限界は越えるもの



普段からテル君は聞き分けが良い。
拘りが強い方だと自覚のある私のマイルールにも嫌な顔しないですぐ倣ってくれるし。
お陰で来客の度に部屋の中をリセットする手間がテル君の来訪時には省けて大変助かる。

学生時代からの友人だって「そこまでしなくても」と苦い顔を浮かべる。
でも気になってしまうのは私の性分で、私だってこんなこと気にしないで済めばどれだけ楽だろうと思うけれど、仕方がないんだって長年かけて自身に折り合いをつけた結果だ。
そんな私をテル君は「それもおなまえさんの質ですし、僕気にしてませんよ」と軽々受け入れてくれて。


「付き合い難いでしょう」


そう突き放してみたこともあった。
どうせ中学生だ。
一時の感情で、私の素を知れば知るほど嫌いになって離れていくだろうと思っていたのに。


「何がです?」


まるで何も問題がないみたいに、テル君はケロリとしていて。
それどころか「あれが嫌」「こういうのはやめて」と言えばいう程「おなまえさんのこと、知られて僕は嬉しいですよ」と本当に嬉々としながら私の嫌な作業を先回りして片づけてしまう。
出来損ないのような歪な私には、出来過ぎた彼氏だと前々から思っていた。

流石の私でも、尽くして貰っているのは痛いほど伝わってきて。
それでずっと、キスより先を許していなかった進展を許してしまったりもして。
私なりに結構悩んだ末、テル君の要望に折れた形だったんだけど、それでもテル君があまりにも幸せそうに抱き締めてくるから、きっとそれで良かったんだと思う。


---


10日連続の残業で、比較的早めの時間に帰って来たつもりだった。
玄関を開けると明かりがついていて、外で感じていた何処かの家庭料理の匂いの源が私の部屋からだったことを濃くなった空気が知らしめてくる。
幾日も踏みつけられた突っ掛けサンダルが、今朝まで恨めしげに裏返っていたのに、今では爪先を揃えて隅に整えられていた。
その隣にお行儀良く並べられたスニーカーを見て私が「テルくん」と掠れた声で呟くのと、リビングから「おなまえさん」と私を呼ぶ彩やかな声がほぼ同時に重なる。


「おかえりなさい、お疲れ様」
「あ。た、ただ、いま」


もう声を発するつもりがなかった喉からは吃音地味た応答。
そんな私を笑うでもなく、テル君はぎゅうと数拍程の短い時間抱き締めてから鉛のようだった私の仕事用バッグを持ち上げた。
何故かそれにモヤリとしたものを胸に感じ、疑問が過ぎる。


「ごめん、着替える前だったのに。ご飯一応作ってあるけど、食べられそうですか?」
「……、ありがとう…ううん、大丈夫。食べる」
「良かった。お風呂もすぐ沸けるようにしてありますから」


パタパタとリビングへと戻っていくテル君を呆としながら見送って、重りを失った身軽な体で洗面所に私も向かう。
手を洗うついでにメイクも落としたら、洗面ラックに掛けているハンガーに仕事着を掛けて部屋着に着替えてオフモードになる。
顔の水気をタオルペーパーで取り去りながら、そう言えば家の中に入ったら一刻も早くスイッチを切りたいが故、"スーツ着てる時はキスもハグもしたくない"と以前テル君に言ったことを思い出した。


「………ごめん、って…コレか」


カタ、とラックに吊り下げられたスーツを見上げて独りごちる。
じゃあさっきのモヤモヤは"まだスーツなんだけど"と思った故のものだったんだろうか。


「……まぁ、いっか…」


ずっと入りっぱなしだった仕事のスイッチをようやくオフに出来る。
本当は食べるよりも睡眠を優先するつもりだったけど、テル君のお陰ですぐに食事も摂れるし、なによりも。


「何か……久し振りだね」
「そうですね…2週間はいかないくらい、ですけど」
「心配かけたよね」
「そう…ですね…。でも、もうちゃんと休めるんですよね?」
「うん。連休ちゃーんと貰って来た」
「良かった」


激務の間まともな連絡も返さなかったというのに、それを責めるでもなくこうしてタイミングを見計らって会いに来てくれたテル君と早く話したいと思った。
今まで何よりも自分優先で生きてきていた私が、ここまで彼を支えに感じてたなんて、自分でも驚くけれど。

久し振りにちゃんとした食事を、それも誰かと一緒に出来て「ありがとう」、「美味しい」と零した。
するとそれを聞いたテル君は一瞬目を丸くさせて私を見つめた後、嬉しそうに顔を綻ばせて「どういたしまして」と笑う。
眩しいその表情につられて私も笑った。


---


「洗い物、ありがとう」
「良いんですよ。おなまえさんに早く休んで貰いたいですし」


私が入浴している内に洗い物を済ませてくれたテル君に、今日何度目かのお礼を言う。
ちゃんと乾かした髪にテル君が指を滑らせて、「あったまれました?」と尋ねてきた。
「お陰様で」と答えながら彼の背に腕を回せば「ホントだ」と笑って抱き返してくれる。
しばらくそうしてから、私の肩にテル君が頭を置いて私の様子を窺った。
それに気が付いて、どうかしたのかと私も首を傾げてテル君を見る。


「休みなら……明日も来て良いですか」
「……それなら、泊まる?」


私の問い掛けにテル君がパッと顔を上げた。
さっきまで下手に此方を気にしていたのが嘘のように「良いんですか」と瞳が輝いている。


「特別だよ」


この部屋にテル君が泊まるのは二度目。
だけどその初回は大雪が原因だったし、その時はまだ清いお付き合いだった。
一線を越えた後もテル君は絶対に私の合意を得てからでないとしないから、まだそれ程経験も多くは無い。


「着替え用意しておくから、テル君もお風呂行っておいで」


促されて大人しく身を引いたテル君が浴室へ消えていく。
その間に、前以て密かに買っていたテル君用のタオルと着替えを卸して、脱衣所に置いておいた。
新品の歯ブラシとコップも洗面台に並べて、ベッドには枕も。

こうして各々用意していると、今まで自分1人だけだった空間にテル君が加わったのが事更に実感できて、それを不快に思っていないのは自分の成長だろうか、それともテル君の人柄だから許せるようになったんだろうかと、思案しながらまだ水音のする浴室に向かって移動する。


「テル君。テル君の歯ブラシとコップも此処置いてあるから、使ってね」
「あ……ありがとう!」


磨りガラスのドア越しに声を掛けて、弾んだ声が反響しながら返ってくる。
顔を見なくても、声だけでテル君が喜んでいるのが伝わった。
その声を聞いて私も安堵に近い感情を抱いたから、きっと、否、間違いなく後者。

さっき吊るしたままにしていた自分のスーツが目に入って、クローゼットにしまおうと手に持つ。
その時玄関のやり取りで抱いたモヤモヤの正体に、今更ながら気がついた。


--久し振りだったから、もっと抱き締めて欲しかったんだ…


すぐに離れた体温を寂しいと思うなんて。
"泊まっていい"と許した後から自分も本心ではテル君を恋しいと思っていたことに気付いて、ひとりでに頬に熱が集まる。


「…………」
「? ……おなまえさん?どうかしました?」


ピタリと浴室の前で動かなくなった私の影を訝しんで、テル君が私を呼んだ。
1人で恥ずかしさに固まっていた、なんてこと言えるはずも無くて、すぐに「ううん、なんでもない」と返してリビングに向かう。
羞恥の素となったスーツをクローゼットにしまい込んで、冷めやらない顔の熱をどうにかしないと、と思った私はキッチンに足を向けた。


---


「お風呂ありがとう……アレ」
「おかえり〜」


いつから用意してくれてたんだろう、とどう見ても新品のタオルと部屋着に高揚した。
おなまえさんのものと並べられた歯ブラシを見ていると、まるで同棲しているかのような勘違いまで起こしそうになる。

僕の為に、あのおなまえさんが用意してくれた。

年が離れているせいか、度々温度差というか、精神的に距離を取られている感覚に陥っていたけれど、それでもたまに彼女から貰える言葉には愛情があって。
今みたいに、彼女に自分を許されているということが、心の底から嬉しく思ってしまう。
浮ついた気持ちのまま湯上りの体でリビングに入れば、そこで僕を待っていたおなまえさんが振り返りざまにヒラヒラと手を振った。
反対の手には、口の空いた缶ビールがある。


「珍しいですね、お酒飲むの。長湯しすぎちゃったかな」


そう言えば半ダースのパックがあったな、と料理中に開けた冷蔵庫の中身を思い出した。
お盆前に職場で貰ったと以前電話で話していたけど、その時は確か"思考が鈍るから、お酒は好きじゃない"と言っていたはず。

おなまえさんの隣に腰掛けながらその手毎ビールを持ち上げてみると、もうすぐ飲み切ろうかというくらいの量の中身がチャプ、と音を立てた。


「ううん……あるの思い出したから飲んだ…、ダメだよテル君」
「飲みませんよ」
「っぷは!もう飲み切ったからね!」
「飲みませんてば」


僕が飲みたくて缶を取ろうとしたと思ったのか、おなまえさんは徐ろに缶を煽って残り僅かだった量を空にし切る。
ハイペースで飲んだからなのか、普段飲まないからなのか、おなまえさんは首まで真っ赤にして目も据わっていた。
「お水飲みましょ。持ってきますね」と空になった缶を預かろうとすると、「自分で出来るもん」とおなまえさんは立ち上がる。
キッチンに向かって体を返した弾みにローテーブルにぶつかった彼女を咄嗟に支えて、「じゃあ一緒に行きましょう。連れてってください」と並んで歩く。


「お水の場所、テル君知ってるじゃない」
「缶の捨て方は初めてですから、教えて欲しいです」
「……いいよ」


本当は前に教わったことがあるけど、おなまえさんは自分の手の中のビール缶を見てしばらく止まった後頷いた。
おなまえさんは自分のことを"付き合いにくい人間"と言ってみせるけど、「教えて」と聞けば何回でも教えてくれるし、それが例え同じ内容であっても"もうやらなくていいよ"と彼女から切り捨てられたことはない。

歩み寄れば、おなまえさんは応えてくれる人だ。
本当は愛情深くて、その伝え方が少し不器用なだけ。

いつもよりゆっくりになった滑舌で缶の捨て方を教えてくれたおなまえさんにお礼を言いながら水をグラスに注ぐ。
僕が差し出した分を飲み切ってから、今度はおなまえさんが水を注いで差し出してきた。


「テル君もお風呂入ったから……」
「ありがとう、貰いますね」
「ハァ……、ぁ゛ーー……」


酔いが回っているせいで僕のグラスに注ぐのが億劫だったんだろうか、おなまえさんはカウンターに両手を着いて唸っている。
僕が水を飲み切ってシンクにグラスを置くと掠れ気味の声で呼ばれた。


「テル君の枕も…出してあるから……」
「枕も用意してくれたんですか?」
「腕、痺れちゃうでしょ…」


「眠くなったら、いつでも寝ていいよ」と頭を揺らしながら言うおなまえさんの方が眠いんじゃないかなと思うけど、飲んですぐ寝るのは嫌なのかもしれない。
「おなまえさんはもう寝ます?」と聞くと揺れながらも明確に首を左右に振ったから、「僕もまだ眠くないです」とキッチンに来た道を戻るようにソファーに二人で戻った。


「気持ち悪くないです?姿勢辛いとか」
「平気…、………」
「……?」


腰掛けたおなまえさんが何か言いたげに僕の顔を見ていて、普段ならとっくに何かしら言ってきてるのになと首を傾げて彼女の言葉を待つ。
おなまえさんは一度口を開いた後、声を発する前に噤んでから僕の方に距離を詰めた。


「ごめんじゃなかったから」
「ん?…なにがです?」
「帰って来た時の……、スーツだけど抱き着いてくれたの、謝らなくていい」
「…………」
「わ…私も久し振りに顔見れて嬉しかったし…、久し振りなのは私のせいなんだけど!あの時、嫌じゃなかったから、ごめんって、言わなくていいよ…」
「…はい」


僅かにおなまえさんが両手を上げる。
それが抱き締めて良い合図なのを見て、返事をしながらその背に腕を回した。
久し振りのおなまえさんはアルコールの匂いを纏ってはいるけど、僕の記憶と違わない香りで胸の奥が満たされると同時に苦しくもなる。


「寂し、かったです」


一目でいいから顔を見たかった。
一言でいいから声が聞きたかった。

仕事なのは仕方ない。
だけど、返信のないメールや発信履歴は僕が忘れられてしまっているようで。
おなまえさんの中から僕が消えてしまったんじゃないかと、不安だった。

僕と同じように彼女も想っていてほしい、なんて我侭は言わないから。
少しだけでも伝わってほしいという気持ちを彼女を引き寄せる腕に込めた。
僕の言葉に「うん」と頷きながら宥めるように背中を彼女の手が撫でる。


「埋め合わせになるか、わかんないけど…」
「………」
「明日も、明後日も、一緒にいて」
「……一緒に…いて、いいんですか……?」


自分の時間を何よりも大事にしてたはずなのに。
驚いて顔を上げると、まだお酒が抜けてないんだろう赤ら顔のおなまえさんが頷いてみせる。


「テル君は、私のこと、大事にしてくれてるから……だから私も、テル君に、喜んで欲しい」
「……っ…、泊まって良いって、用意してくれてあるだけでこんなに嬉しいのに…」


胸が詰まってまたおなまえさんの肩に顔を埋めた。
おなまえさんの空間の中に僕が許される。それだけでもこの上ない喜びなのに。
許されればそれ以上を望んでしまう。
もっと欲しいとせがみたくなる。
それなのに、堪えようとした気持ちを掬い上げるように僕の頬をおなまえさんが撫でた。


「我侭って思わないでね」
「……おなまえ、さ……」
「側にいたいし、いてほしいの……私も同じ気持ちだから。二人で望むのは、我侭じゃないよ」


おなまえさんの声が僕の胸の内を解くように耳から身体中に溶け込んでいく。
ふわりと笑うその顔が見惚れてしまう程綺麗で、その笑顔に全て晒け出しても許されてそうな予感がした。


「……僕、もっとおなまえさんに触れたい、です」
「うん」
「…嫌じゃ…ないですか……?」
「駄目な時はあるけど……嫌な時はないよ。今日も明日もいいよ」
「本当に……?」
「うん…もう寂しくないから。ね」


おなまえさんから顔を寄せられて、唇を重ね合う。
いつも僕が了承を得てからキスをしていたから、そうされると本当におなまえさんもしたいと思ってくれてるんだと伝わって、幸せすぎて夢みたいだ。
10日振りのおなまえさんの唇はまだ仄かにアルコールの苦味を纏っていたけど、それが薄れる程舌を合わせて気が付けば互いの顎が溢れた唾液に塗れていた。
名残惜しく伝う銀糸が切れて、火照った表情のおなまえさんがチラリと寝室の方へ視線を流す。
それを合図に僕は彼女の体を抱き上げた。


---


今日はテル君の望みを叶えられるだけ叶えたい、そう思った。
いつも私を気遣ってくれている上に、こんなにも会えない時間を重ねてしまったから。
それに加えて、私もテル君が望むことをしてあげたいと思ったから。
家族以外にこんな風に思ったことがほとんどなかった私からすれば、大きな変化だ。

だけど、早々にその変化の限界を迎えそう。


「ぅぅっ、!は…、…も゛っそれダメ……あ゛ぁ゛ッ」
「まだ……もう少ししたい……」
「あっ、あッ!きゅぅ…けぇ…っ」
「……じゃあ弱くするから、ね?」
「ふ……、…んうっ…」


「久し振りだから」と前置いて丹念に私の体を慣らそうとするのは、わかる。
以前までは互いに一度達したら挿れて、一、二回して終わりだった。
会わなかった分多少は濃密になるだろう、それだけの体力を使ったとしても連休だし、と思っていた私の覚悟は甘かったらしい。
私の肌を文字通り味わい尽くすようにテル君は愛撫して、今も未だ挿入してないのに指だけで三度はイカされて。甘イキも含めればもっと。
緊張と弛緩を繰り返す身体は、尚も与え続けられる快感から逃げようと弱々しいながらも抵抗しようと腰を浮かせた。

中に埋まった三本の指先が緩慢な動きになった所でようやく脚に力を入れようとしたのに、浮かせた腰をテル君は片手で抱き抱えるようにして秘所に顔を埋めた。


「あっぁ、テルく……っ!きたな、いぃ…ッァ…あッ」
「汚くない…大丈夫だから」
「ひぅ゛ぅ、あっ…よ、よわく…なぁ、……ぃん、っ」


とっくに消えた酔いは快感を鈍らせてはくれなくて、「弱くする」と言われたのにテル君の舌は秘芯を剥き出しにして舐るからまた身体がビクビクと痙攣する。
ぐにぐにと舌先で弱点を潰している間もゆるぅく襞を擦る指先が奥から蜜を掻き出して、また視界が明滅し始めた。
体力の限界が近付いて意識が酩酊するのに、ぢゅう、と鋭く陰核を吸われてビクリと覚醒させられる。


「やぁっ、イッ……んあ、ぁ゛」
「おなまえさん…、…ハァ…」


重く熱の籠ったテル君の声に、それだけでぞわりと背筋が痺れるよう。
イキ続けて涙でいっぱいになった瞳からぽろりと頬に流れていくと、クリアになった視界に身体を起こしたテル君が汗を拭うように張り付いた前髪をかきあげたのが見えた。
ベッドライトの灯りが照らす、中学生とは思えない鍛え上げられた肉体。
ギラリと光る瞳の奥で燻ったままの熱が、視線だけで私にこの先を乞うよう示してくる。


「ハァ…、は……休憩、って…」
「うん、ごめん…でも、寝ちゃいそうだったでしょ…?」
「んんっ、あぅ……あっ!」
「寝かしてあげたいけど…まだ我慢して……まだおなまえさんの中入ってない」


人を翻弄している内にちゃっかりスキンを付けていたらしい、ゴム越しの硬い熱を入口に擦り付けながら頬や瞼にキスを散らしながらテル君が甘える。


「う゛、んんっ…ぁっ!入っ、ちゃ、う」
「いっぱいイったから、もう痛くないよ…ねえ、おなまえさん」
「あっあ、ぁ…何で……っ、ちゅくちゅくだけやだぁ」


入りそうで入らない別妙な力加減で腰を押し付けてくるテル君に、身体の奥が期待で疼く。
テル君はまだ一度もイってないから、固く張った雁首が陰核を掠める度に切なく私の腰も揺れた。
さっきまでもう気持ち良くなりたくないと苦しく思っていたはずなのに、浅ましくまた昇りつめたがってしまう。


「ヒクついてる…可愛い……」
「ふ、ぁ…っテル、君…」
「うん…なに?」


自力で入れようと腰をくねらせるのに、押し込もうとするとその分テル君が腰を引いてしまう。
すっかりゆだってしまった私の思考は、快楽に染って羞恥心なんて彼方に消え去ってしまった。


「テル君もぉ、私で気持ち良くなって…奥切ないぃ」
「……もっと欲しがって」
「ぁ、っ…〜〜! 抜かな、ぃで…」


散々駄目だと言ったのを無視していた癖に、この期に及んでまだ求められたがっている彼が、憎らしくて愛おしい。


「全部、挿れて…テル君でいっぱいにして欲しい…っん、ふ」


離れていかないように必死にテル君の首に縋って、許しを乞う様にその唇に吸い付いた。
ずっと入口や溝をくちくちと滑るだけだった熱がようやく埋められてくぐもった声が響く。
挿れるだけで脳の芯が痺れるようで、今までしたどんなセックスよりも気持ち良くて緩んだ口からひっきりなしに嬌声が上がった。


「ひぁ゛ぁッ!あ、…んっく……あ゛ぁ゛っ」
「はっ……すごい、な…ッ」


テル君が眉を寄せて苦しそうにしてるのに、その顔が凄く胸を締め付ける。
時折喉の奥から低く唸るようにして歯を食いしばるのが、すごく色っぽいと思った。
ぱちゅぱちゅと響く水音と互いの荒い息遣いが部屋を埋めつくしていく。


「う、んぅ゛ッ…あ!ダ…だめ、んん!……は、ぁああ゛ッ!」
「…フーッ…、……おなまえ…ん、っ」


突かれる度にじわりじわりと限界ににじり寄っていた線が切れて、背がしなる。
中がぎゅうとテル君を締め付けて、離すまいと蠕動を繰り返した。
ぐっと掴まれた腰がテル君のにぴったり合わさって、私の痙攣に合わせてテル君も悩ましげに息を漏らす。
根元までしっかり入っているのに更に押し付けるようにぐいと押し込まれて、体の中心がビリとその度に甘い電流を走らせた。
しばらくそのまま中の感触をゆるゆると味わっていたテル君が、私の息が落ち着いてきたのに合わせて自身を引き抜く。

破けてしまったのかと思うほど白い粘液に塗れたそれが見えて一瞬ハッとしたけど、ゴムの先には確かにテル君の残滓があって破れてはいなかった。
手早く処理していたテル君が「どうしたの」と私の視線に気付いて尋ねてくる。
その顔はまだ頬こそ紅潮したままだったけど行為に及ぶ前のテル君の雰囲気に戻っていて、惚けたままの自分が急に気恥ずかしくなってツイ、と視線を逸らした。


「別に」
「…………」
「ゴ、ゴム破けちゃったかと思った、だけ…」
「ああ」


逸らしたままの左頬に痛い程視線が刺さることに耐えられず、思ったままを口にするとテル君は納得したのかやっと解放してくれる。
「おなまえさん、いっぱい感じてくれたからね」と羞恥心を煽る言葉と共に、私の耳にパチリと装着音が届いた。
音のした方を振り返るより先に、テル君に顎を支えられて唇を塞がれる。
ひやりとした唇が触れたと思ったら、顎先の指に力を込められ空いた唇の隙間から水が流し込まれた。
反射的にそれを飲み下して、少しだけ冷えた舌先同士が絡んで元の体温になるまで口内を舐る。


「ん…ふ、うぅ……、?」
「…休憩おわり」
「…えっ?」


再び腰を抱えられて、テル君の太腿に座らされた私の中心に硬い温度が充てられた。
もう既に筋肉痛の予感をあちこちに感じ始めている身体が危険信号を脳に発信する。
「テルくん…?うそ、だよね」と恐る恐る確認した。


「明日も明後日も一緒にいられるんだよね」
「う…ん。……だ、だからもう…今日は……あ!明日にしよ、ね?」
「……いいよ」
「…じゃあ…」


ニコリと目を細めたテル君に良かったと緊張を解いたのも束の間、未だに解放されない腰を抑えた手に自分の手を掛ける。
しかし解こうとした手の力より強くテル君の手首に力が込められて、びくともしなかった。
テル君の手とその笑顔を交互に見て、何故と思う間にテル君の肩越しに視界に入った壁掛け時計がちょうど深夜0時を回ったのが写る。


「…!!」


パッとベッドサイドの目覚まし時計を見る。
生憎とズレてもいない目覚まし時計は壁掛け時計と同じ時を刻んでいて、私が口にした明日が今し方今日に切り替わったことを告げていた。


「我侭なら、やめますから」


数分前とは違う意味でバクバクと心臓が脈打つ。
そんな私に降ってくる捨て犬の様な声としょげたように視線を落とすテル君。


「……」


今までの私なら、"無理なものは無理"と口に出来ていただろう。
相手がテル君でなければ、絶対にそうしていたし寧ろここまで浸る行為さえ拒否していた。
なのに、相手がテル君というだけで私の中の前例が悉く砕かれていく。


「…意識、保てなくても怒らないでね…」
「僕がおなまえさんに怒るなんてありえないよ」
「……」


どうだろう。
「寝かしてあげたい」と言いながら強い快感で叩き起された記憶がまだ新しいのに、と思ったけど、テル君の中でアレは怒った内に入っていないのかもしれない。

見立てが甘かったかもしれないなと了承した返事を後悔しながらも、上機嫌になったテル君から注がれるキスの雨に応えた。







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