岡は煙草に火をつけることも忘れてしばらくその携帯灰皿を持ったまま固まっていた。


---


『あー、もっと早く思い出すんだったぜ……』


やっぱり捨てて置くべきだったな、とエクボは部屋の外から吉岡の様子を窺っていた。
体を借りる時はなるべくその後に影響が出ないよう証拠隠滅をしてきていたのに、中の煙草を捨ててからも霊幻の仕事に付き合わされていてすっかり忘れてしまった昨日の自分を叱ってやりたい気分だ。


--いっそ今ヤツに入って捨てちまうか……?


物的証拠が無ければ違和感もその内忘れられることだろう。
さてどうするか、と小さな手で口許を摩ると少し離れた所から「あら」と声が聞こえた。
チラ、と視線を声の方に向けると日傘を差した女と目が合う。
確実に宙を漂っている自分を見ている、とエクボは気付き目を凝らせば服装こそ違うが昨日成り行きで共に除霊をした悪魔祓いの女だと思い至った。


『……あ!お前!ボウガンの!』
「昨日の今日でお会いするとはまさか思ってもいませんでした」
『それは俺様のセリフだぜ』
「奇遇ですね」


クスクスと笑うおなまえは、オフなのだろうか修道服でもなければ背にボウガンもない。
近付いてみても霊素が削られそうな嫌な感覚もなくエクボは内心安堵した。


『何してんだこんなトコで』
「お買い物にでも行こうかなと思いまして、駅に向かっていた所です。今日お休みにしてますので。何やら霊の気配がすると思って此方を通り道にしてみたのです」
『なるほどな。まあ、いつもあんな格好な訳がねぇか』
「お仕事の時だけですよ、勿論。エクボ様は一体何を?お部屋の中を窺っていたようでしたが……」
『あ〜……何だ、その。野暮用ってやつだ』


おなまえがエクボが漂っていた辺りを見上げる。
また人に取り憑こうとしていたとわかれば矢こそ無いが祓われるかもしれない、とエクボはこの場から早くおなまえを追い出したかった。
『買い物すんだろ。こんなトコで油売ってると日が暮れちまうぜ』と言ってみたが、まだ陽は真上にも昇ってはいない。


「ゆっくり過ごすつもりなので御心配なく」
『…ホレ、端から見たらお前さん独り言をブツブツ言ってる不審者だしよ』
「わたくしたちしか今此処にはおりませんよ?」
『で、出てくるかもしれねぇだろ』


流石に苦しい言い訳か、とエクボが顔を顰める。
すると微笑んだままだったおなまえの目が不意に細められた。


「わたくしがいると不都合なことがありそうですね、エクボ様」
『んな訳ねぇだろ。いようがいまいが関係……』


誤魔化そうとした矢先ガチャリとエクボが覗き込んでいたアパートの一室から誰かが出てきた。
自然と二人が音のした方を見ると、部屋から出てきた住人は吉岡だった。


--今テメェは出て来なくていいんだよ……!


マズい、とおなまえを横目で見れば一層笑みを深めてエクボを見ていて、エクボの霊体に青みが増す。
人が出て来たからか言葉こそ発しないが、おなまえの目が「また取り憑こうとしてたんだな」と確信を持っていることは伝わり、逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし霊体の端を確りとおなまえが指先で掴まえていて、エクボは『いや、灰皿をだな…』と零す。
しかしおなまえは何も言わず、笑顔も指先も変化はなかった。

2人がそうこうしている内に階段を降りた吉岡が道に出て来て、2人に背を向けて歩き出す。
するとおなまえはエクボから手を離し吉岡を追うように歩き始め、徐ろにショルダーバッグからハンカチを取り出し超能力でフイ、と浮かせた。
一陣の風が吹き上がると、それに合わせて小さな悲鳴を上げてその声に振り返った吉岡の顔にレースのハンカチがへばり付く。
咄嗟にそのハンカチを取り払って、吉岡は手元のハンカチからおなまえに視線を移した。


「のわっ……コレ、あんたのか?」
「ああ、すみません。ありがとうございます……あ、」


風に煽られそうだった日傘を畳みハンカチを受け取る間際、おなまえが意味ありげに声を洩らす。
吉岡は「ん?」と首を傾げたが、そこに再び吹いた風がふわりとおなまえの髪を揺らした。
その香りに吉岡も目を瞠る。


「あ、あの……人違いだったらごめんなさい、昨日……」


おずおずと声を掛け吉岡を見つめるおなまえの目は不安そうで、儚げに見える。
一瞬自分の強面のせいでこんなに怯えられているのかと思った吉岡だったが、"昨日"というワードに「もしかして」と反応した。


「昨日、会ったことあるか?」


吉岡の言葉におなまえは花を咲かせたように顔を綻ばせて、「ああ、やっぱり…!」と頬を高揚させる。


「酔い潰れていた所を介抱して頂いて……昨日に続いて今日まで。本当にありがとうございます」
「あ、あぁ……悪い、俺その時の記憶が薄くてな」
「そう、だったんですか?」


吉岡の返答におなまえが寂しげに眉を寄せた。
その表情を見て探った所で見つかりもしない記憶を思い出そうと努めたがそれも徒労に終わり、もう一度「すまない」と吉岡は謝罪する。


「あ。じゃあコレ、アンタのだろ。紛れちまったのか落としたのを拾ったのか定かじゃねーけど、俺が持ってたんだ」
「まあ、いつの間に。無くしてしまったと思っていました」


ハッと携帯灰皿の存在を思い出して吉岡はポケットから白いケースを取り出した。
おなまえはそれを受け取るとニコリと吉岡に微笑みかける。
「今度何かお礼をさせて下さい」と懐から"心理カウンセラー"の名刺を差し出して渡すとちゃっかり吉岡の連絡先を控えておなまえは日傘を差すと一礼をしその場を後にした。

吉岡に背を向け様にエクボに向かって小さくピースマークを出し、視線で「着いて来い」と合図する。
一連の流れを見届けていたエクボは『逆ナンかよ』と小言を零した。


「命を助けて貰ったお礼……にしては安いですけれど、証拠隠滅のお手伝いですよ」
『……だがよお……』


受け取ったアッシュケースをヒラヒラと見せ付けてくるおなまえにエクボは心配そうに後ろを振り返り吉岡を見た。

記憶が無い間に酔った女を介抱して?
しかもその女の持ち物を持ち帰っていて?

まるで一夜のうちにそれらしいことがあったようではないかとエクボは『他にやりようなかったのよかよ』と仮にも聖職者のはずのおなまえをじとりと見る。


「誰に何と思われても、特になんともわたくしは思いませんので」
『…へえへえ。でも良いのか?アイツに礼とやらをする約束までしちまって』
「助けて頂いたのですもの、辻褄合わせ程度致しますよ。それに、わたくしの影があればあの方に取り憑き難くなりますでしょう?」


「二度目は無いと申し上げた通り、人様に取り憑くのは見過ごせませんよ」とエクボは釘を刺された。


『俺様への礼ってなら、俺様のことは見逃して貰えると助かるんだが』
「そうですねぇ。でも、悪霊は悪霊ですし……経過観察がまだまだ必要です」
『観察って……やめろよまたひょっこり遭遇しそうなこと言うの』
「フフ。どうでしょう、偶然というのは自身に必要な必然であるという教えもあるくらいですから。わたくしは運命に任せておりますので会うかもしれませんし、会わないかもしれませんね」


先程吉岡にしていたような"普通の女"の顔からもう"シスター"の笑みを取り戻したおなまえの横をフヨフヨ揺蕩いながらエクボは『ハッ』と鼻で笑う。


『教えだとか運命だとか……そういうこと言うとお前さんもシスターらしく見えるぜ』
「これでも悪霊と見るや否や有無を言わさず除霊して回っていた時期からすれば丸くなったのです」
『そのまま丸くいてくれや』


服の下に隠れていたロザリオを襟元から取り出して見せてくるおなまえに、『祓うんじゃねぇ!』と一喝すると「何もしていない内は祓いませんよ」とさも心外そうに返してくる。


『どうだか。"信じる"っつった癖にいつでも捕まえられるよう鎖忍ばせるようなヤツだからな』
「あら、その説はすみませんでした」


本当にすまないと思っているのか読めない声のトーンに、エクボは眉間の皺を深めた。
というか、自然とおなまえについて来てしまっているがおなまえは休みを謳歌しに出掛けに来たのではなかったか、と思い出して『ちなみに今何処向かってんだよ』と聞いてみる。


「ウィンドーショッピングにでも行こうかなぁ、と思っていたんですけど…予定変えちゃいましょうか」
『変えちゃいましょうか……って、何で俺様に聞いてくんだ』


日傘を傾けてエクボを見上げながらおなまえはうーん、と悩む様にエクボに尋ねてきた。


「わたくしたち、もう少しお互いを知る必要があるんじゃないかなと思いまして。エクボ様は祓われたくない。わたくしは悪霊を見過ごせない。なら仲良くなればきっと問題解決だと思うのです」
『……仲良くなる必要があるか??』
「お友達のよしみで祓わないであげられます、よ?」


よしみ、か……とエクボの中で天秤が揺れる。


『はぁー……見てみろよ、俺様こぉんなにチャーミングで幼気なヤツだぜ?仲良くなる以前に、人畜無害なのなんて一目瞭然だろ?』


くるりとおなまえの周りを1周して小さな人魂の姿をアピールしてみるも、おなまえは困ったように眉を寄せて「わたくしの目にはそれなりの霊力を溜め込んでいる中々な悪霊様に見えます」と答えた。
『騙されてくれやしねーか』とおなまえの力量を改めて認めるとエクボは舌を打つ。


「わたくしも無害と信じたい気持ちはあるんですよ」
『……そうかい』
「ですから、親睦を深めてお互いを信頼してみませんか?」
『……』
「そんな嫌な顔なさらずに」


「チャーミング、が台無しですよ」と笑われる。
この類の人間には説得を試みるだけ時間の無駄か、とエクボは溜息をひとつ吐いて折れることにした。


『じゃあ俺様からもひとつ言いたいんだが』
「聞きましょう?」
『その"何言われても響いてません"みてぇなヘラヘラした顔、やめてくれ。胡散臭え』
「まあ、ひどい。如何なる時でも笑顔を維持するの、そこそこ大変ですのに」
『過去の俺様がチラついてどうにも落ち着かねぇんだよ』
「あら、懺悔なさいますか?わたくしそういうの得意ですよ」


この笑顔を見る度に感じていたそこはかとない不快感の原因に思い至りエクボは苦々しい顔でそう言う。
"やめろ"と言われたからかおなまえは真顔で、まるで胸を貸し与えでもするように両手を広げてエクボに向き直った。


「わたくしの懺悔スキルでもしかしたらエクボ様、成仏なされてしまわれるかもしれませんが」
『誰が成仏なんかすっかよ!御免被るぜ』
「残念です……いえ、良かったかもしれません」


「折角お友達になったのに、早々に成仏されてしまったら流石のわたくしも泣いてしまいます」と戯けるおなまえに、『もう友達気分かよ。俺様そんなに安くねーぞ』とエクボは小突いて一蹴した。



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