その背を押して、道を照らして。



「うーん……」


どちらにしよう。

ショッピングモール内のアクセサリー屋さんで、私は煌びやかなカウンターの中でも比較的地味めなヘアアクセが並んでいる隅の方で頭を悩ませていた。
私の手にはネイビーのリボンと黒のリボン。

カウンターに置かれた鏡の中の自分と手の中を見比べてはまた低く唸る。
こんなに悩むってことは、今日は買うべきでないのかもしれない。
でも今日買わないと、学校帰りに寄り道はよくないし……。


「……、」


諦めよう。

そう思ってリボンを元の場所に戻そうとした時、「よお」と軽快な声と共に肩を叩かれた。
すっかり自分一人の世界に入り込んでいた私は驚いてビクッと声の方を見る。


「ひゃ!……ぁ、すっ、鈴木くん」
「そんなビビんなよ」
「ご…めんなさい、声、掛けられると思ってなくて…」


私の驚き様に目を丸くした鈴木くんは失礼だったろうと思うのに気にしてなさそうに笑った。
同じクラスだけど、出席番号も離れてるしあんまり話したことはない。
そんなレベルでただ見掛けただけで話し掛けてくるなんて私にはとても出来ないのに。
なんとなく彼の周囲にサッと視線を流してみるけど、鈴木くん1人みたいだ。


「何見てたんだー?髪の?」
「あ。うん…」
「委員長髪長いもんな。何、イメチェン?」
「イメチェンっていうか…スイッチ?願掛け?みたい、な…?」


ついさっきまで買うのを止めようとしていたのに、そんなことも忘れて私はポロッと口を滑らせてしまった。
言葉にして誰かに言ってしまったら、いよいよ実行しないといけなくなってしまう。
慌てて私はカウンターに戻したリボンの上に伏せていたままの手を退けて、「あ、でも」と続けた。


「やっぱり止めようと思って。だから何でもないの」
「止めんの?何で?」


さっきまで"ふーん"という声が聞こえてきそうな素振りで、並んでいるバレッタやシュシュたちに視線を落としていた鈴木くんが顔を上げた。


「な、何か……変、っていうか。しっくりこないよなー…って思って」
「……そうかぁ?」


答えている間も注がれる鈴木くんの視線から逃げるように、私は店内の他の客やピアスが飾られた棚に目を向ける。

決して眩しい程では無いけど、此処に並んでる物たちそれぞれが小さな照明の灯りを受けてキラキラと輝いていた。
勿論ピアスやネックレスみたいなものは私には背伸び過ぎた代物なのはわかりきってる。

けどほんの少しだけ、近付けたら変われるかもって。
ちょっとだけ強くなれるかもって。
ただ一瞬、そう思ってしまっただけ。


「似合わ、ないよ」


カウンターに手を伸ばす鈴木くんの指の行先に背を向けて、その場を離れようとする。
でも1歩踏み出した直後つん、と腕が引かれて私のシャツがピンと張り上体が傾いた。


「ストップ」
「わ、あ…っ、え……?」
「気をつけ」
「え。気?」
「気をつけしろって」
「はい!?」


引っ張られて反った背中を鈴木くんが支えてくれた、と思ったら一方的に"気をつけ"の姿勢になるように言い付けられて、私は咄嗟に直立体制になる。
「ヨシ」と頷いてから私の背中側に回った鈴木くんが私の髪を徐ろに全て後ろに流していく。
急に髪に触れられて「スッ、鈴木クン??」と裏返りそうな声で呼んだ。


「そのままそのまま。……ウーン」
「な…に、シテルノ?」
「学校で着けんのか?」
「……、……部活で…」
「吹奏楽だっけ」


ピクリと反応してしまう。
まさか鈴木くんが私の入ってる部活を知ってるなんて、思ってもみなかったから。

「じゃあ制服だもんな」と言うと、私の髪に向かってあれやこれやを宛がっているようで後ろからカウンターを物色しているような物音がする。


「みょうじー?」
「はっ、ハイッ!」
「最初このフワフワのやつ見てたけど、ゴムよりリボンのが良いとか?」


そう言って鈴木くんが指差すのはリボンを手に取るより前に見ていたシュシュだ。
このお店に並んでいるシュシュはチュールレースやフリルが多くて、可愛くて目を引くけれどそこまでの物は学校には着けていけないなと思って置いた物だった。

"最初"。そんな所から見てたなんて。
全然私は周りを気にしてなかったけど、実は近くのお店を見てたりしてたのかな?
それでも、私が何を持っていたのかが見えたなんて、鈴木くんは大分目が良いのかもしれない。


「そういうんじゃ、ないんだけど…ゴムのが結び易いし。リボンは、なんとなく、見てた…」
「へえー……おっ。コレいーじゃん」


「どうよ?」と鈴木くんに差し出されたものを振り返って受け取った。
鈴木くんが選んでくれたのは既に結ばれたリボンが付いた飾りゴムだった。
パッと見では暗いトーンのシンプルなリボンだけど、光に透かすと上品な光沢と一緒に爽やかな縹色が現れる。
結んだ端には細いラメのラインが縁ってあって、間近でみるとチラリと輝いてみせた。


「可愛すぎなくて可愛い……」
「それどういう反応だよ」
「こういうの、求めてたの…っ!」


学校という場所で着けられるような、だけどこっそりと個性を秘めている。
真面目の枠からはみ出たくも、収まりすぎてもいたくないどっちつかずの私の気持ちを汲み取ったような素敵なチョイスだ。

……でも、似合うだろうか。
そう顔に出てたんだろうか、鈴木くんが「変じゃねーって」と私の背を叩く。


「そう…?かな……」
「俺の見立てが外れると思ってんのかー?」
「フフ……ううん、ありがとう」


悪戯っ子のように笑いながら鈴木くんにイジるように肘で小突かれて、私も気が抜けて顔を綻ばせた。
首を横に振り、「素敵だと思う」と手の中のリボンをまた見つめて、もう一度お礼を口にした。


「……もうすぐね、コンサートがあって。どうしても、ソロ吹きたいの。だから。……」


私はまだ1年だし、普通はそんなパート貰えない。
無理を言ってオーディションして貰えるよう先輩たちに頼み込んで、顧問の先生にも頭を下げた。

挫けたくなかった。
諦めたくない。


「練習、お陰でもっと頑張れる」
「おう!みょうじなら出来るって」


ニカリと笑って見せた鈴木くんは、煌びやかなショーケースの中でも負けない太陽みたいだった。


---


学校の敷地内でも、他の部活動の邪魔にならない場所。
それでいて音楽室からもそう遠くない場所っていうのは限られていて、私はいつも部活棟と本館を渡す通路の2階側で練習していた。
此処は屋根こそあるけど壁がなくて、正真正銘ただの渡り廊下なお陰で夏は暑いし冬は寒いし、雨が降ればちょっとの風でも濡れるから私しか使わない不人気スポットだった。

自分の呼吸の強弱に細心の注意を払って、何度も何度も同じ場所を演奏する。
もう少し息を吹き込んで。もう少し滑らかに、最後まで保って。
口から吐き切ってすぐに鼻から酸素を吸い、またすぐに旋律をなぞる。


「……ふう」


楽器を降ろして一呼吸つくと、少し離れた方から声を掛けられた。


「よおー!捗ってるかぁ?」
「! 鈴木くん。うん!まだいたんだ、部活?」
「いんや、さっきまで濱田たちとボードゲーム。誘われたから」


本館の廊下から窓を開けた鈴木くんがこっちにヒラヒラと手を振ってくれる。
そうか、直線距離だと教室と此処はそんなに遠くないんだなと本館を見上げた。
今日は、良い報告がある。


「鈴木くん」
「ん?」
「私、ソロパート貰えたよ!」


窓から身を乗り出してる鈴木くんに倣って、私も柵に体を預けて鈴木くんに向かってピースをしてみせた。
すると鈴木くんは「スゲーじゃん!」と大声を上げると、何を思ったのかそのまま窓からジャンプして渡り廊下の屋根からあっという間に私の目の前までやって来る。


「あ!?あ、…危ないよっ!!」
「平気だって!そんなことよりめでてーんだから祝わなきゃ損だぜ!」
「ひ!す、鈴木く…目!目回る……!」
「だぁーからお前なら出来るって言ったろ〜?」


物凄いフィジカルだと感心するよりも早く、私の両脇に手を差し込んだかと思うとそのままテンション高くグルグル回る鈴木くん。
突然のことに私は手に持った楽器を落とさないよう握り締めるのに必死で、ぐわぐわと回転する世界の中「う、うん」となんとか返事をした。

ある程度回って気が済んだのか、私を床にそっと降ろすと目が回っている私が踏み外してしまわないように肩を抱いたまま私が落ち着くのを待っている。


「めちゃめちゃ上手ぇんだから、自信持てよな」
「あ、あり……がと。………? さっきの練習、聴こえてたの?」


まだふわふわする頭ではあるけど 多分この辺に鈴木くんの顔があるはずだとアタリをつけて尋ねた。
すると鈴木くんはブレた視界で表情はわからないけれど、私の方を向いたまま意外そうな声音で話す。


「いつも此処で練習してるだろ?ずっと聴いてたぜ」
「え」
「校祭でだって俺、どれがみょうじのパートかわかったけど」
「えっ、……それは流石に嘘、」
「あぁ〜?俺の耳疑うのかよ」
「だって絶対わかんないもん、そんな…の……」


吹奏楽部の私だって、"この音"と意識しないと聞き取りが難しいのに。


「……」


"いつも"。"ずっと"。
"聴こえてた"、じゃなくて、"聴いてた"。


--「吹奏楽だっけ」


段々ピントが合ってきて、瞬きをしてもクリアな状態が保たれる。
まさかと見上げると、鈴木くんが私の頭の方を得意気に見ていた。
空いていた片手でその指先が「やっぱ似合ってんじゃん」と髪を束ねているヘアアクセに触れる。
細められたその瞳が、陽を受けたリボンと同じ色だと気付いて。


「コンサートにも着けてってくれるんだろ?」
「……ぅ、ん」
「おーし!景気付けにこの後どっかメシいこーぜ」
「よ、寄り道ダメだよ」
「はぁ〜?ケチケチすんなって」


わ、私はちゃんと喋れているだろうか。
何だか急に、肩が物凄く熱い。顔も。
というかいつまで、手。このまま。近いんだろ。

鈴木くんが不貞腐れそうにしているってことは、少なくともちゃんと学校帰りに何処かに寄ることは断れていそうだ。
手の中の楽器を握る指が汗で滑って、掌全体でしっかりと握り込む。


「祝いてーの。とりあえずそっち終わったら西門な。待ってっから」
「ま、まだコンサート受賞もしてないのに…っ」
「それはまた別口だろ。遅くなんなよ」


ポンポンと肩をそのまま緩く叩いてから、鈴木くんが離れていく。
外から差し込む強い夕陽に同化するみたいなその背中を見つめた。



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23.07.06 / ショウ夢







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