良いオネエ悪いオネエ




何処へ行こう。
何をすれば。

雑踏をひとつ隔てた路地裏で魔津尾は狭い空を見上げた。
ビルとビルの間から見る空はもうすぐ闇に染まろうと藍色に変わり始めている。
腰のホルダーから呆然としている魔津尾を心配するようにグルルと低い呻き声が上がった。
そのカプセルをそっと撫でて魔津尾は視線を下ろす。
しかし、視線を落とした先に行く宛があるはずもなく、ただコンクリートを踏みしめた。


「……どうしようかしらね…」


そう零した魔津尾の視界に不意に鈴の音と白い毛むくじゃらが現れる。
魔津尾の足元にやって来た毛むくじゃらはスリ、と彼の足にその身を擦り付けるとまた鈴の音を鳴らした。


「何アンタ、どこの子よ」


逃げるそぶりのないそれは大人しく魔津尾に抱き上げられるとミャアとか細い声で鳴いて。
鈴の着いた首輪がついている。毛並みも良い。
きっと飼い猫だろうに逃げ出して来たのだろうかと碧い瞳を見つめていると、その向こうで路地裏を覗き込む人影に気付いた。
人影はキョロキョロと地面を見回しながら、恐らく猫の名前と思われる単語を発している。


「ねえ」


魔津尾が数歩寄って人影に声を掛けると、振り向いたそれは魔津尾を見てからその手の中の猫へと視線を移した。


「捜し物はコレ?」
「……あ!メロさん!」


”メロさん”と呼ばれると白猫は尻尾を左右にくねらせる。
不安げだった女は安堵したように眉を下げ、それから魔津尾に頭を下げた。


「ありがとうございます、その子捜してたんです!」
「こんな可愛い子、逃がしちゃダメじゃないの」
「あ。その子は依頼人のお子さんで……私、こういうものです」


魔津尾からメロさんを受け取った女は用意していたケージにその子を入れると、魔津尾に名刺を差し出した。


---


渡りに船とは言うもので、猫探しをしていた”何でも屋”のおなまえは魔津尾が帰る場所もないと知ると即座に「うち来ます?」とまるで飲み物を勧めるような調子で聞いてきた。


--「うち、と言っても事務所ですけど。それでもよければ使って良いですよ!」


曲がりなりにも女性がそんなに警戒心が薄くて良いのだろうかとは思いながらも、魔津尾はその言葉に甘えた。
あんまりにも軽く誘われるものだから、きっと来るもの拒まずでとっ散らかった部屋なのだろうと思っていたのに、存外にも案内された事務所は物が少なく整頓されていた。


「御手洗ここで、奥に一部屋あってそこに寝袋があります。流石に寒いと思うんで後でマットレスと毛布持ってきますね」
「あ、ありがとう……」
「こっちにはガス引いてないので……お風呂とキッチンは私と共有になっちゃうんですけど」
「それは良いんだけど……共有?」


パタパタとスリッパを鳴らしながら歩くおなまえの後をゆっくりとした足取りで追うと、先程寝袋のある部屋とは違うドアにおなまえが手を掛けた。


「はい、ここの2階が私の家なので!」
「ちょっと!アンタそんなの自分ちに上がらせてるようなもんじゃない!」
「? はい?ダメでした?」
「ダメって……。普通、得体の知れない初対面の、しかも男と、女のアンタが生活を半ばともにするっていうことに危機感とか無い訳?」


未だ首を傾げたままのおなまえに魔津尾は指を指す。
ぴしりと指されたおなまえは「ああ、なるほど!」とそう言われてようやく合点がいったように手を打った。


「大丈夫ですよ。じゅなさんはわざわざ”危ないよ”って今言ってくれたじゃないですか!ホントに危ない人はそういうの黙ってますもん」
「…………」
「それにピンと来たんです。”この人困ってるな”って。私そういう勘、当たるんですよ。助けて貰いたい人がいて、それを助けられる私がいるなら、力になりたいんです」


まるで聖人のような口振りだった。
よくこんな人間が今までスレもせずに生きてこられたものだと魔津尾は呆れる反面、悪意に敏感な悪霊たちが大人しくしているのを見て信用はしても良さそうだと溜息をついた。


「……後からやっぱり追い出します、なんて言われても退かないわよ」
「居たいだけ居てくれて大丈夫ですよ、私頑張って稼ぎますので!」


「なんてね」と言いながらおなまえは共有するスペースの案内を続ける。
もしかしたら家族や恋人が一緒に住んでいるからこんなに警戒心が薄いのかもと思ったのに、干されている洗濯物や食器、家具の数から見て女の一人暮らしであるのが見て取れた。
そしてなによりも魔津尾の気がかりは。


「あだっ」
「……事務所は綺麗だったのに…」
「アハハ…あっちは職場なので。自分のスペースはどうにも……」
「はぁ…………服くらい畳みなさい」


事ある毎にいちいち床に転がった服やら本やらにおなまえが足を取られている。
片付けが苦手なのだろうかソファーにはクローゼットに仕舞われないまま山積みになった服。
これでは寛げやしないだろうに、と魔津尾がその山を上から1枚1枚手に取り畳み始めた。


「わぁ!え、畳んでくれるんですか!?」
「宿無しを置いてくれるんだから、これくらいやるわよ。……というか、仕舞えるようにアンタはクローゼットの中どうにかしなさい」
「やったぁ〜助かりますー!」


「自分のこととなるとやる気湧かないんですよねぇ」と言いながら言われた通りにクローゼットの空間を確保しに取り掛かるおなまえ。
魔津尾は”心底人の為にばかりその気力を割いているんだな”、と思いながらシャツの皺を掌で伸ばした。


---


おなまえの事務所の一室を間借りして2週間。
おなまえが仕事をしている間は--ようやく人並みに座ったり歩いたりが出来るようになった--おなまえの部屋を掃除したり2人分の昼食の準備をしたりと家政婦のように過ごし、午後からは取り敢えずの金銭を手に入れる為に適当なバイトをして夜に帰る、という日々を過ごしていた。

魔津尾が帰る頃にはおなまえは事務所を閉めているので、渡された合鍵で中に入ると珍しくおなまえがまだ事務所で残業をしていた。
帰って来た魔津尾に気付いて「じゅなさんおかえりなさい!」と机に広げたファイルから顔を上げて迎えた。
おなまえの事務机いっぱいに並べられた地図や古雑誌、スクラップブックを横目に魔津尾は洗面所に向かう。


「珍しいわね、まだ働いてるの?」
「うん。ちょっと……人捜しなんだけど、雲行き怪しくて」
「人?」


手を洗いながらおなまえの声に耳を傾けていると「断ることが多いんだけど、なんか引っかかって受けてみたの」と紙をめくる音と不安そうな声。

捜しているのは当時5歳の男の子。
母親と一緒に公園に遊びに出掛け、その最中でトイレに向かってから帰って来ずそのまま行方不明になってしまった。
トイレの出入口は2箇所あるが、母親のいた方の出入口からもう一方の出入口も見ることが出来、母親が探しに中に入るまで出入りした人物はいなかった。
警察に捜索願を出したが半年経った今でも発見できずにいる。


「まるで神隠しね」
「警察で見つけられないんならなぁって正直思ったんだけど、何か頭がモヤモヤして……お昼にその公園にも行ってみたんです」


広めの公園で敷地内にいくつかトイレはあるが、問題のトイレは敷地の角に設置されていた。
駐車場前やこのトイレの手前にも別のトイレがあるからか利用者は少なく、母親が立っていた場所から死角になる所を探してみたがあるのは換気用の格子付きの窓だけで人はおろか子供でさえ出られなさそうだった。


「ただ、そこのトイレ何か空気が澱んでるというか……ちゃんと掃除はされてるんですけどなんか……何か気になるんですよ」
「……そう」


魔津尾は客用のソファーに腰掛けながらおなまえの頭の上に乗っているガムちゃんを見た。
ふくりと朝より少しだけ大きくなった体をおなまえの髪に埋めてご機嫌に羽をはためかせている。


「明日もそこにいくの?」
「そのつもりです。……でも新しい手がかりが見つかるかどうか…」
「私も一緒に行っていいかしら」
「え?……勿論構いませんけど…」


魔津尾がソファーから立ち上がるとおなまえの頭上からガムちゃんが飛び立ち、ゴーストカプセルへと戻って行った。


「それじゃ、明日ね。晩御飯まだなんでしょ?作り置きあるからあっためて食べましょ」


自分だって今帰って来たばかりだというのに、魔津尾は上着を脱いでおなまえに仕事を切り上げるようその背中を押す。
急かされたおなまえは慌てて机の上を片付けると自室に続くドアを開けた。


「すみませんいつもいつも……じゅなさんも疲れてるのに」
「野宿しないで済んでるんだからいいのよ」


「アンタも手を洗いなさい」と母親のように言いつけてキッチンに立つ魔津尾の後ろ姿をおなまえは見つめた。
最初に会った時から今日まで、いつも魔津尾が身につけているフィルムケースのようなもの。
初めこそカメラマンか何かの仕事をしていて、フィルムを持ち歩いてるんだろうと思ったがよく見るとうっすら伺える半濁色のそれらはひとつとして中身入りのものがない。


「……ねえ、じゅなさん?いつもフィルムケース持ち歩いてるけど、それ何入れるものなの?」
「そうねぇ、私のお気に入りかしら」
「ふぅん?……まだ探し中なんですか?」


濡れた手をハンドタオルで拭きながら食卓にやってくるおなまえに振り返ると魔津尾は目を細めた。


「ナイショ」


---


翌日2人でやって来た公園は平日というのもあって静かなもので、車から降りたおなまえは「昼下がりになるとお子さん連れやお散歩の人で結構賑やかになるんです」と昨日見た公園の様子を話す。

一概に公園と言っても草木の茂る遊具の少ない広場もあれば資料館のような施設が隣接している人の手で整備されているものもあって、この公園は後者だった。
切りそろえられた芝生とレンガタイルが敷かれた歩道とがあって、歩道は散歩道に使われるのだろう、ぐるりと芝生ゾーンを囲みながら遊具のあるエリアや芝山とアスレチックのあるエリアへと分かれている。

外回りの歩道を歩きながら進むと程なくして問題のトイレが近付く。
昨日ガムちゃんから感じた霊素の残り香をそのトイレから感じて、魔津尾は「やっぱりね」と呟いた。


「何か言いました?」
「…何でもないわ。ところで、昨日は中には入ったの?」
「誰もいない隙に中にも入ってみました。でももう暗くなり始めていたし、手元を照らす物がなかったのでよくは見れてません」


「今日は反省を活かして懐中電灯の電池も新調しました!」とライトを顔の横に構えて見せるおなまえに、「それ貸して。私が見てくるから」と魔津尾は手を差し出す。
しかしおなまえは首を横に振り一層強くライトを握った。


「えっ、私も行きます!」
「……まあ、いいけど。私から離れちゃダメよ」
「? はい!」


腰のホルダーから3つゴーストカプセルを指に挟むと魔津尾は男子トイレに入り込む。
そのすぐ後ろをライトを点けたままおなまえがついていくと、数歩進んだ先で頭のモヤがキィンと刺すような頭痛に変わっておなまえは頭を押えた。


「い……った……」
「クッキー、おなまえは任せたわよ」
「え?……う”っ…」


ズシンと突然の圧迫感におなまえがフラつくと、自分のすぐ後ろにいる”何か”が倒れそうになったおなまえを支えた。
しっかりとした感覚に振り返るが、そこにはトイレの壁があるだけで何も無い。


--壁に凭れた……?ううん、私と壁の間に、”何か”いる……?


絶えず続く耳鳴りの中手を伸ばすと、壁の手前でひたりと冷たい感覚が指先に触れる。
触れたそれはおなまえの手のひらの下でモゾモゾと蠢いて、咄嗟に手を引いた。
その瞬間おなまえは四方を壁に囲まれていることに気づく。


「な……で、出口がありませんじゅなさん!」
「大丈夫だから落ち着きなさい。……キャラメルちゃん、ガムちゃん!」


ピン、と残り2つのカプセルの蓋を弾いて魔津尾は悪霊を解き放った。
重々しい霊素の中心は目の前の個室から盛れ出ている。
そこに向かってキャラメルちゃんが体当たりをし、ガムちゃんがその中へと飛び込んだ。
すると野太い雄叫びと共に崩れた個室から灰色のヘドロのような悪霊が這い出てきた。
体に噛み付いているガムちゃんを引き剥がそうと身を捩るその中心に、ヘドロに塗れた子供の手が見えた。


「いたわ、ガムちゃん!」
『ギィ!』


魔津尾の合図でガムちゃんはヘドロから離れ、立ち代りキャラメルちゃんがヘドロを押さえ付ける。
ガムちゃんはその隙間を塗って子供の手を咥えると、噛みちぎらないように慎重にヘドロから腕を引き出した。
魔津尾も露わになった肩を掴んで引き摺り出すと、男の子が青い顔でぐったりしたままなのがだんだん見えてくる。


『グオォォォオオ!』


取り出されることに抵抗してかヘドロが男の子を下敷きにするように身をひねろうとしてくる。
同時にズズズと再び男の子の体が沈みかけ、魔津尾は「アンタガメついわよっ!」と自分の腕ごと飲み込もうとするヘドロに悪態を吐いた。


「じゅなさん!!」


掴んだ男の子の体を離さないように腕を回したものの、魔津尾ごと取り込もうとするヘドロの中におなまえの腕が脇から伸びた。
片腕は魔津尾の腰に回し、もう片方は男の子の脇を掴んで必死に引っ張ろうと力を込めている。


「おなまえ!?離れなさいっ、危ないわよ!」
「嫌ですっ!じゅなさん腕変になってるしなんかどんどん消えてってるし…絶対離しません!!」


「見えないけどコレ、出したら良いんですよね!?」と手探りで掴んだものを引き摺り出そうと踏ん張る。
霊は見えないし不可解な現象を目前にしながらも全力を尽くすおなまえを見て、魔津尾は口の端を上げる。


「アンタって本当に……人の事となるとすごいわね」
「わ…らってないで、じゅなさんも頑張って下さいー!!」
「クッキーちゃん!」


魔津尾が声を上げるとクッキーちゃんはその巨体でキャラメルちゃんとは反対方向からヘドロに突進する。
両側から押し潰された弾みでズルリと男の子の体が勢い良く抜け落ちて、魔津尾とおなまえは尻餅をついた。
名残惜しそうにヘドロが体の一部を伸ばしてくるが、ガムちゃんが勢い良く伸びたそれを噛みちぎった。
魔津尾が手で合図すると、3体の悪霊はヘドロをグシャグシャと食べ始める。


「じゅなさん、この子……!」


おなまえが痩せ細った男の子を抱き抱える。
悪霊に取り込まれてそのまま霊体に閉じ込められてしまったのだろう、とても衰弱しているのが目に見えてわかった。


「捜してたのはその子?」
「首に黒子…当時着てた服装と合致……きっとそうです!」
「早く依頼人に連絡してあげなさい」
「ありがとうございます…でもじゅなさんは……!」
「私は怪我ひとつしてないわ。ホラ早くなさい」
「はっはい!」


「出口ある!」といつの間にか元通りになった男子トイレから男の子をおぶっておなまえが出ていく。
魔津尾も立ち上がり腕を肩からぐるりと回すと悪霊を食べ終えた3体をカプセルに戻した。


「……ホント、変なとこで度胸のある子だわ」


トイレから出ると連絡を終えたおなまえが駆け寄ってきて、「ホントに何処も怪我してませんか?大丈夫ですか?」と魔津尾の周りを回る。
男の子を抱えたままなのを忘れていそうで、「衰弱した子供抱えてるんだから大人しくしなさいよ」と窘めるとようやく静かになった。


「生きてはいるけど弱ってるのは確かよ」
「! そうですね、でもまずは病院かも!」


魔津尾が無事と見るや否や変わり身早く救急車を呼ぶおなまえ。
「依頼人に改めて連絡しなきゃ」とか「この場合乗り合うんですかね?だとしたら私の車ってどうしたら?」と忙しなくする彼女に「ステイよおなまえ。ひとつずつやるの」と魔津尾は苦笑いを浮かべた。


---


後日。
おなまえからスッと差し出された書類に魔津尾は目を落とした。


「何これ。契約書?」
「ウチで働きませんかじゅなさん!」


何でも屋を一緒にやらないか、とそういうお誘いか。と魔津尾は書類の文字を目で追いながら「そうねぇ……」と低く声を洩らす。

おなまえはよくやっている。
”何でも屋”なんて言うと胡散臭いが、フットワークは軽いしコミュニケーションは高いしで何だかんだと仕事を見つけてこなしているからか、暇にしている所を見たことがない。

だからこそ留守にしがちな事務所兼自宅の管理を居候のついでにしている魔津尾に”バイト代”と称して生活費を支払ってくれているのだが、魔津尾自身いつまでもそんな状況に甘えるつもりはなかった。


--このまま此処に住む訳にはいかないし……。


近い内に出ていくつもりでいるのに、此処で仕事まで共にするとなったら離れ際を見誤りそうだと判断して、魔津尾は「悪いけど」とその書類をおなまえに返した。


「お断りするわ。私真っ当に生きたいの」
「じゅなさんは十分真っ当です!……でも、そうですかぁ、ダメですか…」
「フラれて悲しむよりまずソレなのね」


フフ、と魔津尾が笑うのに反しておなまえは口を尖らせた。


「じゃあ……ウチ、たまぁーに心霊っぽい依頼も来るんですけど、私0感だからどうしようもないなってこともあって。そういう時じゅなさんに相談しても大丈夫ですか…?」
「それは勿論」
「やったぁ!じゃあ、ビジネスパートナーですねっ!」
「……あぁ、そういうのもアリよねえ」


ビジネス。
その響きにピンと来て魔津尾は自分の顎に手をやり考え込んだ。

自分のこの能力を活かした商売というのも、悪くないのでは。
何しろ今パイプがひとつ繋がった訳だし。


「私決めたわ」
「? 何をですか?」
「霊能商法よ。この間みたいに悪霊の被害に遭ってる人を助けてお金を貰うワケ」
「良いと思います!じゅなさん、良いオネエさんですもんね」
「……良いオネエさんって何よソレ」


まるで悪いオネエもいるみたいじゃないの、と零すと「イヤイヤ世の中色んな人がいますから!」と然も出会ったことがあるようにおなまえはうんうんと頷いている。


「おなまえねぇ、本当に警戒心持ちなさいよ?」
「やだなぁ。私子供じゃありませんよお」
「だから、余計にって話をしてんのよ」
「心配ならもう少しここに居てください」


控えめな力でおなまえが魔津尾の腕を掴んだ。


「今すぐ出て行くってんじゃないのよ」


「近々ね」と言ってその手を優しく剥がそうとすると、おなまえの指先にだけ力が込められる。


「用心棒で雇います。ハウスキーパーさんでも…っ!」
「自分のことは自分で出来るようになりなさい。大人なんでしょ」
「……はい」


そう言うとようやくおなまえの手から力が抜けて、魔津尾の手に委ねられた。
おなまえのことだから、きっといつまででも魔津尾を追い出すことはしないだろう。
けれどそんな環境に依存する訳にはいかない。
そんな関係はお互いにとってもプラスにならないなんてことはわかりきっている。

しゅんと落ち込んだ様子のおなまえの頬に手を添えて覗き込むように身をかがめた。


「…なぁーに落ち込んでんのよ。側にいたくないだなんて言ってないでしょ」
「だってじゅなさん出て行っちゃう……」
「ヤダ自立しようっていうのにそれをさせないって言うの?」
「う”〜……依存してくださぁい〜」
「アンタの何処に依存性があるのよ」


苦笑すると図星なのかおなまえは「それもそうでした…」と項垂れる。


「お家のことやって貰って、美味しいご飯作って貰えて……寧ろ私がじゅなさんに依存してます……」
「ウフフ」
「依存性高しですよ…」
「そりゃあ、追い出されないように私も必死だったもの。……アンタがそんな人じゃないのはすぐわかったけどね」
「行かないでぇ〜」


泣き言を喚くおなまえを置いて立ち上がると、一層大きくおなまえが泣き始める。
「洗濯物仕舞うだけよ、ピィピィ泣かないで頂戴」とぴしゃりと言いつけるとおなまえはスンッと鼻を鳴らしながら「…一緒にやります」と後を着いてくる。

こういう切り替えの早い所は見習いたいものだと魔津尾は頷いた。
洗濯物を畳む合間もおなまえは時折恨めしそうに魔津尾を見つめてきて、目が合うと顔をくしゃりと歪めてみせる。


「何そのブサイクな顔は」
「出ていくまでに少しでも色んな私を覚えて貰おうという私の精一杯の抵抗です!」
「アッハハ!面白い子ねぇ」


魔津尾の言葉にほんのり頬を染めるおなまえの頭上には今日もガムちゃんが鎮座している。
くあ、と陽の光に当たりながら欠伸をする愛しい悪霊を微笑ましそうに見つめると、「……ほぉんと、悪いオネエには気を付けなきゃね」とおなまえに聞こえないように零した。




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23.01.19 / 魔津尾夢







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