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 峯岸と敵対組織のモルモット



サラサラと茂る木の葉たちが風に身を擦る音が聞こえる。
一見穏やかな木立だというのに、それに紛れる私の必死な呼吸音は枝葉の隙間を縫いながらひたすらに遠くを目指していた。

此処ではない遠くへ。
一刻も早く、離れなければ。


「諦めなよ。無駄だから」


突然降ってきた声を見上げるよりも先に、足が固いものに躓きその場に倒れ込んでしまった。
顔を守るように下敷きにした腕に、しゅるりと地面を這う蔦が巻き付いてくる。
私の足にも同様に蔦が絡んで、どうやら転んだのもコレのせいのようだ。

噴き出るように止まらない汗が額から顎へと伝っていく。
湿る顎元にまで伸びた蔓が私の視界を無理矢理上へ向けさせた。


「森に紛れれば逃げられるとでも思ったの?僕のテリトリーだよ」
「……植物を、操るのね」


跳ね除けようと超能力を込めているのに、一向に緩む気配のない拘束。
私よりも格上の能力者だというのがわかる。
何重にも束ねられた枝葉から降りてきた声の主は、そこだけ世界から切り取られたかのような色素の薄い髪と不健康そうな冷えた眼差しで私を見下ろしていた。


「抵抗されると余計な面倒が増える。大人しくしてなよ」
「そう言われて、大人しく殺されるとでも?」
「殺すかどうかは決めてない」
「でも逃がしてはくれないんでしょ」
「無理かな」
「……じゃあ抵抗するに、決まってる!」


歯を食いしばり、意を決して自分の手足を切り落とす。
ズルリと植物の拘束から抜け出て速攻で肉体を修復させながら素足のまま再び森の中を駆け出した。
普段の私なら痛みに泣き喚いている所だろうけど今はそんなこと言ってられない。
ようやく監禁から抜け出せるチャンスを、みすみす逃してなんていられない。

もう実験だなんだと、理不尽に痛い目に遭うのは嫌だ。
自由になるんだ。

延々と続く緑の中を我武者羅に走っている内に、目の前に大木が現れて大回りして移動する。
また少しすると木の根が固く絡んだ土壁が進行を妨げた。
それを避ければ不自然に茂みが目の前で動き、前方を塞ぐように緑の壁が出来る。


「さっきのってキミの能力?」
「!」
「物体の構成をイジれるのかな。それとも超速の回復能力?……まあどちらにしても、珍しいか」
「……な、んで……こんなすぐに……」


とても高速移動や空間転移のような歪みは感じないのに、息ひとつ乱さずに私の後を着いてこれていることに驚いて疑問が口をついた。


「逃げれないよ。だってこの島、僕が森にしたんだからさ」
「……島…?……森に…、した……?」
「……ああ。キミ、もしかして自分がいた施設の外、知らなかったの?島なんだよ此処。地面のある所は全部、僕の植物が埋め尽くした」
「……、」
「だから、逃げ場なんてないよ。隠れてもわかるしね」


力量が 違いすぎる。

格の差を見せつけられて、へたりとその場に座り込んだ。
風に揺られて枝葉が乾いた音を立てる。
もう逃げる気も失せてしまったというのに、それでも念の為だろうか私の手足を再び蔦が縛る。
その蔦の先に咲く紫の花が、男の傍で怪しく佇んでいるのを呆然と見ていた。

"隠れてもわかる"。
そう言われた途端、私の周りを取り囲むこの木々や草花全てが、私を注視しているように感じて鳥肌が立った。
大人しくなった私に「ようやくその気になった?」と男は拘束を弱めるでもなく独り言のようなトーンで尋ねる。
そのタイミングで、何かが破壊されたのか遠くで爆発音のような轟音が響いた。
「向こうも終わりかな」という男の呟きが耳に届いて、尚絶望が増す。

こんな強さの仲間が、他にもいる。
運良く隙をつけたとして、仮にこの島から逃げ出したとしてもこんな生身で何が出来るだろう。


「……私、は……また、実験に使われるの……?」


ようやく自由になれると思えたのに。
絶望の深さに比例してか細くなってしまった私の声を聞き取ったのか男が手元に開いた本から視線を上げた。
返事が来るとも思えなかった。
それ程私の声は小さかった自覚があったし、男の意識はすぐに本に戻されたのが視界の端に写ったから。


「キミ次第じゃない」
「……え……」
「使えると思われれば仕事が与えられるし、それが出来なそうなら、そうなるんじゃない。どうだろうね」
「…………」


顔を此方に向けることも無く、男は「さっきの、僕は驚いたけど。生半可で出来ることじゃない」と続けた。
さっきの、というのは私が蜥蜴よろしく自分の手足を切り捨てて逃げた事を指しているのだろう。


「……慰めて、くれてるの……?」
「別に。そう取りたいなら勝手に思ってれば」


それきり会話は途絶えて、あとから合流した何人かの構成員と思しきグループに私は身柄を預けられた。
四方を囲む様に立つ構成員を見回していると、視線を移動させている中に写った男と目が合った瞬間、手首に未だ巻き付いたままの蔦が締め付けを強める。
思わず顔を顰めて俯くと、両手首を束ねた蔦に花が咲いていた。
これは監視だと示されているのだと察して、余計な行動は控えることにし、大人しく連れられるまま構成員たちに続いていく。

周りから念を押すように「大人しくしろ」だの「峯岸さんの蔦がある限り抵抗は無駄」だの言われて、あの男は峯岸というのかと記憶に刻んだ。
彼の言った"キミ次第"という言葉。
力の差に死を悟った中、珍しい能力故にか生かされたのは温情だと私は思った。

これはチャンスだ。
人間らしく生きる為の第一歩。
島から出る船に乗り込み、波間に揺らされながら私は合わさった手首に咲く花に祈るように額をつけた。


--絶対、上手く生きてみせる。


どんな手段を使ってでも、例え意地汚くても、この生に縛り付いてやると固く決意し私は潮風を吸い込んだ。



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