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 パーソナルトレーナー・テル




暑い日のアイスって最高〜。

お風呂も上がって髪も乾かしてスキンケアも終わった。
折角汗を流したのにドライヤーのせいでまた滲んだ汗も、秘蔵のアイスを齧ってリセットできるってもん。

やっぱりクッキーアンドクリームが至高だわ、と思いながらラグに腰を降ろしていると私の携帯が着信を告げた。


「ふぁい」


スプーンを口に咥えたまま反射的に通話ボタンを押すと、[もしもし]と電話の向こうからテルの声がする。


[…何か食べてる?]
「ん。…ううん?ごめん歯磨き!途中なの1回掛け直していい?」
[あぁ、そうか。ごめんね]


マズイと思って咄嗟に嘘をついてしまった。
だって夜中にアイス食べるんだって、何となく恋人に知られたくない。
太るもとなのはわかってる。
可愛い彼女でいる為にもホントは我慢すべきだっていうのも。

だけど。


「夜だけど……夜なのに32℃なのがいけないと思うんデスヨ」


そう今夜は熱帯夜。
今夜は、というか今夜も。
ここ数日で一気に夏めいてきて、昼の熱気が夜になってもまだ街に横たわって冷めやらぬ日が続いている。

だからアイスに手が伸びるのはしょうがないんだ。
そう自分に言い聞かせて、残りのアイスをかき込むと今度こそ本当に歯を磨いてテルに折り返す。
テルからの電話の用件は週末のお泊りデートの日程についてだった。
「あれ見たい」だの「ここ行きたい」だのワガママでしかないような私の意見も、テルはいつも"いいね"って言ってくれるから本当に出来た彼氏だと思う。

神様、素敵な恋人をありがとうございます。
出来ればせめて夜は、もう少し過ごしやすくしてくれると助かります。

そう遠くの方で空の上にいるかもしれない神様に向かってお願いをしてみた。
叶ってくれたら儲けものだよね。


---


「海行こう」
「……海…?」


明後日はいよいよデートだぞーという日の帰り道。
それまで電車で海賊王になれるレジャー施設まで行く予定だったはずなのに、唐突にテルが計画を変更してきた。
聞き返す私にテルは「うん」とにこやかに頷いている。
今までも時々はこういうことがあったけど…2日前という目前で予定変更はちょっと、心の準備がついていけないかもしれない。


「な、なんで急に?」
「先週末くらいからずっと暑いだろう?涼みに行くのも有りかなーって」
「あー……涼みにね。うん、うん…」


そういうテルの傍らでは電気屋さんのウィンドウに置かれたTVが波と戯れるサーファーを写している。
視線を前に向けると、数歩も歩けばその前を歩くだろう洋服店が水着類を表に並べていた。


「海って……あの、海だよね?泳ぐ。波とかある」
「うん。…プールの方がいい?」
「ウウン」


海でもプールでも、私が今危惧していることに変わりは無い。

まるで長年油を指されなかったロボットのようにぎこちなく首を横に振って否定をしながら、私の脳はどこぞの学者もビックリな速さで[急務:体型をカバーする方法 短時間 水着]とあらゆる可能性を計算し始める。

「肌が弱くて」作戦で露出を極力避けようか…?
でも究極的に暑がりな私が逆に耐えられないかもしれない。汗だく待ったナシ。
メイクもドロドロになるし良くないことの上塗りになりそうだ。


「ほ、他に友達つれていく?」
「ううん?2人のつもりだけど」
「あっ、うん。ダヨネ」


元はお泊りデートなんだからそりゃ2人だ。当たり前だ。
でも2人きりということはテルの視線を水着から逸らすのが難しいということだ。
そもそも恋人の水着姿を見ないなんてことがありますか?って話だけど。
私は見る。なら当然テルだって私を見るに決まってる。


「ハッ!」


その時私の目にお誂え向きな水着が飛び込んできた。
キャミワンピ風の水着だ。
リゾート感のある大柄な花と夏らしいフルーツがプリントされていて、ビキニとセットになっている。
うっすらワンピースの下が透けて見える……が!シルエットしか見えない。これなら誤魔化せる!


「水着、見てもいい?」
「勿論。新しいの買うの?」
「そ…そうしよっかなぁ〜」


チラリと値札を確認する。
……うう、予算オーバーだ…。
一旦帰って、お金降ろしてから買いに戻る?

他に似たデザインの物は……と水着コーナーを回ってみるけど、お腹もお尻も隠してくれつつ可愛さも捨てないといういい塩梅の物はもう少なさそうだった。
悩んでいると、テルが「去年の水着も可愛かったけど」と私が持っているのと似た形の水着を指差す。


「あー、前がリボンになってるヤツね」
「うん。海っていったって、しっかり泳ぐ訳でもないし」
「うん…」
「……やっぱり、急に予定変えるの嫌だったかい?」


まるで子犬のようにシュンとしてしまったテルに、慌てて私は手と首を横に振って大きく否定した。


「ううんん!?違うっ!嫌じゃないんだよ!?ただその、行き先がホラ……海とかプールじゃん?だから…」
「…あ。体調悪い?」
「ううん、それでもないよ大丈夫!ちょっと……」


テルは眉を下げたまま首を傾げ、私の言葉を待っている。
嗚呼ごめんなさい、私の体たらくが問題なのにそんな顔をさせて…。


「その、肉付きが……良くなっちゃいまして……去年より。だから」
「そうかい?」


私の答えに、テルが今度は反対側に首を傾げる。
ほとんど毎日顔を合わせている彼氏にバレていないのは幸いではあるけれど、きっちり毎朝体重を測っているからホントはちゃんと自分の有様を把握しているんだよ…。


「じゃあ…やっぱりやめとこうか」
「う。……パ、パーカーとか、着ていいんなら。いいよ、海でもプールでも」
「えー。見せてくれないの?」
「見苦しいんだもんっ」
「そんなことないのに」
「あるある。ダメダメ」


子犬モードのテルに負けて、譲歩案を出す。
けれど今度はテルの方が不服そうで、平行線になりそうだ。

上着で隠すんなら、ちょっと丈の長めなTシャツかパーカーを羽織れば私の気にしていることはクリアできる。
新しい水着も買わなくていいし。お財布もその分デートに使えるし。
そう判断して「買うのやめた」とお店を出ると、隣のテルがじーっと私の体を見ているのに気が付いた。


「え。な、なに?」
「……体型。僕は変わってないと思ってるけど、戻したいなら良い方法があるよ」
「…………テルのことだから、運動するんでしょ?一緒にやろうって?」
「ご明察」


こんな暑いのに誰が好き好んで更に汗をかかなきゃいけないんだ。
嫌ぁーな顔を浮かべる私に、テルは「大丈夫」と何の根拠があってかなだめて来る。


「筋肉痛にはなるだろうけど、走ったり筋トレしたりとかじゃないから」
「えぇ…それは助かるけど……何、ヨガとか?ストレッチ?」
「あー……その部類、に、なるのかな?コミュニケーションの一環だよ」
「何そ…………」


どういうのだろう、と疑問を口にしながらテルを窺うと、さっきまでの子犬モードから一転、何か良からぬ事を企んでいる時の笑顔にすり変わっていることに気が付いて私はピタリと静止した。
私の挙動にテルも気付いて、悪戯に目が細められる。

これは狼モードです。
教科書には乗っていませんが、私にはわかります。


「……私…………デートに体力温存しときたいです!!」
「何で逃げるのさ。大丈夫だってば」


じり、と地面を踏み締めてテルにそう吐き捨てると、早く帰ろうと商店街を駆け出した。
そのすぐ後をテルも笑いながら追いかけて来る。


「あ。コレでこのまま帰ったらいい運動じゃない?」
「…っ…やだーーー!!」


そんな体育会系の部活動みたいなことしたくない。
私は極力汗をかかないで過ごしていたいだけなのに。


「どっちがいい?」


余裕そうに私に並走するテルの息は、私と違って全然乱れてもいない。
こんなの序の口だと言いたげな顔に「どっちもイヤだ」と言いたくても、既に呼吸でいっぱいいっぱいになっている私の体力では、直に掴まるのも時間の問題だろうなと空を仰いだ。

神様、素敵な恋人をありがとうございます。
出来れば。せめて今だけでも。もう少し彼の体力を減らしてくれると助かります。





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