ガランガランガランと喧ましく打ち鳴らされるハンドベルの後を追って周囲から拍手が上がる。
たまたま通りがかった商店街で「そう言えばお茶が少なくなっていた」と思い出して相談所の備品を買っただけなのに、どうやら今日の私は幸運の神様に愛されているらしい。
町興しのエプロンを付けた気前の良さそうなおじさんから満面の笑顔で手渡された封筒には”1泊2日 甘酒温泉旅行送迎バス付き”のチケットが紛れもなく入っていて、「やー、ついてるね姉ちゃん!彼氏とかとゆっくりしなよ」というおじさんの声に愛想笑いを浮かべながら私は「どうしたものかなぁ」と買い物袋を下げながら相談所に帰って行った。


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その翌日。
いっそ私に本当に恋人がいれば良かったのになぁ、と駅前広場の手前で花壇の縁に腰掛けながら私は溜息をついた。


--……まぁ、彼氏なんていないし。私の恋は報われないんだけど。


いい歳して、叶いもしないとわかりきっている相手に想いを寄せている。
時折手が届きそうになって、だから焦がれて、結局徒労に終わるんだとわかっているのにそれでも想ってしまう。


霊幻さんに押し付けたくて、相談所に温泉旅行のチケットを持ち帰った私は霊幻さんにそれを渡したのだけれど、「お前が当てたんだから、行ってこいよ。休みはやるから」とさらっと流されてしまった。


--「これペアなんですけど」
--「んー?……2名”まで”ご利用できますってあんじゃん。1人でもいいってことだろ」
--「はあ…」
--「期限明後日までじゃねーかコレ。すぐ使わないと損だぞ。じゃあ明日は芹沢に来てもらうから」


「土産買えたら頼むな〜」とヒラヒラ手を振った上司の姿を思い出して、「なら霊幻さんが行けばいいのに」と小さく呟いた。
別に霊幻さんに恋慕している訳では無いが、わざわざ”ペア”と掲げられている物におひとり様で向かうというのがどうも虚しさを掻き立てて嫌だった。

霊幻さんの脇でふよふよと人魂をゆらめかせていた彼に「ならエクボさん一緒に行きませんか」なんて小心者の私が言えるはずもなく--そもそもエクボさんは幽霊な訳だから--想い人を誘いたいけど誘えない自分というちっぽけさが浮き彫りになるのも。

昨晩送迎を頼んだ電話口では3名以上は追加料金が発生すると注意があっただけでこちらが何名なのかは聞かれなかったが、これからやってくる送迎バスやその後の旅館では流石に「1名です」と宣言せざるをえないだろう。


「はぁ〜……」


気が重くなるイメトレに何度目かの溜息を吐くとちょうどポケットの中で携帯が震えた。
見知らぬ番号に誰だろうと思いながら通話ボタンを押す。


『よォ、俺様だ』
「……その声、エクボさん?どうしたの、電話なんて」


ビクリと肩が震えた。
ついさっきまで誘えるものなら、と考えていたその人の声だったから。


『電話はこの体のやつんだ。お前さん今どこいる?』
「駅前広場の…、ワック側の歩道のとこだけど」
『……あー、いたいた。そこにいろよ』
「えっ」


ブツリと一方的に切られて電子音が響く携帯を見つめる。
「いたとは?」と首を傾げている内に足元に影が落ちた。


『俺様も連れてけや、その旅行』
「うわ。エクボさんよりにもよってその人の体借りてきたの」
『コイツ暇そうだったし。良いんだよんなこたァ』


見上げるとちょこちょこエクボさんが体を借りてる強面の男の人がいて、頬にエクボさんのトレードマークが浮かんでいる。
片耳にちぎれたような傷跡があるのも相まってどう見てもカタギに見えないから、私はその人の姿でエクボさんが現れる度一瞬怯んでしまう。
今日は仕事じゃないからかTシャツにジーパンのラフな出で立ちだけど、それでもガラが悪く見えるのはエクボさんの所作のせいだけじゃないはず。

そんな私を知ってか知らずかエクボさんは私の隣にドサリと腰を下ろして『送迎ってのはいつ来るんだ?』と煙草に火をつけようとする。


「ここ禁煙エリアだからダメだよエクボさん。あと10分くらいだって」
『何だ急ぐことなかったぜ』
「そんなに温泉行きたかったの?」


素直に煙草をしまって腕時計を確認するエクボさん。
意外にも温泉好きだったんだろうか。
思わぬサプライズに高鳴る胸を誤魔化すようにそう尋ねた。


『前、シゲオたちについて行った時は俺様霊体だったから雰囲気しか味わえなくてよ』
「あぁ、そうでしたか」
『ペアのチケットなのに1人なんて寂しーだろ?俺様がついてってやるよ』
「……ありがとうございます」


ニヤニヤと笑みを浮かべられると一層関わっちゃいけない人感が出る。
でも1人旅をした経験もないし、エクボさんが来てくれるのは正直言って嬉しい。
しかもペアと掲げられたものにわざわざ参加するなんて、まるで本当のカップルのようだと気持ちが浮ついてしょうがないのに、天邪鬼な私の口は生意気な言葉で平然を装った。


「でもどうせならその人じゃないのが良かったです」
『はァ?我侭言うなよ色々大変なんだからな』
「だってその人怖いし」
『いい加減慣れろよ…中身は俺様だぞ』
「中身がエクボさんなのは重々承知なんですけど……」


隣で足を組み片膝に肘をついているエクボさんを盗み見る。
やっぱり、頬が赤いというチャーミングさでは拭い切れない程イカつい。
最近は芹沢さんのお陰でエクボさんが人の体を借りてくる機会も少なくなっていたから、余計にこの人への免疫がなくなっていたのかもしれない。


「エクボさんというチャーミングさよりもイカつい人のインパクトの方が強いです」
『オイ。』
「大体ホントに旅行いきたいんですか?荷物全然ないじゃないですか」
『1泊だろ?んなモンどうにかなる』
「楽観的すぎ…」
『お前は悲観的すぎ』


エクボさんが険しい顔をすると、ちょうど目の前にライトバンが停まった。
運転手が降りて「みょうじさんですか?」と尋ねられ、私が頷くと「甘酒旅館までお送りします」と後部座席のドアを開けてくれる。
立ち上がってボストンバッグを持ち上げようとすると、脇から手が伸びて私の荷物が浮かんだ。


「あ…え、エクボさん。大丈夫ですよ、そんな重くないですし」
『今はな。どうせ霊幻に土産頼まれてんだろ。ホラ乗るぞ』


自分で持てるのに、エクボさんはわざわざ荷物を私と反対の手に持ち替えてさっさと乗り込んでしまう。
『ん』と段差の前で空いている方の手を差し出して来て、その手を取る直前「まるでデートだ」とつい思ってしまった。


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旅館に着いて早々に、私はフロントでこっそり部屋のオプションを確認した。
案内係の人は私の後ろに立ってるエクボさんを見て、「…こちらのお部屋でしたらすぐにご用意できます」と別の部屋を勧めてくれる。
カード決済できるかどうかを念の為聞いてから、勧められた方の部屋に向かった。


『は〜。商店街の福引でなんてたかが知れてると思ったが、いい部屋もあるもんだな』
「失礼だよエクボさん」


グレードのあがった部屋にご満悦のエクボさんを尻目に早速机の上のお茶菓子を食べたくてポットを沸かす。
「エクボさんもお茶いる?」と聞けば『おう』と座椅子に胡座をかいて私の向かいにエクボさんが腰を下ろした。

真正面から見える範囲には少なくともお絵描きされてない腕と首を、さらっと視線をやって確認する。
目聡く私の視線に気付いたエクボさんが『あ?どうした』と声を掛けてくる。


「……その人ってタトゥーとか入って、る?」
『タトゥー?』
「刺青」
『お前見たことあんだろ』
「え。覚えてない。いつです?」


私が目を見開いて聞き返すとニィとエクボさんが口角を上げた。
どうやら答えてくれる気はないみたいだ。
仕方なく自分の記憶を思い起こすが、やはり見た覚えなどない。はず。
でもエクボさんが根拠もなしにこんな冗談言うはずもないし…。

黙りこくって思い出の引き出しを漁りまくっている私を他所に、エクボさんは自分で沸き終わったポットから湯を注いでお茶をいれ始めた。
ご丁寧に2人分用意して自分の前と私の前とに湯呑みを置く音で我に返る。


「あ。ありがとうございます」
『ん』


ズズズと茶を啜る音。
まるでお猪口を持つかのような独特な持ち方の湯呑みが降ろされるのを待ってから私は尋ねた。


「あの、思い出せないんですけど……私いつその人の体見ました?」
『…だろうなァ、なんせあん時ゃおなまえベロベロだったし』
「……飲んでたんですか?」
『ケケケ』


芹沢さんの歓迎会の時だろうか。
急いで自分が深酒した日を思い出そうとするがその記憶にエクボさんの姿はない。
この人の体でエクボさんも来てたんなら忘れるはずないのに。
なんというか、強烈なのだ。
見た目は全く好みじゃないのに、中身がエクボさんだとどんな仕草もいちいち目についてしまって、怖さと恋しさとで過剰に見てしまう自覚があった。
だから少なくとも私がお酒を飲み始めた時点ではエクボさんはいなかったはず。

喉を鳴らしながらエクボさんが煙草にジッポを寄せて、火の立つ音の後ふよりと煙が舞い上がる。


『まァ、折角の旅行だ。楽しもうや』


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常に湧き続ける温泉の水音と、外を流れる滝の音が混ざりあって聞こえる。
エクボさんの体に刺青が入っている可能性を考えて露天付きの部屋に変えたのはいいけど、予算オーバーかも知れないという野暮な思考を振り払って首まで湯に使って目を閉じ、都会の喧騒とは違う騒々しさに集中した。

こういう自然の音に囲まれていると、悩みとかどうでもよくなりそう。

ほう、と朝とは違う意味で息をつく。
指先の芯まで温まって頬に熱が溜まっていく。


「極楽極楽〜」
『何ババ臭ぇこと言ってんだ』
「ぶはッ!!!」


急に入口の戸を開けて入ってきたエクボさんに驚き、危うく沈みそうになったのを風呂の縁に腕を回して回避した。


「なな何入って来てるんですか!」
『温泉入りに来たんだぞ?入って当然だろうが』
「私がまだ入ってるでしょうが!!」
『いりゃあいいじゃねぇか』


入室したエクボさんは当たり前だけど裸で、目のやり場に困って私は背中を向ける。
いたらいいって。アナタがいたら私は出られないんですけど。

バクバクと大きく心臓が波打って、のぼせそうなほど体温が上がってきたのが自分でもわかる。
バシャ、と体を洗っている音が耳に入って、いつ、どうやって出ようかと考えを巡らせる。
タオルは私の向いてる方と正反対の場所に置いてある。
体を隠すには心許ない大きさだけど無いよりマシだ。

エクボさんの方を見ないように背を向けたまま腕だけ後ろに伸ばしてタオルを取ろうと手探った。
指先の感覚を頼りに縁をなぞっていると、『湯につけんのはマナー違反だろ』とすぐ後ろで低音が響いた。
直後湯がざぷりと音を立てて、増えた質量の分溢れ出ていく。


「わ、たし出られないんですけど」
『今さっき入ったばっかりだろうが。ゆっくりしてけや』
「エクボさんが来たから出るんですっ!」


私だってゆっくり浸かるつもりだった。
けど無防備に素肌を晒す羞恥に耐えられるはずもない。しかもエクボさん相手に。

濁り湯でもないし、長居は厳禁だ。
エクボさんを見ないようにしたままそろそろと湯の縁へ近付くと、後から肩を掴まれた。


『オイオイ、今更だろうが。照れるなって』
「な……に、今更って」
『……手伝ってやろうか』


何を言ってるのかわからなくて固まる私を引き寄せて、エクボさんが口の端を上げたまま唇を寄せる。
触れてしまう、と思った瞬間脳裏に同じ顔がフラッシュバックした。
唇が合わさって、分厚い舌が歯列をなぞって私の舌を捕まえる。
じゅ、と吸われると頭の奥がビリビリして気の抜けた声が鼻から抜けた。


「ん……ふ、ぁ」
『…お前熱ぃ』


一瞬唇が離れると私の体を抱き上げて風呂の縁に座らせる。
露にされる体を自分の腕で隠すと、また唇が塞がれて叱るように舌に歯が立てられた。


「は、ぅっ、…んん」


私の腕をエクボさんは自分の肩の後ろに持っていくと、今度はエクボさんの掌が私の胸を覆った。
ビクリと肩を震わせて私が身じろぐと、強く唇が吸われる。
私の体を撫でる厚い掌の感触。頭の芯がふやけるみたいなキス。

私、前も。この人に。


「……ェ、クボさ…」


唇が離れて、エクボさんと視線が絡まる。
思い出すよりも早く、体がこの先を求めるように疼いていた。
胸とは反対の指が私の唇をふにと押してきて、私はその指に舌を這わせた。
それを見てエクボさんが目を細める。
ああ、ダメだ。忘れたままだったら良かったのに。
ドクリと胸が大きく脈打って。


『思い出したか?』


この声が。指が。舌が。
私を快くしてくれる、と知ってしまっている。

自覚してしまうと急に下腹部が切なくなって私は膝を擦り合わせた。
それなのにエクボさんは喉を鳴らして胸ばかりを責め立てる。
爪の先で柔く先端を擦られたり、指で挟んで捏ねられたりを繰り返されて、私はエクボさんの指を噛んでしまわないように必死に声を堪えた。


「んぅ、う……っ!あ、…やぁ…っ」
『嫌か?』
「ちが…、胸ばっかり……ひうっ、」


エクボさんの指を離して抗議すると、私の唾液でぬるぬるになった指も加わって両手で胸の先を摘まれる。
滑る指先の隙間を逃げる乳首をしつこく愛撫されて、一瞬大きく嬌声をあげてしまった後此処がすぐ外に面しているのを思い出して口を引き結んだ。
声を洩らすまいと耐える私を愉快そうにエクボさんが見つめている。


『聞こえやしねぇって』
「…ぜったぃ、やだ……っ」


逆上せそうでクラクラするのは、快感のせいなのか温泉で茹だったからなのか。
浅く息を吐き出しているとエクボさんが屈んで視界から消えた。
同時に湯に浸かったままだった膝を抱えあげられて私が腰掛けている縁に足を付けさせられる。
上体が傾きそうになって慌てて後ろに手を着くと『いい子だからそのままな』と下腹部の方でエクボさんの声がした。

うそでしょ。

状況を理解するより先に快感がやってきて私は喉を反らした。


「ひ、ぁ”ああっ、…あっ!」


下腹部に手を添えられて、剥かれた陰核を舐られる。
一瞬前まで堪えようとしていた声が堰を切ったように溢れ出て、エクボさんに舐め上げられる度に膝がガクガク震えた。

私ってこんなに感じやすかったろうか。
それともシてるのがエクボさんだから?

あっという間に果てがやって来て腰を浮かせるとエクボさんの両腕が私の体を支えてくる。
ばくばくと秘部が脈打っているのに敏感な神経を舐め続けられて喉から悲鳴じみた声を上げているのに、助けて欲しくてエクボさんを見るとギラついた獣のような視線とかち合った。


『まだイケるだろ』
「は、…む、むりっ!むりぃ……や”ぁ”あっ」


強すぎる刺激に涙が溢れる。
なのにエクボさんは敏感なそこを甘噛みしたり吸ったりするのをやめてくれなくて、それどころか脈打ったままの中に指を埋めて襞を掻くように責めてくる。
中の感覚が鈍かったはずなのに、エクボさんの指はどうしてか私が気持ちいいと思うポイントを知ってるようにそこを圧してくるから、必死にいやいやをするように首を振って快感をやり過ごそうとした。


「ぁあ”あっ、だめ…っ、あ”、……っ―――!!」
『…あ…っつ……』


2度目の絶頂を迎えると、ざぶと音を立ててエクボさんが立ち上がった。
湯に浸かっていて流れる程かいた汗を腕で拭って髪を無造作に掻きあげる仕草が艶っぽくて胸がきゅうと締めつけられる。
中身はエクボさんだけど、怖いはずなのに。
どうしよう、ドキドキしてしまう。
まだ肩で息をしている私をエクボさんが抱え上げた。


『折角2人きりなんだ、しっぽりシケこもうじゃねぇか。なァ』


下品な言い回しなのにその声が余りにも艶やかで、耳から犯されるような鼓膜の震えに背筋が痺れそうだった。



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04/08 エクボと温泉旅行裏
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