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 モブとポッキーゲーム



カラリと窓を開けた瞬間、吹き込む乾いた風に混じって微かに香ばしい香りがモブの鼻を擽った。
遠くの方では焼き芋の移動販売の訪れを知らせる音色が聞こえ、「焼き芋かぁ」と小さく声を零した矢先、相談所前の通りを軽快な足取りで駆け抜ける見しった姿を認めてモブは窓を離れてお茶の準備を始める。
数分と間を置かずにすぐさま勢い良く相談所の扉が開かれ、快活な声が室内を通った。


「こんにちはー!お邪魔します!」
「こんにちは。いらっしゃい」
「あっ、ごめん来客中だった?」


ここまで走ってきたはずなのに、全く疲労を露わにして居ない彼女の様子にモブは「今日も元気だね」と少し顔を綻ばせる。
それに照れるようにはにかんだ彼女は湯呑みを用意しているモブの姿を見て、いけない、と声のボリュームを落とすように両手で口を隠して室内を窺った。
しかしそこには客人は疎か所長である霊幻の姿もなく、首を傾げる。


「ううん。丁度こっちに来るの、窓から見えたから」


そう言ってモブが「どうぞ」とソファーに座るようお茶をテーブルに置いて、ようやく彼女は落ち着いたように腰を下ろした。


「そっか!良かった。霊幻さん、今いないの?」
「うん。今は出張中で……でも近いから、すぐ帰ってくるよ」
「すぐ帰ってきちゃうのか…」


モブの言葉に唇を尖らせて思案するように腕を組んだ彼女に、今度はモブが首を傾げる。
何か霊幻に用があるが故の質問だったと思ったのに。
「どうかした?」とモブが疑問を口にするのと、「あのね」と口火を切った彼女の声とが同時にぶつかる。


「あっ、ごめんね!…今日ね、実は霊幻さんに用ないの。モブ君探してて、お家行ったら今日は相談所だってお母さんに教えて貰ったから…」
「え。そう、だったんだ。ごめん、言ってなかったよね……何かあった?」


まだ付き合い初めて日の浅い2人は連絡し合うのも遠慮が勝って未だ習慣ついておらず、モブは家にまで足を運ばせて申し訳ない気持ちと、そこまでして訪ねに来たということは、電話やメールで済む用件ではないんだろうと彼女の様子を気にした。
気遣うような優しい声のトーンに一瞬「モブ君…」と惚けた彼女はすぐに我に返って首を横に振る。


「変な霊とかそういうのは憑いてないよ!大丈夫!…だと思う。体調も、至って元気!」
「良かった。何かあったら言ってね、僕で出来ることなら何でもするよ」
「……何でも?」


急に真剣な表情へと変化した彼女に、モブは頷きながらも鬼気迫る物を感じた。
そして良くない予感も。


「モブ君」


スッと目の前にピンクの箱を差し出されて、モブの視線がその箱に注がれる。
イチゴ味のチョコレート菓子が印字されたパッケージだと気が付いて、「うん?」と返事をしながら瞬きを繰り返す。
未開封のそれに、"一緒に食べよう"と言われるのか"モブ君にプレゼント"と言われるのかのどちらかだろうかと思案した直後。


「私とポッキーゲームして」
「いいけど……なにそれ?」
「良いの!?言ったね!?」
「えっ、うん…」


目を丸くしたまま再び頷くモブは急に声を大きくした彼女に驚きながら、彼女の口にしたポッキーゲームという謎の遊びに同意した。
同意を得るや否や早速お菓子の箱を開封した彼女は中からお菓子を1本取り出す。


「これを2人で食べていって、先に口を離した方が負けだよ!私が勝ったら次の休み、私の買い物付き合って」
「勝負なんだね?……、口を離すって?」
「だから……」


ふむふむと説明を聞いていたモブがふと思うと、彼女は手にしたお菓子をまるで煙草のように口に咥えてみせた。
そのまま歯で噛み落とさない程度に加減し端を捉えると、舌たらずな声で続きを説明する。


「モフくんは、ほっち」
「こっち…って、言われても……」


彼女とは反対側のお菓子の先端を指さされ、モブはその先端と彼女とを交互に見つめる。
その間にあるお菓子を咥えたままの唇に思わず目が留まって、余計に緊張が身を走った。


「"いいけど"っへ、モフくん言った」
「……言った…けど、さ…」
「できない?」


狼狽えたまま固まっているモブに、相も変わらぬ姿勢を保った彼女の挑戦的な視線が煽る。
自分だって平気な素振りをして見せているが、その頬は紅潮しているのに。


「…わかった。やるよ」
「ん」


観念したモブがその先端を口に含む。
今までに無い程2人の距離が近付いて、どこにでもあるようなイチゴ風味のチョコレート菓子のはずなのに、その味さえ判別できない。
彼女の合図を皮切りに更に距離はなくなっていく。

勢いに任せて数口進めたは良いものの、間近で見つめ合うのが恥ずかしくてモブの視線が脇に逸れた。
その瞬間。


「今帰ったぞ〜」
「!」


ガタン、と相談所の入口が開いた音と共に、霊幻の帰宅を告げる声が響いた。
ハッと視線を其方に向ける直前、ふにと柔らかな感触が唇に触れてパキッと軽い音の直後彼女が「ごちそうさまでした!」とソファーを立った。


「ん?あぁなんだ来てたのか」
「霊幻さんこんにちは!お邪魔してました!」
「手伝いに来たのか?」
「いいえ!モブ君に用事があって。もう終わりました」
「元気に否定するな……あ、そうだ。今帰りがけに買ってきたんだが。お土産だ」
「焼き芋だ!ありがとうございます!良い匂い〜後で頂きます」
「まだ熱いから気をつけろよ。袋袋…おいモブ、そっちの引き出しから袋出してくれ」
「……あっ、はい?」


紙袋に包まれた焼き芋を忙しなく両手で交互に持ち替えながら持ち帰り用の袋を要求する霊幻に、モブがようやく反応する。
霊幻に顎で示された方を振り返るモブに「手提げだ、左の1番下」と指示し、覚束無い手つきで手渡された袋に焼き芋を入れて霊幻はそれを彼女に持たせた。


「もう外大分冷え込んできてるから、風邪引かないように気をつけろよ」
「はい!ご馳走様です。寒いと思ったら走って帰ります。……モブ君」
「! う、うん?」


ペコリと霊幻にお辞儀をして、彼女が霊幻越しにモブの方へと顔を出す。


「モブ君の勝ちだから、後で条件考えておいてね!」
「えっ」
「じゃあまた!お仕事頑張って〜!」


来た時と同様に軽快な声で別れを告げた彼女が手を振り相談所を後にしていく。
霊幻は静かになった室内で「焼き芋食お」とモブの分も差し出す。
それを未だ何処かぼんやりした様子で受け取るモブを、霊幻は訝しげに見た。


「勝ったってのに何でそんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんだ」
「……勝った、のか…ちょっとよく分からなくて…」
「何だそれ。判定勝ちか何か?」
「さあ……」
「さあって……」


首を傾げる弟子の様子に、師匠もオウム返しのように首を傾げた。


「納得いかねぇなら、再試合でいいんじゃないか」


もぐ、と温かい黄金色を頬張りながら霊幻がそう言うと、モブが目を丸くして「再試合」と復唱する。
そのまま数秒何か考え込むような仕草をしてから、何かに納得したのか渡された焼き芋にやっと口をつけた。

その日の夕方、300円を握り締めたモブが彼女の持ち込んだお菓子と同じものを買い込む姿があったとか、なかったとか。




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