--たまの外出と思えば手伝ってやるのも悪かないか、と思ったらコレだ…。


エクボはポキと首を鳴らすと胸ポケットを探って取り出したジッポで煙草を燻らせる。
紫煙がゆらゆらと立ち上り、ステンドグラスにぶつかっては溶けていく。
外の光を受けて荘厳さを醸し出す聖母マリアを見上げてエクボはもう一度煙と共に溜息を吐き出した。

夜な夜なチャペルに現れるという花嫁の幽霊。
その除霊を頼まれて出張してきたはいいが、霊が現れるという礼拝堂に向かっている最中、「コープスブライドかよ」と笑っていたはずの霊幻はいつの間にか姿を消してしまった。


『……ったく、ここまで一本道だってのにあの野郎。迷子かそれとも……』


花嫁とやらに拐かされたか。

仕事が増えたかと煙草の灰を傍らの水受けに落とそうとすると、突然脇から携帯灰皿が現れた。


「それは聖水です。灰はこちらにどうぞ」
『お、おう?』


口を開けた灰皿を持つ腕を辿ると、そこには修道女が立っていた。
思わずそれを受け取り言われた様に灰を落としながら、エクボは持ち主を見る。
素手を隠す白い長手袋は清廉さを表すように汚れひとつなく、凛とした声は穏やかに語りかける様。
しかし白百合のような微笑みの背後に背負った物騒な物をエクボは認めると嫌な予感に一歩後退った。
その直後キラリと一瞬前までエクボの顔があった空間に冷たい刃物が煌めいて、それを振り被った勢いのまま修道女は背中のボウガンを素早く踏み構えエクボに矢先を向ける。


「わたくし悪魔祓いをしておりますおなまえと申します。どうか御見知り置きを。そしてさようなら悪霊様」
『待て待て待て!』


咄嗟に柱の影に隠れるエクボ目掛けてバスン!と矢が深く突き刺さった。
柱に突き立てられた矢からは退魔のまじないがされているのか、すぐ側のエクボの霊素を蝕んでいく。


--この女アタマのネジ飛んでんのか!?


『オイ聞け!俺様は除霊の依頼を請けて来た相談所のモンだ!』
「まあ、悪霊様がお一人でとは。いたく信用されておいでですのね」


おなまえが再びボウガンに矢を込め、構え上げる。
ギリギリと弦が引き絞られる音に背筋が冷えそうなのを堪えてエクボは矢が打ち込まれていない柱に移動しながら声を上げた。


『一緒に来てた野郎がいなくなっちまったんだよ!とりあえず撃つなっての!危ねぇな』
「それはおかしな話ですね。この教会ははぐれてしまう程複雑な構造ではありません」
『俺様も探してんだ……というか、悪さしようってつもりのヤツがあんな所で暢気に吹かすか!』
「……確かに……隙だらけでしたものね」


おなまえはエクボにゆっくりと向かっていた足を止め、エクボの言葉を聞きようやくボウガンを降ろした。


「人の体に取り憑いているのが気掛かりですけれど、一先ずは信じましょう」
『……ならそこの矢しまってくれよ、気が気でねぇ』


未だ警戒を解かないままエクボがそう告げると、おなまえは手を宙に掲げる。
すると矢は光を帯びておなまえの手中にフイ、と戻って行った。


『超能力か』
「意外と筋力を要しますので。自力では大変でしょう?」


女の細腕で軽々とボウガンを扱っていたのは超能力で補助していたのか、とエクボは笑顔を称えたままのおなまえを観察する。
悪魔祓い、と言っていたがこの教会の職員が更に呼んだのだろうか。


--花嫁の幽霊ってのはそれだけ厄介なのか?


ぐるりと礼拝堂を見渡してみても、昼だからなのか霊の気配はない。
往々にして悪霊の好む場所というのは人の悪意や負の感情が沈んだような陰気臭い場所が多いが、此処は教会。
空気は澄んでいるし悪意が渦巻く場所でもない。
一見霊が現れるようには見えない、というのがどうにもエクボの気に懸かった。


「悪霊様は除霊にいらっしゃったそうですね」
『ああ。お前さんもか』
「同郷のシスターが此方でお世話になっておりまして。彼女からお願いされたのです」


同郷、というそのシスターには超能力なり霊能力はないのだろうか、とエクボがおなまえを見るとその視線に気付いたおなまえは笑顔を崩さないまま「彼女は未能力者です。けれど、彼女の第六感は中々どうしてよく当たりますので馳せ参じた次第です」と目を細める。
おなまえの聖職者然とした笑顔は本来人の心を穏やかにするのだろうが、それに怖気を感じるのは自分が悪霊だからなのだろうかとエクボは『ああそうかい』と引き攣った笑みを返した。


「悪霊様のお連れ様が行方不明になったとのことですが」
『明るい髪で、こんくらいの背で、灰色のスーツの野郎だ』
「……お見掛けしておりません。いなくなったことに気が付かれたのはいつ頃ですか?」
『集会室を抜けてからこの礼拝堂に向かっている途中だ』


集会室から礼拝堂までは十数メートル程度の通路があるだけ。
おなまえが「見て参りますね」と踵を返すその背中をエクボも追う。
通路は天窓からの明かりが降り注いでいて、人が隠れられそうな物陰もなくおなまえは壁をなぞって不審な点がないか確かめた。


「悪霊様」
『エクボだ』
「エクボ様。お連れ様が此処に来てから消えてしまうまでの間、その方は何かを見たり触れたりしていましたか?」
『そうさなぁ……集会室では一通り色々見てたが、触ってはいなかったな』
「そうですか…集会室はわたくしも先程入りましたが、呪いや霊的なものは感じませんでしたが、もう一度見てみましょうか」


もし霊によって姿を消してしまったのなら、その霊の残滓の様なものがあるはずなのだがそれすらも見受けられず、エクボは自分が疑われてまたボウガンを向けられる覚悟を薄々していた。
しかしおなまえは先程急に襲いかかって来たのと打って代わり、今はそんな素振りは微塵も見せずエクボに問うてくる。


『俺様が嘘をついてるとは思わねぇのか?』
「ええ。信じると申し上げましたもの」
『……』
「それにもしエクボ様がお連れ様を害していたのなら、わたくしに着いては来ないでしょう?」


そう微笑むおなまえの背で鈍く光を反射しているボウガン。
いざとなれば祓えるという自信が垣間見えてエクボはさっき撃ち込まれた退魔の矢を思い出し苦い顔を浮かべた。
今その矢は仕舞われてこそいるが、出来れば近付きたくもなくて数歩離れた距離を維持している。


『……あー、あとは花嫁の霊の話をしてたか』
「霊の話?」
『この廊下でよ。霊の花嫁と聞いて"コープスブライドかよ"って笑って話してたんだが、その後礼拝堂の扉を開ける時にはもういなくなっちまってた』


霊幻の様子を思い出しながら話すと、おなまえは「まあ」と口許を手で抑える。


「おいそれと霊を呼ぶだなんて、お連れ様は怖いもの知らずで御座いますのね」
『…否定はしねぇ』
「けれどその言葉に反応したのでしたら、霊の痕跡がありそうなものですし、今お話されていたエクボ様はこうして消えないでいらっしゃるのが不思議ですね」
『俺様にだってわか……』


首を傾げておなまえがエクボに背を向け通路を見渡す。
その瞬間、わからねぇ、と言い放とうとしたエクボの視界が突然真っ白に染まった。
強い光にも似たものに目を眩ませて思わず瞑ったが、状況を把握しようと腕で影を作り目を開ける。
視界に入ったのは白い花弁が散りばめられた真っ赤なカーペット。
ハープとパイプオルガンの音色が響いて顔を上げると、カーペットの先にヴェールを被った白いドレスの女がいた。


--コイツが霊の花嫁か…!


花嫁の頭上には様々な服装の男たちが意識なく浮かんでいる。
その中に霊幻の姿を見つけてエクボは『霊幻!』と声を荒らげたが深く眠ったように反応がなかった。


『……アナタ……』


ヴェールを被ったまま女が振り返る。
手にはブーケを持ち、まるでエクボを誘うように手を伸ばしてきた。


『誓イヲ……』
『ハッ!俺様あいにく所帯持つ気はねぇよ!』
『………』


ピタリと伸び掛けていた女の腕が止まり、ゆっくりとエクボに向かって人差し指を向ける。


『ソノ、オンナ……』
『女?』
『……誰ナノ…?』


自分に向けられたと思っていた指の先へエクボも振り返ると、ジャラ、と音がして自分の片足に鎖が巻かれていることに気が付いた。
鎖を辿ればその先にはニコニコと笑みを浮かべたまま此方に歩くおなまえがいて「まあ。もうひとつチャペルがあったんですね」とカーペットを踏む。


『テメェどうやって…』
「念の為エクボ様をいつでも拘束できるように仕込んでおりました。こんな形で役立つとは思っていませんでしたが、結果オーライ!というやつですね」
『コイツ……ッ』


--何が「信じると申し上げましたので」だ!!


エクボが胸中で毒づきながら足の鎖を解く傍らで、おなまえはボウガンを踏み矢を番えると花嫁に矢先を向けた。


「初めまして花嫁様。悪魔祓いのおなまえと申します。申し訳ありませんが、貴女を祓わせて頂きますね」
『私カラ……カレヲ奪ワナイデ!!』


花嫁が叫ぶとカーペットに散らばっていた花弁が巻き上がり風の渦ができる。
花嫁を守る壁のように渦が並ぶと、おなまえは顔にかかるベールを耳に掛けて視界を保った。


「そんなに沢山御囲いになって、全員と結婚なさるおつもりなのかしら?」
『どうすんだよ。あの風じゃその矢も役に立ちゃしねーだろ』
「お構いなく」


エクボの心配も他所に、おなまえは矢を撃ち出した。
真っ直ぐ飛んだ矢は風に阻まれてその勢いを無くすが、光を纏って意思を持ったように風の渦を避けて飛び上がる。


「飛ばないのなら、操るまでです」


矢が花嫁の背後目掛けて進む。
しかし今度は頭上に浮かんでいた男の体が矢と花嫁の間に割り込んできた。
おなまえは慌てて矢の軌道を変えて男を避ける。


「大事な花婿様の一人ではないのですか?」
『あんだけ男がいりゃ一人くらい構いやしねーのかもな』
「不埒ですこと」
『誓イノ邪魔ヲ…シナイデ!』


花嫁が腕を振り上げると並んでいた長椅子や花瓶たちが次々にエクボ達に向かって落とされる。
二人はそれらを避けながらそれぞれ花嫁と宙の男たちを見た。


『ヒステリックな女は俺様苦手だぜ』
「あんなに殿方を捕まえても未だ彼女は満ちていないのですね……時にエクボ様。あの中にお連れ様はおられますか?」


超能力を使っているのか、ボウガンを背負っているとは思えない軽い身のこなしで花嫁の猛攻を避けながらおなまえが尋ねる。


『いるけど仮に起こした所で役に立ちゃしねーぞ、アイツは0能力者だから、なッ!』


避けた先に飛んできた椅子を花嫁に向かって蹴飛ばしてみたが、風の壁がバキバキと椅子を崩して届くことは無かった。
『面倒な壁だぜ』とぼやくと、足元のカーペットが大きく弛んだ。
反射的に離れればエクボの後方で何かが倒れ込む音と「痛」と言うおなまえの声がして振り向く。
カーペットにつまづいて倒れてしまったおなまえ目掛けて振り落とされる木像をエクボが手近にあった椅子だった棒で弾き落とすと、おなまえが笑顔を浮かべるのも忘れてエクボを見上げた。


「あ……ありがとうございます…」
『早く立て。アイツ何でもかんでも飛ばして来やがる』
「は、はい……あっ!」


エクボに言われておなまえが手を付き立ち上がろうとすると、その腕にカーペットが巻き付きおなまえを簀巻きにして空中に浮かせてしまった。


「あらまぁ」
『あらまぁ、じゃねーよ!立てって言った側からテメェ!』
『生涯ノ契リヲ……誓ッテ……』


意識の無い男たちと同じ様に宙を漂うおなまえ。
未だ花嫁の前には旋風が壁となって阻み、砕かれた椅子や像の鋭利な破片がエクボを狙う。
せめてあの風の壁さえどうにか出来れば距離を詰めてタイマンに持ち込めるだろうが、とエクボが舌打ちを打つ。

するとカーペットに巻かれたままのおなまえが何かを言いたげに此方を見ているのに気が付き、花嫁に悟られないようチラリと意識を向けた。
おなまえはエクボと目が合うと足先をトントンと合わせて「来い」と言うように頷いている。
身動きが取れないままなのに一体何を、と一瞬思ったが、おなまえがいるのは壁の内側だと気が付くと『なるほどな』と意を汲んだエクボが口端を上げた。


『しゃあねえな。テメェに賭けてやるよおなまえ!』


勢い良く男の体から飛び出て、おなまえの体に入り込む。
了承の元だからか、抵抗ひとつなくおなまえの体の制御がエクボの管理下になる。
近づいた時に感じた退魔の矢の力が気掛かりだったが、聖職者という器の中に入ったからか霊素が削られる感覚もない。


『ちと借りる、ぜ!』


おなまえの体にまとわりついていた布地を内で隠し持っていたナイフで切り裂き、落ち様に花嫁に頭上から切りかかった。
布の散らばる音に身を返していた花嫁のヴェールが裂け、頬に一筋の赤い線が走る。


『ア……、ア、ワタシ……私ノ、顔……!』
『死化粧にしちゃ派手で、良い顔だろっ!』
『ギャアア"ア"ア"ア"!!』


掴みかかろうとしてくる花嫁の腕を回し蹴り、返し身でその胸にナイフを突き立てた。
刀身が短く踏み込みが甘い、とエクボが感じると突然重力が増した様にナイフを掴んだ腕が光を帯びて重くなり、より深く刃が花嫁の身に食い込む。
花嫁の叫び声と共に空間にピシリと歪みが走って、ガラスが砕ける様に飛び散ると花嫁の姿も消えた。

ドサリと宙に浮いていた男たちが床に落ちてきて、いつの間にか元の教会の礼拝堂に帰って来ていた事に気付く。


「……〜〜ってぇ……」
『起きたか霊幻。…ったく足引っ張りやがって!』
「えっ。ど、どちら様…」


落ちた衝撃で意識を取り戻した霊幻がむくり、と起き上がる。
見知らぬ女に急に怒号を浴びせられて霊幻がたじろぐと、『あ。そうだった』とエクボはおなまえの体から元の男の体に戻った。


『悪ぃ悪ぃ。ちょっと借りてたの忘れたまま話し掛けちまった』
「ん?じゃあ今のエクボか?……その人は…?」
「……忘れられてしまうととても困りますね。お疲れ様でしたエクボ様」


エクボが出て行ったことでおなまえも意識を取り戻して、修道服についた細かな木片を手で払うと霊幻たちに向き直る。


「お連れ様や被害に遭われた方々も無事に帰ってきた事ですし、わたくしはお先にお暇させて頂きますね」
「ん。ん?何の話だ」
『おー。お前の体使いやすかったぜ。お疲れさん』
「二度目は御座いませんので、悪しからず。…それでは御機嫌よう」


床に落としていたボウガンを掴み上げニコリとエクボに微笑み掛けてから、おなまえは初めて会った時のようにボウガンを背負い礼拝堂を出て行く。
やはり体に対して軽々と扱うように見えるのは、それがおなまえの重力操作に依るものだと今のエクボならわかる。
霊能力と超能力のハイブリッドとは。
茂夫に会う前だったら欲しがったかもしれねぇな、とエクボはその後ろ姿を見送る。

一方でおなまえに聞こえないよう小声で「え。何アレ。コスプレ?本物?天草の仲間か?」とエクボとおなまえの背中とエクボを交互に見る霊幻に、エクボは『本当にテメェは肝心な所で抜けてやがんな』と一仕事終えた一服を吹かした。


『オラ、報告行くんだろ』
「バッカ、エクボ!煙の臭いが着くだろうが消せ!」
『はぁー?俺様一番の功労者なんだが?』
「後にしろ。帰るまでが仕事だぞ」
『……へいへい』


ふーと息を煙と共に吐き出しゴソリとポケットから真新しい携帯灰皿を出して、一度それに目を落としてからグシ、と咥えていた煙草を押し付けて消す。
パチリと灰皿の口を閉めると立ち上った煙が名残を惜しむようにステンドグラスにぶつかって溶けて行った。




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23.01.23 / 超能力者夢主と2人で除霊
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