dust | ナノ


 天気にかこつける羽鳥



「一昨日も雨、昨日も雨、今日も雨。明日も雨、明後日も雨かあ」
「今年は梅雨入り早いらしいよ」


私の隣でゲームのコントローラーを握り、私がずっと詰まっていたダンジョンのギミックを意図も容易くクリアしていく羽鳥。
ちょうど今週の雨模様と同じ日数詰まっていたゲームの進捗を羽鳥に愚痴った所、「良かったら代わりにやろうか?」と助け舟を出してくれた彼のお言葉に甘えて家まで来て貰った所で。

寄りにもよってザアザア降りの雨の中だったのに「自分で言い出したことだからね」と気さくに言ってくれて、もしかしたら羽鳥は意外とフットワークが軽い男なのかもしれないと思った。
生憎と全部自力でクリアしないと気が済まない、というような拘りは無いのでスイスイと私にとっての難所を躱していく画面内のキャラクターに「おおー」と感嘆の声をあげた。


「ハイ、終わり。此処入ったらボス」
「ありがとう!やるやる」


よし、ここからは私のターンだと息巻いて羽鳥からコントローラーを受け取り、私の操作でキャラクターがドアに手を掛ける。
ボス部屋に入った途端現れたおどろおどろしいボスモンスターは、巨体の割に部屋の中を縦横無尽に素早く移動していく。


「わ。うわ!」
「頑張れガンバレ」
「頑張ってる!…ひー!」


さっき羽鳥が操作していた時とは打って変わって、ワタワタとした足取りでボスの攻撃を避けるのでいっぱいいっぱいになっている私のキャラクター。
羽鳥は横で私が用意したお茶に口をつけて、テキトウな応援を投げてくる。

もっとこう、具体的なアドバイスの方が、今は、嬉しいかな!?

そう言いたいけど画面に集中して口さえ回らない。
言葉として意味の無い音を羅列しながら必死に、けれど着実に減っていく自分のHPに焦燥感を抱きながら、近づくことさえできないボスにやけくその様に投擲を放った。


「届かない…っ!」
「ちゃんと目玉狙いな」
「目玉?!」
「いかにも弱点ですって感じで出てるだろ」
「あぁあ……ぁうわわぁぁ!!」
「アッハッハッハ」


目玉目玉……と照準を合わせる合間に、ボスが巨体を揺らしたことで落ちてきた瓦礫でゴリッとHPが削れる。
慌てて回復薬を飲もうと武器を下ろした瞬間、ボスの腕が横薙ぎに払われて私のキャラはその直撃をくらい地面に伏した。
HPが一気に0になり、悲鳴をあげた私を隣で羽鳥が笑う。

直後キャラクターの体が光り、何かが砕けたようなエフェクトの後僅かにHPが回復されて私のキャラは起き上がった。
嗚呼、保険に持ってたお守りがなかったらゲームオーバーになってた所だ……。


「やる?」
「お願いします…」


ろくに減らせなかったボスのHPバー。
それに対してこちらは復活のお守りも使ってしまった上回復薬も少なく、HPが減った状態。
私のプレイヤースキルでは無理だと察して、すす、と羽鳥にコントローラーを渡した。


「すーぐ諦める」
「効率的と言ってください」
「ま、良いけどね。俺楽しいから」


羽鳥の手にコントローラーが渡った途端、今まで苦戦していたのが嘘のように攻撃がボスに当たるようになった。
すんなり照準を弱点に合わせて無駄なくダメージを与えていく姿に「私のキャラそんなに動けたの」と驚く。

しかも何がすごいって、ボスの動きに合わせてまるで此処に攻撃が来ると既にわかっているように回避し続けながらダメージを与え続けているのが凄い。
タイムアタックでもしてる?って思う程のスピードでボスのHPが減っていき、見たことの無い挙動と攻撃をボスが新たにしてくるようになっても、羽鳥操作のキャラクターは被ダメひとつ受けることなく淡々と攻撃を打ち込んでいた。


「そういえば梅雨ってさ」
「……えっ、梅雨?」
「うん。聞いた話によると、早く梅雨入りしたからって梅雨明けの時期は変わらないらしい」
「え"。何それ、早く来るだけ損じゃん」


ボスからの攻撃の間隔が短く早くなっているというのに、雑談をしながら避ける余裕があるらしい羽鳥の言葉に私は口角を下げた。

雨は嫌いだ。ジメジメするし洗濯物は乾かないし買い物に行けば濡れるの必至だし気分まで落ち込むし。
私がそう言うと羽鳥は画面に顔を向けたまま「そんなに嫌いなんだな」と意外そうな声音で一瞬だけ私に視線を寄越した。


「羽鳥は嫌じゃないの?だって濡れるしホラ、メガネだって湿度で曇ったりしない?」
「あー。まあ、無いことないけど…でも俺は嫌いじゃないかな」
「えー意外。何で?」


雨なんて、みんなが皆嫌いだと思ってた。

ズシン、と重い音をたててボスが地面に倒れる。
僅かに残ったボスのHPに、とどめの一撃を振り降ろした所で羽鳥がコントローラーを置いた。


「元々外でないし。雨でも晴れでもどっちでもいいかな」
「……羽鳥普通に外出るくない?今日とかさ。よく遊びに出るじゃん」
「そっちが出ないから俺が来てるの。俺より出不精だろ」


ひと仕事終えたからか、テーブルに出していたお菓子をひとつ摘むとご丁寧にセーブをしてからゲームを落とす羽鳥。
オートセーブのゲームだけど、不安症な私がいちいち自分でセーブしてからでないとゲームを落とさないのに倣ってくれる所はいち友人として有難く思ってる。
……いや、詰みかけてたゲームを進めてくれたんだからもう少しくらいは有難いレベルを上げてもいいかもしれない。尊敬の少し手前くらいには。


「出不精じゃないもん。ちゃんと日光浴びるしー」
「……ああ、じゃあ俺だけ?俺にはそんな労力割く必要ないって思われてるのかー。切ないなー」
「え。……ち、違う違う」


唐突に羽鳥が拗ね始めて、私は咄嗟に首を横に振り否定する。
今だって私の中で羽鳥株が上がった所だ。そんなに軽んじてない。……はず。


「ゲーオタの家には絶対来ないもんな」
「ゲーオタって…羽鳥のことそんな差別的に思ってないよ。今日だって羽鳥のお陰でクリアできてるのに」
「ふぅん」
「家は確かに……一度も行ってないけど…でもほら、ゲーセンとかには一緒に行くじゃん!?」


確かに前から何度かゲームの話題になって「ウチにそのゲームあるけど」と誘われたことはある。
でもその度に「体験版やってみるから」とか「もうちょっと様子見る」とか色々理由をつけて断ったのも事実。

……なんとなく、羽鳥の家に行ったらいけない予感がして。
私は一緒にゲーセンで時間を潰したり、アクションに苦戦しながらも同じゲームを楽しんだりするこの関係がいいから。

私が慌てふためいて弁論する声に合わせてか、外の雨音がより激しく聞こえた。


「……自分の家には上げる癖に」


呟くように零された羽鳥の声が雨音の隙間から耳に張り付く。


「わ、私の家だったら私の都合で好き勝手できるし…気、遣わないし……?」
「へえ、俺の家だと気遣うんだ。…何に?」
「えっ、時間とか……?」
「……ああ、そういうことね」


そういうこと、と含みを持たせたような口振りで羽鳥が胡座を崩した。
納得してくれた?と一瞬ホッとしたのも束の間、まだ私の第六感は嫌な予感を告げている。

直後激しい雷鳴が轟いて、数秒の沈黙の後ふつりと部屋が暗くなった。


「はっ!?え、……て、停電……!?」


一瞬で暗闇と化した部屋の中、何故かテレビの画面だけはゲーム画面を落としたままの黒い画面ではあるが点灯しているのがわかる。
貞〇よろしくホラーな展開…?!と思ってその画面に目を向けると、少し離れた所で羽鳥の声がした。


「あー。これじゃあ電車も止まってるかもなあ」
「で、電車も?」
「外。結構な範囲で真っ暗」
「嘘!?」


どうやら窓から外を見てたらしい羽鳥の声のする方に近寄る。
羽鳥の言った通りこのマンションから見渡せる辺り一帯が、黒く塗りつぶされたように真っ暗だった。
人工的な光がなくなったことで、元より黒い雲に包まれていたのに輪をかけて外が暗く見える。
ゲームに夢中になっていて気が付かなかったが、いつの間にか夜といえる時間になってしまっていたらしい。


「…うそ………」
「……大規模停電、だってさ」


羽鳥の声に我に返ると、何故かつきっぱなしだったテレビがニュース番組の速報テロップを写していた。
暗い部屋の中にテレビの明かりがやけに眩しく見えて目を細める。
停電してるはずなのに、なんでこの部屋のテレビはついてるんだろうと疑問を口にする前に、羽鳥に名前を呼ばれて振り向いた。


「まさかこんな中帰れって言わないよな?」
「え……え、…とま、泊まるの?」
「電車止まってるなら帰れないし。信号も止まってるからタクシーも危ないし」


「大雨だし」と言って私の返事を待つように羽鳥が見下ろしている。
まだニュースを映しているテレビの明かりでメガネの奥の視線が読めない。

まさか自分の家で、羽鳥がいるタイミングでこんなことになろうとは。
もし逆の立場だったら何がなんでも帰ることを選んだだろうけれど、羽鳥の言う事を考えても、無理矢理帰すのは現実的ではないのがわかる。


「うち……電気使えないけど……」


逆に停電中であることが断る理由になれやしないだろうかと望みを掛けて口にしてみるも、羽鳥はハッと笑った。


「テレビ映るじゃないか」
「これは!……何でかわかんないけど…たまたま?」
「アッハハハ。大丈夫だって、多分湯も沸くし」
「いやいや電気使えなきゃ湯も沸かないよ」
「平気平気」


そう言うと羽鳥は確かめに行くのだろうか、もう何度も上がっているからか手洗い場に面した浴室に我が物顔で入っていく。
停電中なのに何故か反応した廊下の人感センサーが未だテレビしか光源のないこの部屋に明かりを足した。

ポチポチとボタンを押す音の後水が流れて、しばらくしてから羽鳥が廊下に出て来た。


「問題なかった。……から、泊まってくな?」
「……う……」


決定事項のように言い放つ羽鳥に、何と答えるべきか無い知恵をなんとか振り絞っている私の横で、ニュース番組が虚しく「大停電 復旧未定」のテロップを流していた。





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