有象無象の中輝く



幾多数多ある星の中でも、一等輝く存在。
それが"特別"な僕の特権だ。


カチコミに来たとかいう味噌中の連中を踏み付けて、重く息を吐き出す。

低レベルの争いだ。
こんな烏合の衆にも僕が出なきゃいけないのか?

そう思っていると、後ろから鈍い音が響いて此方に向かってくる足音。


「テルさ……!」


枝野の焦ったような声の直後、すぐ側で拳が空を切る音が聞こえ反射的にバリアを張った。
僕と拳の間でキィンと高い音が反響する。
振り返ると、僕に向かって進まない拳を握り締めている女の子がいた。


「……女の子?」
「だったらなんだってん…だよ!」
「ぐは!」


後ろから羽交い締めしようとした枝野を避けてカウンターを腹に打ち込んだその子は、喧嘩慣れしているのか体勢の崩れた枝野をそのまま投げて地面に転がすとトドメとばかりに蹴り込む。

鮮やかにのされてしまった枝野をチラと見てから、彼女は再び僕に対峙する。
結構な人数同士の殴り合いだったのに、今此処に立っているのは僕と彼女だけだ。

少し着崩してはいるがパッと見制服を改造もしていないし、メイクは濃いけれど髪色だって派手でない。
長髪を耳に掛けて初めてピアスがいくつも開いた耳が露になって、ようやく不良少女然と見受けられる。


「キミは?」
「……みょうじおなまえ。味噌中スケ番張らして貰ってる」
「へえ。いつから富士は女の子を自分の代わりに立たせるようにしたのかな」
「富士ならそこでアンタの下敷きになってるよ」
「……ああ、いたのか」


見晴らしが良い丘と化していた富士から降りてグランドを踏みしめる。


「女の子がこんな野蛮な集まりに参加って、感心しないな」
「私だって関わりたくなんかないよ。だけど」


ピシリと真っ直ぐに伸びた指先が僕を指した。


「ナツキを泣かせたアンタに一発カマさなきゃ、こっちの気が済まないんだよ!」
「ナツキ……?」


聞き覚えのない名前に、一体誰のことだろうと首を傾げる僕に向かって、おなまえは1枚の写真を投げ付けてくる。
勢い良く飛んできたそれに目を落とすと、笑顔のおなまえの隣で同じように笑みを浮かべている巻き毛の女子が写っていた。
その顔を見てピンと思い出す。


「ああ、この子か」
「デートしたんでしょうが」
「一緒に遊んだね」
「好きだって告白、受けたんでしょ!?」
「受けたというか…僕は"嬉しい"としか言ってないはずなんだけどな」


ピラピラと写真を持っている手を揺らす。
ちょっと頭の緩そうな女の子だった記憶があるなと、そのナツキとかいう女の子のことを思い返している内に、投擲された石を念力で弾くと至近距離までおなまえが来ていた。


「最低」


振り上げられた右腕をバリアで阻む。
しかしすぐに左腕が上げられてそちらに意識を向けると、おなまえが1歩体を引いて右手の中に隠されていた砂を振り撒いた。
思わず目をかばいバリアが解けた隙に振り被られ、咄嗟におなまえから距離を取って痛む目に舌打ちをした。


「……目潰しなんて、そっちも大概だと思うけどね」
「アンタだって何か変なの使ってんじゃん。おあいこだ、ろっ!」
「チッ」


ウチの誰かのか、味噌中の誰かのかはわからないけど、転がっていたベコベコのバットを振り回して僕を打ち倒そうとしてくる。

何でもありだな。
……僕が言えた義理じゃあないか。

逃げ続ける僕をとんだタフネスさで追い回し続けるおなまえ。
女の子相手に気は進まないが、こっちだって負傷したんだ。


「少し痛い目を見てもらうよ…ッ!」


グランドを隆起させておなまえの足元を固定する。
それまでちょこまかと動いていたおなまえは機動力を失って「は!?」と声を上げた。
自分の膝下を埋める硬い大地から足を引き抜こうとするが、そんな柔な力程度じゃ抜け出せるはずもない。
身動きが取れなくなったおなまえの鳩尾に拳を打ち込むと同時に足の拘束を解けば、殴られた衝撃で彼女の体が数メートル先までグランドに軌跡を残しながら倒れ込んだ。


「…何か仕込んでる?」
「……、ステゴロでカチコミに行く馬鹿がいるかっての…」


流石に女子だと思って加減はしたけど、堅い腹部の感触だったなと思って尋ねてみる。
向こうも反射的にガードしていたし、しっかり受け身を取りながら倒れた所を見ると、もしかして味噌中って男女関係なくこういう乱闘をしがちなのかな。


「さっきから思ってたけど、随分場馴れしてるよね。よくやるのかな?」
「木偶の坊が勝手に巻き込んでくるだけ。今回は違うけど」
「へえ」


流石にダメージが大きいのか、おなまえの顔に汗が滲んでいる。
それでも僕を睨み上げる瞳には敵意が灯っていて、この僕相手にまだやる気らしい。


「やめときなよ。どうせ勝てないからさ」
「卑怯とは言わないよ。よくわかんないけど、それがアンタの特質のひとつな訳だ」
「……」
「でも私だって誰にも負けないモン持ってる。……身内を傷付けた奴は絶対償わせる。私は執念深いんだ」


ギラリとおなまえの眼光が鋭くきらめいた。
直後、僕の両足に何かが纏わりついてきて、視線を足元に落とす。
いつの間に這ってきたのか、富士がその太腕で僕の足首をがっしりと拘束していた。


「よくやった木偶の坊!」
「くっ…、…離せ!」


サイコウェーブを当てて無理やり富士の腕を引き剥がす。
今度こそ眠ってて貰おうと強く地面に叩き付けると富士の体がグランドに弾んだ。
ついでにおなまえにぶつけてやるつもりで吹き飛ばしたのに、土煙の中から影が飛び出てきて胸倉を掴まれる。


--しまっ……


「歯ァ食いしばれや」


思いっ切り左頬を殴り付けられ、今度は僕が地面に倒される。
そこにマウントポジションをおなまえにとられ、追撃を覚悟した。


「イイ顔が台無しだねぇ?スケコマシさん」
「……もう殴らないのかい」


しっかりと僕の両腕をその両膝で地面に縫い付けて、いつでも殴れると言いたげに見下ろされる。
けれど有利な体勢を取っているのにおなまえの目には警戒の色が解けない。
僕がその気になればこの拘束の意味がすぐになくなることを見越してるみたいだ。


「アンタがナツキのことを反省して謝罪してくれるんなら。謝らないならその目開けてても前が見えなくなるまで殴る」
「それは困るな……、ナツキちゃんの気持ちを軽く受けとって、すまなかったよ。今後彼女には誠実に対応する」
「…………絶対だからな」


低く落とした声が念を押す。
「誓うよ」と頷けば素直におなまえは立ち上がって僕を解放した。


「また泣かせたら目潰しくらいじゃ済まさねーからな!」


そう吐き捨てて行くと倒れている富士に「先帰るわ」と声をかけて一人で黒酢中を後にしていく。
……多分、気絶してて聞こえてないと思うけどな、それ。


---


「泣かせたら目潰しって言ったの、聞こえてなかったのかテメー」


翌日。
想像以上の速さでおなまえとの再会を果たして「アレ?」と僕は目を見開いた。


「ちゃんと誠実に対応させて貰ったんだけどな…?」
「誠実って。じゃあ何でナツキが泣くんだよ」


今日は単身でやって来たらしいおなまえが、僕のクラスの昇降口に張っていた。
いつから来てたんだろう、わざわざ学校抜けてきたんだろうか。


「"好きでもない人とは付き合えない"ってちゃんと断ったんだけど」
「好きになる努力をそこはして欲しかったんだけどなあ?!」
「締まる締まる」
「締めてんだよ。そのままくたばれ」


思いっ切り胸倉を掴みあげてゆさゆさと揺さぶられる。
襟元のネクタイが締まって息苦しい。


「だって、不毛な僕に思いを寄せてるより、新しい恋を早く見つけて貰った方が誠実だろう?」
「ナツキの何処が悪いってんだよ言ってみろ」
「悪いっていうか……そもそもそういう判断が出来る程知り合ってもいなかったし…」


だって向こうはどうか知らないけど、僕がそのナツキちゃんと知り合ったのは告白される3日前だ。
仮にナツキちゃんがもっと前から僕のことを知っていたとしても、僕からしたらたった3日の、時間にして言ったら本当に適当に過ごした数時間分くらいしか一緒にいたことがなかった。
それで真剣に交際を考えろ、なんて無茶だろう。


「…寧ろ、一緒に過ごした時間の密度で言ったらおなまえとの方が濃い訳だし」
「は?」
「拳交えたくらいだ。おなまえが情に厚い性格だってのは今身をもって体感してるだろう?」
「…………つまり何が言いたい?」


おなまえは暫く考え込んでいたみたいで固まっていたけど、答えが出なかったのか訝しげな顔のまま尋ねてくる。
思考中の間も掴んだネクタイを離さないでいるから、問答無用で殴られる可能性は拭い切れないままだ。


「ナツキちゃんには本当に申し訳ないけど、良いも悪いもなくて。でもおなまえのことは昨日会ったばかりだけど一目置いてるよ」
「…顔殴ったから?」
「違くてさ。…おなまえは僕のことを卑怯だって言わなかったろ」
「? うん?」
「それで自分が圧倒的に不利なのに。それが僕の特質だって言ってくれたの、アレ結構響いてね」
「そんな特別なこと別に言ってないじゃん」


"それが何なんだ"と言いたげにしているおなまえ。

僕と対峙する凡人はただ僕を妬むか屈するかしかなかった。
そんな中で妬みも屈しもしない。
且つ僕には無い"仲間"の為に全力を尽くすことが出来るおなまえは僕にとって眩しく感じた。


「……うん。おなまえにとっては、ね」
「…何、アンタ自分のその特質好きじゃないの?」
「そんなことは、ないけど」
「私は私の根に持つ性格、"自分らしい"と思ってて好きだよ」
「それは普通、短所に思う人が多いんじゃないか…?」


自己肯定感が高くて驚いた。そんな性格を"自分らしい"だなんて。


「私以外の人にとっての普通なんかどうだっていいんだよ」
「……」
「少なくとも私の身内は私のこの性格のこと、"おなまえだしね"で済ませてくれてる。それで十分で、外野なんかどうでもいいんだし好きにすればいいじゃん」
「…本当に、キミは……」


特別な力を持ってる訳でもないのに、まるで対等に接してくる。
というよりも、対等であることを許してしまう。
初めてだ。普通の人を、すごいと思うなんて。

僕が言葉の続きを紡げないでいると、掴まれていた胸倉が開放された。
未だ不満そうな表情ではあるけど、殴るのはやめることにしたのかもしれない。


「ナツキを泣かせたのは許してないけど…何か今のアンタの顔見てたら殴るの可哀想に思えてきたから、やめてあげるよ」
「可哀想…」


そんなに情けない顔してたかな。
瞬きを繰り返していると、まだ若干腫れている僕の左頬をつねられた。


「い"っ……、可哀想って言ってた癖に…」
「可哀想だから、反対側殴るのはやめてやったの。アンパンマンみたいになったら番長のハクがつかないだろ?」
「…そりゃどうも……あと番長は枝野だから。一応言っておくけど」


ビリビリと痛みを発する頬を抑えて、一応訂正しておく。
ただ学校内での立ち位置を明確にしているだけで、表立って色々やるほど興味も無いことだし。
僕の言葉を聞いてるのか聞いてないのか、「ふーん」とおなまえは何が入っているのかわからない程薄いスクールバッグを揺らした。













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