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 霊幻と8番出口を彷徨う



もう何度この通路を彷徨っているだろう。
冷たい明かりを落とす蛍光灯の下、無機質なタイルに覆われた通路と見慣れつつあるポスターたちの光景に、「本当に出口なんてあるの?」と弱音を吐き出したい唇を噛んで言葉を飲み込んだ。
延々と続く通路の中、突然赤い水が流れ込んできたり、急に停電したりという異変が続け様に起きて頭が混乱しっぱなしだ。


--……しっかりしなきゃ。霊幻さんだって諦めてないもん。私が愚図っちゃダメだ……!


私の隣で注意深く辺りを見回している霊幻さんを見て、自分に喝を入れるべく両頬をぺちんと叩く。
するとその音に気付いた霊幻さんが此方を見た。


「どうした」
「! い、いえ。気をつけなきゃと自分に喝を…」
「それは良い心掛けだ」


霊幻さんはポンと私の頭に手を置くて、「だが」と続けて視線を合わせる様に屈む。
同時にわしわしと力強く撫でられて私の頭が揺れた。


「わっ」
「肩肘張ってりゃ出られる訳でもなし。そんな固くなるなよ、直に出られるさ」
「す…みません」
「ふむ」


本当は不安で堪らないのを見透かされてしまったという居たたまれなさに、私は視線を落としてしまう。
霊幻さんの言う通りだ。

「出たい」という気持ちばかりが先走って闇雲に進んでいた私だったけど、霊幻さんは何か規則性のようなものを見つけたのか、時折「引き返すぞ」と私の手を引いてこの通路を歩いてはまたこの通路に戻ってくるというのを繰り返している。

勿論引き返したところで行き着く先は同じこの通路だ。
蛍光灯の数も、並んだポスターも、向かいからやって来る此方に無反応な1人の白人男性も、何もかも同じ。

今回--もう何度目かわからないけど--の通路は途中で霊幻さんが「引き返そう」とも言ってこなかったし、このまま進んでいいのだろうと未だ道中のポスターを眺めている霊幻さんを見てから前方に振り返った。


「……?」


数歩進んで、違和感に立ち止まる。


--目の錯覚……?


数メートル先のタイル地の壁が、チカチカと不自然にブレて見えた。
そのまま注視していると、タイルの目が一部だけ不自然に隆起しているのがわかって、"ソレ"を理解した途端「霊幻さん」と震えた声で彼を呼び1歩後退る。
すぐ後ろで「ん?」と霊幻さんの声がして、私が後ろ手に霊幻さんの手を掴んだのと壁と一体化していた"ナニカ"が私たちに向かって走り出したのは同時だった。


「キャーーーーー!」
「ハッ!?何だアレ!!」
「わかんないですけどキモい!怖い!!キモい!!!」


思いっ切り来た通路を走り抜けて角を曲がる。
私たちを追い掛けて来た"ナニカ"はそこでぱったりと立ち止まり、顔が見えないのでなんとも言えないが恨めしそうに此方を見ているようだった。
急な全速力に荒くなった息を整えながら、「も……もう、……追って……こない……?」と後方を窺う私に霊幻さんは「大丈夫……そうだな」と薄ら滲んだ汗を拭いながら答える。
私も走って乱れた制服のスカートを直して、無機質なタイルを見上げた。


「8番…」
「え?」
「8番出口…この先を進めば外に出られるはずだ!」


私と同じく顔を上げた霊幻さんが、通用口を指し示す黄色い看板に記された"8"の数字を指差して言った。
「本当に!?」と反射的に口を衝いた私の声は"出られるかもしれない"という希望に喜びの余り少し震えてしまった。

もう、しばらくは駅でさえ利用したくなくなる程目に焼き付いた光景が変わっていることを期待して角を曲がる。

しかしそこには相も変わらず冷たい蛍光灯に照らし出された、広告ポスターが並ぶ通路。
そして私たちとは反対方向の曲がり角から、此方に向かって歩き続ける白人男性の姿。


「……」
「…きっとこれが最後だ。何か変わったことがあったらすぐ引き返そう」
「で…でも引き返ったら……」


引き返ってしまったら、それこそ出口が遠のくのではないかと思って霊幻さんを見つめた。
目が合うと霊幻さんは再び私の頭をわしゃわしゃと雑に撫でつけてくる。
「犬じゃないんですけど!」といつもなら苦言を呈する所だけど、今なら不思議と気が落ち着いてくる。

大人しくそのままにされていると、ほぼ背景と化していた白人男性が私の横を通り過ぎ、私たちが来た方の角を曲がっていった。
それを支線で追ってから、左右の壁の様子や天井をチェックする。
なんてことのない、普通の広告ポスター。普通の案内看板。
何度目かの通路で薄く開いていた従業員の専用口も--あの時は怖過ぎて腰は抜けるわ涙が止まらないわで霊幻さんに抱えられた--、その側のダクトも不自然な所はない。


「何も、なさそうです……ね」


出口もなかったら、どうしよう。
あまりにも平穏過ぎて。けれどこれが"出られない"という絶望の始まりを示唆していたらと思うと、角を曲がるのが恐い。


「……どーするよ、此処で暮らさざるを得なくなったら」
「…や、やめてくださいよ縁起でもない」
「実質あの外人のおっさんとも同居だろ?寝るも食うもこんなトコで」
「生活出来ないですって!お風呂もトイレもないんですよ?」
「……流石にそうか…」


件の白人男性が出てきた角を曲がれば短いコース。
此処の角を曲がれば……。

また同じ景色だったら、と不安に思っているのは霊幻さんもなのかもしれない。
2人並んで立ち止まったまま"出られなかったら"談議を続ける。
曲がりなりにも華の女子高生なのに、こんな場所でホームレス地味た生活を強いられるなんて御免だ。
しかも綺麗好きの霊幻さんと。絶対嫌われてしまう。そんなの耐えられない。

私の言葉に頷くように自身の顎に手を当てていた霊幻さんは、「せめて普通の部屋だったら可能性あったな」と呟いて胸の前に組んでいた腕を解いた。


「え……霊幻さん、此処が家だったらあのおじさんとも共同生活できるんですか……?」
「なんでそうなる。ちげーよ」
「へ?」
「ホラいつまでも立ち往生してたって仕方ない。行くぞ」


毎日自分のルーチンを決して曲げない白人男性と、それにウンザリしながらも過ごす霊幻さんの姿を想像してみる。
想像の中の霊幻さんは流石の適応能力で嫌々ながらも生活に順応していて、ちょっと面白かった。
そんなことを想像している内に手を引かれて、コツコツとタイルを踏み進めていく。

思い切って角を曲がってすぐ、視界に入ってきたのは地上階へと続く階段だった。


「……階段だ…」
「ハァ……ようやく出られるか…さっさと出よう。もうあのオッサンの顔は見たくない」
「はい!」


今度は私の方から霊幻さんの腕を引き、階段に向かって走り出す。
「何も走らんでも」と言う霊幻さんに「早く出たいですし!」と走りながら声を上げる。
この階段を上がった先で、万が一にもはぐれたりしないようにと自然と霊幻さんの手を強く握れば、「わかったわかった」と苦笑しながら霊幻さんも私の手を握り返してくれた。




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