囃子よりも強く



太陽の熱も沈みかけた夕方。
神社からの通り一面に屋台が並び賑わい合う街角に、囃子に混じってカラコロと軽快な桐下駄が響く。


「まるで知らない場所みたい。すごいねぇ」
「何か色々出てんなぁ!何から食う?」
「まだお腹空いてない」
「ハァ?この出店の匂いで腹空かねぇとかマジかよ」
「まだ5時だよ?早いって 」
「早くねえ」


並木を彩る提灯を見上げながら歩くおなまえの隣で、ショウが屋台の登りを物色するように目を輝かせる。
成長期男子の食欲旺盛さに舌を巻きながら、はぐれないよう隣合って歩く二人。

神社から始まるがメインの祭り。
大小含めて10台もの山車だしが通るとあって、その迫力を一目見ようと集まった人々でごった返す通りはおなまえの言った通り知らない街のようだった。


「福田さんたちも来れたら良かったのにね」
「ただでさえ暑いのにムサ苦しくなんだろ…」
「えー、そうかなぁ?人多い方が楽しいと思うけど」

--……それじゃ困るんだよ…


"折角の二人きりになれる機会を潰されてたまるか"とショウは内心で毒づく。
ただでさえ年下の立場ゆえ弟のように扱われてばかりだと言うのに、此処でまで大月たちが来たらいつもと変わらない。
そんなショウの気持ちも知らず--好意をただの親しみと受け取っている--おなまえは、呑気に「木の上から鑑賞とかしても平気かなぁ?」と穴場を探そうとしている。


「普段ならともかく……今日は木登りはやめとけよ。そもそも見つかったら怒られそうだけど」
「妙案だと思ったんだけど…そっかぁ」


「誰も木なんて登らないだろうし」と未だ言い続けるおなまえは不服そうに唇を尖らせた。
時々見せる子供らしい姿を見る度に、ショウは"まさか俺の精神年齢それくらいだと思ってるんじゃねえよな"と不安に駆られる。

「第一、その格好じゃどの道登れないと思うぜ」と視線をおなまえの浴衣に向けた。
こういった祭りに来るのは何年振りからしく、待ち合わせに「張り切っちゃった!」とはしゃいで見せた藍色に身を包んだおなまえの袂や裾には愛らしい金魚が優雅に泳いでいる。
普段下ろされている栗色の髪は編み込まれてサイドに寄せられ、濃い浴衣地がその白い首筋を際立たせていた。


「身嗜みに合わせて、大人しくしてろよ」
「普段から落ち着いてるでしょう私。ショウ君こそ、食べ物にかまけてはぐれちゃダメだからね」
「誰に言ってんだ。おなまえこそはぐれんなよ」


もしもの時の目印に高見やぐらを指差して、「何かあったらアレ集合。な?」とショウはおなまえに示す。
この祭りの為に建てられたらしい櫓はカラフルな提灯に飾られ、この派手さなら見失いはしないだろうとおなまえも頷いた。

人の流れに緩やかに同調しつつ、歩きながらイカ焼きを頬張ったり射的に挑戦したりと満喫しながら歩いていると、少し先の広場でアナウンスの声が響く。


「あ。始まるんじゃないアレ」
「アレ?……あ。おっちゃんコレ釣り多いぞ、返すな」
「山車だよ、何か大っきいヤツ!」
「へいへい今行く……ってオイ!おなまえ!」


「エモいじゃん」とおなまえが欲しがった、カラフルな電球が内側でキラキラ光るおもちゃの風船を買い付けているショウの横で、おなまえがショウの袖を数回引っ張り広場へ向かおうと催促する。
タイミング悪く屋台の主人を振り返っている間に、パッとその手が離れてショウは慌てておなまえを呼んだ。
しかしその声に返事はなく、ガヤガヤと人々の喧騒と通りのスピーカーから流れる民謡ばかりが響いた。


--ほんの一瞬だったのに…言わんこっちゃねえ……!


普段から落ち着いてるだの、はぐれるなだのとお互いに言い合っていた癖にコレだ、とショウは溜息を短く吐く。

まだ近くにいるはずだ。
山車を見に広場に向かったのだから、方向もわかっている。
しかしアナウンスを聞き付けて移動しているのは他の客も同様で、大勢の人の塊が思い思いに広場へと流れを作っていた。

これ程まで混雑していたら気が付かないかもしれないが、一応携帯を耳にあておなまえを呼び出す。
けれどもショウの予想通り虚しく通知音が続くばかり。


「あ"ー……マズいかも」


それでも少しづつ広場に足を進めながら、ショウは藍色の背中を探した。


---


「……あれ、ショウ…君?」


着いてきてくれていると思ったショウの姿が後ろにないことに気が付き、おなまえは辺りを見回した。
けれど何処に目をやっても目の覚めるような赤朽葉色の頭が見つからず、「ヤバいかも」と一人呟く。
直ぐ様巾着から携帯を取り出すも、操作しようと立ち止まったおなまえを無情な人の波が押し流していく。


「あ。わ。す、すみま」


ぎゅうと押されたりぶつかったりする度に謝罪を口にするが、果たして誰にぶつかり誰に謝っているのかも識別できない。
せめて波の端に行ければ立ち止まれるのだが、と背伸びをして端までの距離を測るも、そうしている間もおなまえを含んだ人の流れはとめどない。


「どうしよ…」


携帯を握り締める手が汗ばむ。
そうしている内にどんどんと和太鼓の音が大きくなって、とうとう山車が走り出したらしい。
生憎と今は落ち着いて観覧できる状況じゃない、とおなまえは人々の頭越しに豪奢な屋根が進行していくのを横目にしながら目印の高見櫓を探した。


「あっ…たけど…ちょっと遠いなぁ…」


50メートル程先にある櫓を見つめてボヤく。
普段なら容易い距離なのに、人混みがそれを困難にしていた。
しかし幾分か距離はあるが大多数が大通りの方に集中している今ならば、もう少し粘って人を掻き分ければそこまで行けるだろう。

苦労して少しづつ歩を進め、やっと窮屈な人垣から這い出る。
ホッと息をついて汗で張り付いた髪を整え、居住まいを正すと「すいません」と声を掛けられた。
知らない声に反応しないまま歩き始めるおなまえの後ろを、その声はついてくる。


「あの、お姉さん。金魚の浴衣のお姉さーん」
「はい……?」


ツンツンと浴衣の袖を引かれ、そこでおなまえは振り返った。
黒髪の青年が一人で立っており、知り合いだったろうかと記憶を手繰ってみたが心当たりはやはりなく、「なんですか」と硬い声で答える。


「お姉さん友達探してるでしょ」
「え。…はい」
「やっぱり!俺らの仲間がはぐれてるっぽい子見つけててー」
「一緒にいるんですか?」


"はぐれてる子"。
そう聞いて反射的におなまえはショウの顔を思い浮かべて、警戒に満ちた表情を崩した。
おなまえの変化を見て青年は「そうそう!」と頷き、手招く。


「こっちに集まってるから、俺案内するよ」
「すみません、ありがとうございます」
「いいっていいって!危ないから、足元気を付けてね」


青年に言われるがままその後をついていこうとするおなまえ。
人混みの塊とは少し逸れた場所を示しながら、青年がその肩を引き寄せた。


「おなまえ!」
「! ショ…」


耳に届いたショウの声に振り返るより早く、突然おなまえの腕が後ろに引かれ、よろついた背中を支えられる。
不意のことで目を丸くしている視界に、さっきまで人受けのする笑顔を浮かべていた青年が冷えた眼差しで見下ろしてきているのが見えた。


「何処ほっつき歩いてんだよ」
「……え?あ、あの人のお仲間の所にいるんじゃ…え……?」


おなまえがショウの顔と青年の顔とを交互に見ている間に、青年は舌打ちをして何の弁論もなく人混みに紛れていく。
「……何事?」と訳も分からずその背中を見つめていると、「コラ」と横からデコピンをされて走る痛みにおなまえは額を押さえた。


「いっだ!……急に何するのー!」
「何拉致られかけてんだよ。目印アレっつったろ」
「ちゃんと向かってたよ!でもさっきの人が"こっちにショウ君いるから"って……」
「俺だって本当に言ってたか?」
「…………はぐれた子って……あっ!すみません!早とちり!私の早とちり!」


十数メートル後方の高見櫓を親指で指すショウの額からは汗が伝っている。
屋台に並ぶ人の列や波を無理矢理掻き分けて来たのだろう、少し息も上がっているショウにおなまえはハンカチを取り出してその額を拭ってやった。

不満気な表情ではありながらもその手を払い除けたりはせずそのまま問い詰めてくるショウに、おなまえは言われて見れば"はぐれた男の子"とおなまえが勝手に思い込んだだけで、"はぐれた女の子"であっても通用する言い回しだったことに気がつく。
頻りに辺りを見回していたし、おなまえが誰かを探している様子なのは明白だったろう。
そう口にした瞬間ガシリとハンカチを添えていた手首を掴まれて、おなまえはまたデコピンが来ると思い慌てて謝罪を口にした。


「おなまえー」
「ハイ!はぐれてすみませんっ!」
「…反省してんのか?」
「してます!もう置いて行きません、勝手に歩きません!」


唸るように名前を呼ばれて、"コレは真剣に叱られる"とおなまえが姿勢を正して頭を下げる。
そのまま宣誓すると、ポスリと頭に何かが乗せられた感触がした。


「……? 何…?」
「お前が欲しいっつったんだろ。…ちょうど良いじゃん、目立って」
「おおぉ……激しく光ってる……」


ショウに握られていない右手で頭を触ると、ツルンとしたビニール製の手触りとほんのりとした温かさ。
手に取って顔の前に下ろしてみれば、チカチカとカラフルに瞬く風船の王冠がその存在を主張していた。


「それでもう迷子になんねーだろ」
「浴衣に合ってなくない?」
「欲しいっつったじゃん」
「ショウ君ぽいと思って。だからショウ君が付けるべきだよ」


目に入った瞬間「似合いそう」と思って口に出したのだとおなまえは光る王冠を右腕に通して掲げながらクルクル回している。
ツンツンしているようで痛くない。
クリアでキラキラで鮮やかな、夜空に映える存在感が視界に映る。


「ヤダよガキくせえ」
「私はガキくさくなっていいってこと!?」
「若返りってことでいいんじゃね」
「ようやく咲いた華のJKなのに。蕾に戻っちゃうじゃん」
「おー、戻っとけ戻っとけー」


そう言いながら屋台が並ぶ通りから一本外れた路地に向かうショウ。
掴まれていたはずの左手がいつの間にか自然に繋がれていて、その後に続いているおなまえは「コレ何処行くの?」と目的地を尋ねた。


「山車見てーんだろ」
「うん。…でも見るならあっち……おわっ!?」
「あそこで透化したら人目につくし。掴まっとけな」


ピカピカ光る右腕で大通りを示すおなまえを抱え上げて、ショウが塀から塀へと跳躍し通り沿いの並木の内の一つに腰を降ろす。
「と、跳ぶなら跳ぶって言ってよ……」と急な浮遊感にバクバクと脈打つ胸がおなまえの声を震わせた。
すると得意気なショウの声がすぐ耳元でする。


「此処なら良く見えんだろ?」
「……怒られるって言ってたじゃん」
「見えねーようにしてっから」
「木登りやめとけって、私に言った」
「だっておなまえ浴衣だろー。だから俺が登ってやったの」
「…………」


ニカリと笑うショウに、おなまえは拗ねたように口を噤んだ。
「何で不満そうなんだよ」と苦笑されて、「そうじゃないけど……」と言い淀む口元を隠すように風船の王冠を顎に持ち上げる。


「……私結構重いんですけど」
「何が?」
「…………体重……」
「そうか?」
「足、痺れちゃうよ。離して平気だから」


枝に腰を降ろすショウの膝元に未だ座らされているおなまえがじり、と限られたスペースの中で身を捩ろうとする。
しかしその背中と膝裏に回されている手はおなまえを離す素振りを見せず、「平気平気」と目を細められた。

足下では締めの大車が走り出して、歓声が上がる。
「すげえ花弁」とすぐ側で聞こえる楽しそうなショウの声におなまえはどぎまぎしながら「そう、だね」と答えた。


--……そんな、ムキムキって訳でも無いのにな……


自分を抱えている腕は確りとしていて、本当に軽々といった様子だった。
まだ中学生なのに。と存外な体格差を感じておなまえは王冠を抱える指に力を込める。

この高揚感は、祭りの熱気がそうさせているのか、それとも急に抱き上げられたからなのか。
逸る鼓動が治まるように、なるべくいつも通りを装って「落としたら恨む」と軽口を言う。
するとショウは意外そうに目を開いてから悪戯に微笑んだ。


「離すわけないだろ、安心してろって」


不意に心臓が縮むかと思う程詰まる思いがして、「……何なの、ショウ君の癖に……」と風船に顔を埋める。
小声で口にした憎まれ口だが、この距離で聞き逃す訳もなく「んだよソレ」と満更でもないようなショウの声が熱を持った耳に響いた。












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