それが私でありますように



ずっとずっと仲良しだった。
シゲ君含めて一緒に遊ぶことも多かったし、軽口を言い合ってふざけたりもした。
家は斜向かい。幼稚園も小学校も一緒で、クラスは時々違ってたけど…最後に一緒だった4年生まで、変わらない仲だったと思う。
5、6年の時だって、登下校は一緒だったし。


--「律くんかっこいいよねぇ!」
--「足も早いし!」
--「理科100点だったんだって!」

--「うん!……すごい、よねえ」


小学校の頃から彼を誉めそやす声はたくさんあった。
昔は私もそれが誇らしく思えたのに、今では複雑な気持ちが渦巻いてしまう。

私だけが知っていた律君の良い所が、どんどん減っていく。
どんどん周知されていく。

いつの間にか私の背を越えて、いつの間にか低くなっていた声。
中学に上がって制服を着ている律君を見た時、すごく"かっこいいな"って胸が締め付けられたのを今でもよく思い出す。

小学生の頃は家が近いから勝手に一緒になっていた帰り道も、今では1人だ。


「1年生なのに……」


生徒会なんて、すごいな。

そう言いたかったけど、口にしてしまうと平凡すぎる自分が浮き彫りになってしまいそうでやめた。
律君はずっと努力してる。だから凄い。
私が凄くないのは、何の努力もしてないから当たり前で、比べられっこないのに。


「…………」


昔、よく一緒に遊んでいた近所の公園。
そのブランコに童心に返って腰掛ける。
昔から所々錆び付いていたそれは、揺らす度にキイと甲高い音を立てるけど、そこも含めて私の思い出のひとつだった。


--「私ね、影山君に告白してくる」


そう言ったのは中学で知り合った別小のクラスメイト。
入学式の後ですぐ仲良くなった、明るくて、話しやすくて、可愛い子。

やめて、とは言えなかった。
律君のこと、たった数カ月で何がわかるっていうの。

嫌だとも、言えなかった。
そんなこと言える立場でもないのに。


ただ気持ちの籠ってない「頑張って」という言葉を唇を噛んで絞り出すのに精いっぱいで、告白から帰ってきた彼女の表情が浮かないものであることに安堵してしまった。
「フラれちゃった」と想像以上に軽く言ってのけた彼女に、友達らしからぬ感情を抱いて罪悪感が過ぎったのも束の間。


--「影山君、好きな人いるんだって」


それを上回る衝撃に、私は何て答えられたのかさえ覚えていない。

ブランコが、軋む。


---


「私体育嫌ーい」
「私も運動苦手だから気持ちわかる」


嘘。

体を動かすのは別に嫌いじゃないし、本当は隣のクラスとの合同授業の時だけは運が良ければ律君が見られるから、私は好き。
つい癖で軽くしまい込んだ下唇を元に戻して、そっとクラスメイトを見た。
律君への失恋なんて気にもとめてなかったのかと思うくらい友達はけろりとしていて、私は"失恋の凹み方も立ち直り方も人それぞれなんだなぁ"と思いながらグランドの向かい側を窺う。


--今日は男子、野球なんだな…


先生が敷いた石灰の白線の上に立つ律君。
私以外にも女子生徒で律君を見ている人は何人かいて、周囲が少しだけざわめいている。
ただ1人の男子が打席に立っただけで浮つくなんて、凄い影響力だなと少しだけ胸が痛んだ。

ずっと投手に向けられていた律君の視線が、バットを構えた一瞬だけ此方に向いた。

遠かったし本当に一瞬だったけど、滑らせた視線が私と合った気がした。
ドキリと痛みを感じていたはずの胸が過剰に反応して、またすぐに目の前を向いてしまった律君の横顔を見つめる。


--偶然……それか気のせいかも


小気味の良い音と共に律君が打ち上げたボールが高く高く放物線を描いた。
駆け出した律君に向かって女子たちの黄色い声援が響く。
私はぼんやりと空に向かっていくボールを眺めていた。
上がり続けていたボールが落ち始める時、風もないのにボールの方向が変わる。


「え」


そんなことある?って疑問が浮かんだ。
だけど紛れもない現実では重力に従ったボールが、女子の列の端で観戦していた私に向かって真っ直ぐ落ちてくる。
咄嗟に頭部を左腕で庇うと、不意にそのボールが減速して。

トスッ


「あた」


思わず痛みを訴える声を上げてしまったが、衝撃もなくただぶつかっただけで何故か無事だった。
私の腕に当たってコロコロと地面を転がる野球ボール。
私の声に反応してかボールが向かってきていたのを見ていたのか、体育の先生が近づいて来た。


「みょうじ、当たったか!?怪我は?」
「えっ、だ……大、丈……」
「すみません!」


急に先生と私の間に割って入ってきた声に視線が集まる。
一拍置いてからざわめきが湧き上がって、私もつい固まってしまった。


「僕の打ったボールがみょうじさんを怪我させてしまって…責任持って保健室に連れていきます」


「影山か」と先生が律君を見てから、男子の方の先生と話し合って頷く。
許可が下りると、ボールが当たってない方の私の手を取って律君が歩き出した。
私もそれに何とかついていく。


「ごめん、ボール。痛かった?」


校舎内に入ると律君の足取りが急にゆっくりになった。
元々歩くのが遅い私はようやくいつもの自分のペースで歩けるようになれたけど、緊張でうまく、返事ができない。


「ぜ!全然!なんか、急に…ボールの向き変わって、…当たったけど……チョン?てくらい?」
「怪我してないなら良かった」
「…ぅ…っ、…うん、…してない」


心配して貰えてることが嬉しくて、変に弾まないように喉に力を入れて答える。
律君からの質問に答え終わってしまうと、廊下に2人分の足音が響くだけになる。
律君は変わらずゆっくり歩いているけど、視線は前を向いたままだ。

"何でこっちにボール来たんだろうね"とか、"話すの久しぶりだね"とか。
"そっちのクラスどう?"とか、"生徒会ってやっぱり大変?"とか。

話したい事は、いっぱいあるのに。
私が半歩後ろから律君を眺めていた視線を落とすと、まだ掴まれたままの私の手が目に入って腕が強ばった。


「……ぁっ」
「何か……、話すの凄く久し振りだね」
「そっ、そうだね?入学式…は、…話せなかったから」
「……4ヶ月ぶり、くらいになるのかな」


腕、離さなきゃ。
もし律君の好きな人がこの場面を見たら、きっと良くない。
……だけど、離したく…ないな……。

私が右手を注視していると、律君がその手を握り直した。
思わず顔を上げると振り返っていた律君と目が合う。


「今年は誕生日プレゼントくれないの」
「えっ?」
「去年までくれてたのに」


--な、何で今そんな話……。


ゆっくり歩いていたはずの足は律君が立ち止まったことで繋がれている私も歩けず立ち往生する。
私が手を気にしたの、律君なら絶対気付いてるのに。なんで。

好きな人がいるんなら、きっとその人から欲しいだろう。
そもそも中学に入ってから挨拶さえ交わせていない私から、貰った所で邪魔かもしれない。
そう思って悩んだ挙句渡すことを諦めた律君へのプレゼントは私の部屋の机の中で眠っている。
目の前にお互いの家があるのに、訪ねることさえ躊躇う。
そのくらい、"律君の想い人問題"は私にとって大きな壁だった。

毎年あげ合っている誕生日プレゼントは何て変哲も無い筆記用具で、特別な仕様がある訳でもない。
あってもなくてもいいもの。なのに。


「ごめ、ん。…わ……忘れてて……」
「……嘘。口噛んでる」
「あ。違っ…えっと」


何から説明するべきなんだろう。
どう誤魔化したらいいんだろう。

咄嗟に左手で口元を隠す。右手はまだ、律君の手の中だから。
今更遅いかもしれないけど、変なことを口走ってしまわないように私なりの精一杯の抵抗だった。


「ぜ…全然、話せなかったから。喋ってないのに、あげるの変……かもって……」
「…そっか。……別に、変じゃないんじゃない?喋ってない4ヶ月より、喋ってる方が年数長いんだし」
「そう、なんだけど…」
「…………他に理由、ある?」
「……」


黙る私に律君の追求の視線が刺さる。
手で隠した向こうで、唇を噛んだ。


「ない。…ないよ、ごめん渡さなくて。……でももう、止めよう。あげ合いっこするの」
「………そう…。わかった」
「ごめんね……ほ、保健室…行かない、の?」


未だ立ちっぱなしの私たち。
律君は相変わらず歩きだそうとしない。
もう結構な時間、授業から抜けているけれど…律君だから、大丈夫なのかな…。


「おなまえさ、夏休み何処か行ったりするの?」
「えっ、夏休み?んー……8月は藻山のおばあちゃん家行くけど」
「7月は?」
「特には……夏期講習くらい」


日付までは覚えてないけど、携帯にならメモしてある。
つい制服のつもりでポケットを探って、今自分が体操服なのを思い出し「何日かは携帯見たらわかるよ」と答えた。
そんな私の様子をじっと律君が見ていたのに気がついて、何故かはわからないけどギクリとした。


「な、何……?」
「22日、空けといて欲しいんだけど」
「……どうして?」
「プレゼントはなしでいいから、その日付き合ってよ」
「うぇ……?何処いくの……ってか!わ、私と行っていいの?」
「誰となら良いとかある訳」
「だっ……や、…そういうんじゃ……」


つい"だって好きな人いるんでしょ"って、口をついて出そうになったのを噛み締める。
と、また律君と目が合ってしまった。
そこでハッとして再び口元を隠す。


「い、意地が悪くないですか……?」
「何が?」
「嘘かどうか探ってるとこが」
「嘘をつくほうが意地が悪いと思うけどね」
「……」


どう頑張ったって、律君の方が一枚上手になってしまう。
うまく機転をきかせられない私は黙って凌ぐしかなくなってしまった。
私が黙っているのをいいことに、律君は「じゃ、22日よろしくね」と言いつけるとやっと歩き始める。

もう授業時間も残り僅かとなった頃合に保健室のドアを叩き、養護教諭に理由を聞かれ「貧血でボールにぶつかりました」と嘘と事実をナチュラルに混ぜて私を保健室に押し込むと、何事も無かったように律君は去って行く。
生徒会所属という優等生の立場が有利に働いているのかもしれないけど、ほとんど仮病のようなものだと知っている私だけは、その先生とのやり取りに"更に頭が回るようになったなぁ"としみじみ考えさせられた。


---


何ヶ月ぶりでも、話せば意外と自然に話せちゃうもんだったなあと思っていたのも幾日か前のことになってしまった。
もう夏休みに入り、約束の22日が近付いてきている。


「どこに、何をしに行くんだろ…」


うーんと一人で唸っても答えがわかるはずもなく。
電話を掛けるかと階段を降りればタイミング悪くお母さんが使っていた。


--携帯は高いからそんなに使うなって言われてるし…


そうなると残る手立てはひとつで、階段を降りたついでにそのまま玄関でサンダルを履いて家を出た。
すぐ向かいなので当然影山家にはものの数秒で辿り着いてしまう。

良いのかな……でも、約束しちゃったし……
だけど好きな人って…、……いるの知ってるのに私が避けないのも悪いんじゃ……

ドアホンの前で苦しんだり青くなったりしていると、「何してんの」と頭上から声が聞こえた。
見上げれば自室から律君が私を見下ろしていて、立ち尽くしていた私が面白かったのか苦笑している。


「鳴らすなら早く鳴らしなよ。それより入ったら。外暑いし」
「え、でもおばさんとか」
「今買い物中。兄さんはバイト」
「あ!すぐ!すぐ聞けることだから!今聞くね!?」
「…………」


流石に間抜けの私でもそれじゃあ影山家に律君と二人きりになってしまうっていうのはわかる。
下に降りてこようとしたのか窓から離れかけた律君を呼び止めて「此処でいい!」と手でも合図した。


「22日、どこ行くのかなって。持ち物とか服装とか悩んだから聞きに来たの」
「…ああ……何でも平気だけど…」
「ワンピにミュールなのに行った先がアスレとか動物園とかだったらチグハグじゃん」
「そういう服持ってるの?」
「持ってるわ!」


小学生時代、入学式と卒業式を除いて常にズボンだった私だってワンピースの一つくらいある。ヒールだって7cmまでなら履いて歩ける。
私が憤慨しているのを他所に律君は窓際で目を細めていて、そんな仕草でさえ画になるのがなんだか悔しい。


「いつも通りでいいかな、まずは」
「わかった。外歩く?靴サンダルじゃない方が良い?」
「サンダルでいいよ」
「……で、何処行くの?」


何だ全然ラフでいいんじゃんと安心しながら肝心の場所を訪ねる。
だけど律君は窓の縁に腕を掛け、そこに顎を乗せると「まだ教えない」と跳ね除けた。
私がそれに文句をつけている内におばさんが買い物から帰って来て、とりあえず私が準備する物はわかったしとすごすご引き返す。

エアコンの効いた部屋に戻って、額にかいた汗をシャツの裾で拭う。


「あーっつ。これしばらく真夏日なんじゃ……ん?」


パタパタとそのまま下敷きをシャツの内側に向かって仰ぎながら窓の外を見ると、カーテンが全開の窓のそのまた向こうの影山家から、顔を顰めている律君が此方を睨んでいた。


--お、オッサンみたいなことしてる現場を見られてしまった……!?


サーッと血の気が引くと同時に、ゴメンゴメンと手を合わせながら頭を下げてカーテンを閉めた。

……そっか、もう夏休みだから、カーテン締め切ってなければお互いの部屋の様子がわかっちゃうのか。
平時は私が塾行ったり向こうが生徒会だったりで帰宅時間がバラついている上、夜は互いにしっかりカーテンを閉めて生活をしてたから忘れてた。


「……レースのカーテン、買ってもらお…」


年頃の男女の部屋が、カーテン一枚で筒抜けになっちゃうなんて大問題だもんね、とお母さんに言いに行ったのに、なんとお母さんはまだ電話をしていた。


---


「わー!涼しいーー!」


"いつもの格好で良い"と言われて迎えた22日。
素直にその言葉を鵜呑みにして私はTシャツにサロペット、日傘の代わりにキャップを被って近所を散策するのと変わらない出で立ち。
律君もシンプルにシャツとジーパンで、イケメンてシンプルな格好でもイケメンなんだなって再認識させられた。

家の前で待ち合わせて最初に向かったのが駅で、そんな遠出をするのかと首を傾げながら電車賃を握らされやって来たのは湖に面した自然公園だった。
ウッドデッキのような広場がそのまま湖に向かって階段状にあり、数段下れば透き通った湖に足をつけて涼めるなんて真夏にピッタリだ。


「気持ち良いー!もっと捲っとこ」
「足滑らせないでよ」
「律君お母さんみたい」
「おなまえがしっかりしてたら僕だってこんなこと言わないのに」
「滑ってないでしょーが!」


膝上まで捲ったお陰でもう少し下りても大丈夫そう。
だけど律君がすぐ後ろで「絶対転ぶ」と不吉な予言をしているから大人しく控えめに水遊びするに留めた。

海に比べて遠くもないし、穴場なのかこの公園にいるのは釣り人ばかりで涼みに来ているのは私たちだけみたい。
足を上げる度に跳ねる飛沫がキラキラ光って眩しい。


「こんなに涼しくてゆっくり出来るのに、他に人少ないね?」
「今の時期だとやっぱり、海とか川にいくんじゃない?此処遊泳禁止だし」
「全身浴びれる方とどっちがいいかってなると、やっぱ浴びたいのかなぁ皆」
「半身までならセーフって訳じゃないと思うけどね」
「怒られてないってことはセーフってこと!……と思う!」


厳密に言えば膝までしか浸かってないから半身未満ではあるし、と公園の管理人らしきお爺さんが温かい目でウンウンしているのを指差す。
さっきまでこのウッドデッキ風の広場から釣り糸を垂らしていたおじさんに何やら注意をしていたから、その流れで私たちにまで来ていないってことはつまり良いってことなんだよきっと。うん。

その後も湖に夏なのに白鳥がいるのを見つけて写真を撮ったり、アヒルかガチョウかわからない鳥を追い掛けたり遊覧船に乗って湖の中の神社を見たりと過ごしている内にあっという間に夕方になってしまった。


「……パッと見何も無い広場なのに…侮れなかったわ……」
「楽しかった?」
「うん!私はすっごく!」
「そう。良かった」
「連れて来てくれてありがとう〜!…………あれ…?」


楽しさにかまけて、何かを忘れているような気がする。
パチパチと瞬きを繰り返して考え込んだ。


「……私が楽しんじゃって、良かったの…?」
「つまらないよりいいんじゃない」
「や。いやいや、だってホラ、律君の誕生日プレゼントの代わりに此処付き合ってって話だったじゃん」


律君が100%楽しんでいたとしたら、私は200%楽しんでいた自信しかない。
なのに律君は「だから着いて来て貰ったじゃないか」って言いながら帰りの切符を買おうとしてて、その財布の口を両手で抑えた。
よく思い出したら行きも遊覧船のチケットも律君が出してた。
せめて帰りくらいは。追加で夕飯くらいは私が出さないと50:50でいられない。

「いいのに」と渋る律君を券売機からどかして、今度は私が2人分の切符を買って律君に持たせた。
私が渡した切符を律君は何故か最寄り駅に着いて改札を通る間際じっと見つめてて、先に改札を通った私が振り返って「律君?」と呼ぶとようやく切符を通した。


「……なんかあった?」
「ううん」
「嘘だぁ、何かあったから止まってたんでしょ」


私は律君が嘘をつく時の癖なんかわからないけど、それでも"何も無い"ってことはないってくらいはわかった。
私の指摘に律君は「勿体なかっただけだよ」と答える。
でもそう聞いても何が勿体ないのか、私にはわからなくて結局首を傾げた。


---


夕飯をファミレスで済ませて、お母さんに「今から帰ります」の連絡をすると、「あーはいはい」と軽く流された。
年頃の娘が心配だから携帯を持たせたんじゃないのかと釈然としない気持ちで携帯をしまうと、隣を歩いてた律君が「送るよ」と言ってくる。


「ほとんど帰り道一緒じゃん。ついででしょ」
「まあ、そうだね」
「優しい嘘って知ってる??そんなことないよって言ったって誰も悲しまないんだよ」
「悲しかったの?」
「そりゃ"否定してくれたっていいじゃん"て、ちょっとは思うよ」


どこかの誰かさんは嘘がお上手なんだし。
そう零してる内に家の前に着いて、「じゃあね」と言おうとした時に自分の家が暗いのに気付いた。
駐車場を見ると、車もない。


「はれ……?」


出掛けてる……?と私が固まっているのに、後ろから律君に「そういえばさ」と声を掛けられる。


「おなまえがワンピース着てるの、見たことないんだけど」
「…………ん?私?……ワンピ?」


今家族が何故留守なんだってことで頭がいっぱいなのに、無理矢理意識が律君からの言葉に集中していく。


「着てみて」
「え……い、今?」
「…僕、一応誕生日のお祝いして貰えるんだよね」
「もう終わったんじゃ…遊んだし、ご飯も食べたし…」
「まだ家に着いてないから。帰るまででしょ?」
「へ、屁理屈」
「お邪魔しますー」
「ちょ……っ」


おかしいオカシイ!
折角この間家で二人きりの状況を避けたのに、今日また似た展開が来るなんて。
……そもそも、やっぱり二人きりで出掛けた所から間違いだった……?
それに数分前まで電話に出てたお母さんたちはマジで一体何処に……。

ぐるぐると私の小さい脳みその中で色んな考えが交錯していく。
不用心に鍵もかかっていなかった玄関から、先に上がった律君が電気をつけて階段の前で私を待っている。


「ほ、ホントに……?」
「着替えるんなら僕此処で待ってようか?」
「廊下なんかで待たせらんないよ!す、すぐだから。2分、待って」


大急ぎで自分の部屋に帰って着替える。
シャツワンピだから物の数秒で着終えた。
寧ろ着てたサロペットたちを脱ぐ方に時間が掛かったと思う。
「いいよ」とドアを開けるとすぐ外に律君が立っていて、私を見てぱちりとゆっくり瞬きをした。


「え…何その反応。何処かおかしい?」
「……髪、ぐしゃぐしゃ」


急いで脱ぎ着したから、と言い訳している合間に律君が私の髪を指で梳いていく。
あ。汗。かいてる。
ハッとしてその手から2歩、3歩と後ずさって「ありがとう」と口にしながら机の上のヘアブラシで梳き直した。


「変じゃない。そういうのだったら、今日それでも良かったかもね」


私が扉から退いた後、律君も部屋に入ってラグの上に腰を落とす。
私の部屋に律君が上がるのなんて、何年ぶりだろう。


「どういうのだと思ってたの」
「もっと可愛い系のかなって。でもそれ似合ってるよ」
「えっ、あ。ありが、と」
「他には無いの?」
「ワンピはコレだけだけど…何?あったらそれも着ろっていうの?」


何ですかファッションショーですか?
そう私が呟くと「面白いじゃん。いいプレゼントだよ」と律君は笑ってる。
"プレゼント"という単語でつい、自分の机の引き出しをチラリと見てしまう。
渡せないまま時間ばかり過ぎてしまった、私の気がかりのひとつ。

不意に律君が立ち上がって私の机の引き出しに手をかけた。


「な……!人の机……」
「やっぱり、忘れてたなんて嘘じゃないか」
「っ……ダメダメ、わ…渡せないの」
「どうして」


ラッピングされた手の平大の箱に手を伸ばされそうになって、私はその手より早く自分の手を滑り込ませた。

今日1日、ずっと考えないようにしてた。
ちょっとでも考えたら、とても隣にいられなかったから。
無理矢理 無視をしていた思考が堰を切ったように溢れてくる。


「…………好きな人、いるんだよね…?」


なら、他の女の子からのプレゼント、持ってたりしてたらダメだよ。
他の子と、二人で出掛けたり
二人っきりの空間に、長くいたりなんか。

もし私がいるせいで、律君がその人と上手くいかなかったら。
その時も私は、「良かった」なんて安心しちゃう嫌な人間にきっとなってしまうから。
そんな醜い自分に気付かれたくない。

だから本当は、私の方から律君を避けなきゃいけなかったのに。


「だったら…その人から、貰うべきだよ」
「……それ、誰から聞いたの」


プレゼントの上に、私の手がある。
その私の手の上に、律君の手が被さったまま問われて、クラスメイトの名前を答えた。
私の答えを聞いて律君は一拍置いてから長く溜息を吐いて。


「それしか聞いてない?」
「……それしか、って…?」
「好きな人がいる、の続きは聞いたの?って聞いてる」
「続き、なんてあるんですか…」


「ちゃんと聞いててよ」と律君が私を見据える。
嫌だと思って耳を塞ぎたくても、私の両手は律君の手の平の下だ。
何を言われるの、と聞きたくない気持ちが強い筈なのに心臓がバクバクと邪魔をする。


「僕の好きな人は、嘘が凄く下手な人で」
「…………」
「暑いのが苦手で、鳥が好きで」
「……ちょっと……待」
「不器用の自覚があるのに毎年自分でプレゼントのラッピングする人」
「ちょっと待って……って……言ってる、じゃん」


顔。顔から火が出そう。
手で隠せないから、その場にしゃがみ込んで顔を伏せた。

だって。

だってそれって、私しかいないんじゃ

……私……?


「誰が好きか、わかった?」


頭の上の方から、律君の声がする。
布擦れの音がして、音と温度から多分、律君もしゃがんだんだろうと思う。

顔を、上げられない。
絶対変な顔してる。
必死に自分の二の腕に顔を押し付けて隠していると、すぐ横で「フフッ」と笑われた。


「くれるよね?プレゼント」


頂戴と言うように、私の手の甲を軽くつついてくる指先。
手を離して、自由になった手で私は顔の熱を下げようと両頬に手を当てる。
でも私の手も残念ながら熱くて、全然冷える見込みがない。
カタリと軽い音と共に包装された箱が持ち上げられて「ありがとう」と言う律君の声が続く。


「……で、僕まだ誕生日のお祝い中なんだけど」
「…………もうやめてぇ……」


いっぱいいっぱいなんだよ。
喉を振り絞って出た声はか細くて雛鳥のよう。


「家に帰るまでがお祝いでしょ」

「返事、欲しいんだけど」


私の答え、なんて。
そんなの。


---


その後律君が帰ろうと階段を降りたタイミングで、外から「おめでとー!」と盛大に私の家族と影山家たちにクラッカーを鳴らしてお祝いされた。
それを見て意図的に留守にされたんだと知ったり、隠す気はなかったけど家族公認にする気もなかったんだけどな、と気が引けている私の隣で「これからも、よろしくねおなまえ」と意味深に笑みを浮かべる律君に。


--一生上手を取られ続けるんだろうなぁ


そう確信めいた予感が頭を過ぎった。




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律夢/幼馴染以上恋人未満な二人でお出掛け







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