変わるものと変わらないもの




1人で歩く帰り道。
家と学校の丁度間に位置してる公園を通り過ぎていると、そこで遊ぶ子供たちの声に顔を上げた。

砂場で楽しげにトンネルを作っている男の子と女の子。
両側から穴を掘り進めて、開通したのか仲良さげに「できた!」と顔を見合せて笑い合っている。
自分もよくああやって遊んでいたな、とおなまえは思い出した。
何かにつけてどちらが先に穴を掘り終えられるか、だとか、より大きな砂山を飛び越えられるかを度々競っていた。


--そう言えば最近、ちゃんと顔も見てないなぁ……


偶然見かけた子供たちに触発されて揺り起こされた記憶の引き出し。
折角思い出したのに、このまま家に帰り宿題をして復習をして英語の書き取りをして…、といつもの生活を過ごすだけなのがなんだかもったいない気がしておなまえはふと自宅に向かっていた足を幼馴染の家方向へと向けた。


---


「ただいま」
「おかえりなさい、シゲ。おなまえちゃん来てるわよ」
「……おなまえちゃん?」


帰宅したモブが靴を脱ぎ手を洗いに向かうと、その背中に母から声を掛けられる。
その口から懐かしい名前を聞いてモブは思わず復唱した。


「部屋片付いてたから上げちゃったけど……大丈夫だった?」
「う、うん。それはいいんだけど……僕の部屋にいるの?」
「久し振りに顔が見たくなった、って」
「そう……」


突然どうしたんだろう、と疑問を抱くも言われてみればモブも久しくおなまえと面と向かっていなかったなと思い出し、石鹸の香りに包まれた手を拭きながら「まぁ、いっか」と自室へ向かった。
本当は他に何かあって来たのかもしれないけれど、おなまえ本人が話すだろう。
階段を登り終えても未だ部屋に上げて良かったろうかと心配げに見てくる母に「大丈夫だよ」と声を掛けてドアを開けた。


「久し振りぃシゲ君。お邪魔してます〜」
「久し振り、おなまえちゃん。いらっしゃい」
「突然押しかけてごめんね」


ごめんね、と言いながらもおなまえは畳まれたままのモブの布団に寝そべりながら、本棚から抜き出したのだろう漫画たちで積み上げた机代わりのそれらの上に教科書とノートを広げている。
とても"ごめんね"とは思っていなさそうな程寛いでいるようにも見えるし、それなのに勉強に取り組んでいるというアンバランスさにモブは苦笑した。


「それは別にいいんだけど……机使えばいいのに」
「おやつ食べる時そこ使うの」
「僕の机だってあるのに」
「そこはシゲ君のだからダメなのっ」


「シゲ君だって宿題とかするでしょ」と続けながらおなまえはひたすらforget,forgot,forgottenの文字で1ページを埋めつくそうとシャーペンを動かしている。

母が用意したのだろう折り畳みの机の上に置かれた2人分のお茶の内のひとつを飲んで「後でね。お客さん来てるのにしないよ」とモブが言うとおなまえはピタリとその手を止めてモブを見た。
匍匐前進のように横たえられていた左腕に顔を乗せてじい、とおなまえに見つめられると何かとんでもない事を言われそうで、自分の部屋なのに居心地が悪くなりモブはもう一口お茶を飲み込んだ。


「じゃあ勝負しよ」
「え?」
「どっちが早く宿題終わらせられるか、勝負しよ!」
「えぇー……それは、嫌かなあ…」
「えー。じゃあどうしよっかな」


足をパタつかせ、考え込むようにおなまえが顎元にシャーペンの背を打つ。
左右に足が動く度にスカートのプリーツが揺れて、モブはそこから目を逸らした。


「とりあえず、布団から降りたら」
「まだ書き取り終わってないもん。宿題も」
「宿題やりに来たの?」
「ううん。シゲ君の顔見に来た」
「……それだけ?」
「うん。ついでに遊ぶ!」


シャーペンの先がノートを滑るペースが少しだけ早くなる。
「遊ぶんなら、宿題後ででいいんじゃ……」とモブが言うと「先に宿題終わらせないとママ怒るから」とノートに視線を落としたままおなまえは答えた。
数年ぶりに会話をしたというのにマイペースを貫いているその様子に、なら自分も、とようやくモブも机に向かった。


---


暫くの間ページを捲る音と、カリカリと芯先が紙を滑る音だけが響いていた室内で、一段落ついたのかモブがノートを閉じる。
机に向かっていた椅子を少しだけ引いて布団の方を見ると、おなまえはまだ頭を捻っていた。


「そもそも、何して遊ぶの?」
「んー?それはぁ……ちょっとこれ解いたら考える」
「考えてなかったんだ…」
「ちょっとこれといたら、ってチョコレートに似てるね。スペル覚えるのに使えるかな!?」
「余計なTとかKとかついちゃいそうだけど……」
「chokolate」
「kじゃなくてcだよ」
「Oh...」


スペル間違いを指摘されて、項垂れながらも消しゴムで痕跡を消し去るおなまえの横に移動し「あとどれくらい?」とモブは残りの宿題を確認する。


「もうこれで終わり。……シゲ君はもう終わっちゃった?」
「うん」
「はぁー、負けた〜」
「してたんだ、勝負……」
「張り合いが出るってもんです!」


最後の行を埋めるとがばり、とおなまえが起き上がり大きく伸びをした。


「おわ……ったぁー!」
「お疲れ様」
「でも負けちゃったなぁ〜。……私のが早く来てたのに」
「おなまえちゃん、英語苦手なの?」
「私純粋な日本人だもの」
「僕もだけど」


ずっとシャーペンを握り続けていた右手を解すようにプラプラと動かし、膝立ちで折り畳みの机に向かうと「おやつにしよ!」とおなまえはモブを手招く。
素直に従い向かいに腰を降ろせば、「はい」とチョコレートとビスケットが一緒になった菓子の小分けパックを差し出された。


「僕の分もあるよ?」
「勝者への貢ぎ物」


--うちのなのに……?


モブがそう思いながらも首を横に振って"いらない"と示す。
拒否されたおなまえは「んー」と悩むように低く声を出した後、何かを閃いたのかモブの方に移動してきて背に回った。


「じゃあ、肩揉みしませう!」
「肩?」
「勉学と部活動に勤しんで凝っていることでしょうから……ね!」
「凝ってるかな……別にいいけど」
「では学ラン脱いで貰って」
「う、うん」


言われるがままシャツになりおなまえに背中を向けると、両肩に両手が乗せられる。
ふにふに、とおなまえの親指が肩から首筋を指圧していくも、気持ちが良いというよりはただ触られているという感覚の方が強くてモブは急にそわそわしだした。
しかしおなまえは構わずモブの体を揉みほぐそうと続けている。


「あんまり凝ってないね」
「だ、だよね……もう止めても大丈夫、だよ」
「ううん。始めたばっかりだもん」
「…………」
「でもこうして触ってると、シゲ君も大きくなったよねぇ」


「肩とか、背中とか」と未だ指圧の手を緩めずに言うおなまえ。
自分では気が付かなかったが、もしかしたら肉改部の効果が出始めたのだろうかと少しだけ嬉しくなって「そう?」と聞き返す声が弾んだ。


「うん。部活何かやってるの?」
「肉改部に入ったよ」
「そうなんだ!それでかなあ」


最初は違和感のあったおなまえの指圧も、「肉改部でどんな筋トレをしたのか」とか「先輩はどうだ」とか、他愛無い話をしているうちに緊張が解けたのか自然と受け入れていた。
まるで話していなかった数年分を語り尽くすように喋っている間、マッサージは肩や背中に留まらず両腕を終え、おなまえに「足伸ばして」と声を掛けられてモブはハッと我に返った。


「あ!も、もういいよマッサージ!ありがとう」
「もういいの?」
「十分だよ……そ、それに僕汗かいてたし」


今更気が付いて気恥しさと申し訳なさにモブが視線を落とすと、「ぜーんぜんっ!」とおなまえが明るく笑い飛ばす。


「汗なら私だって、今日体育あったしかいてるよ!負けてない!」


そう言ってくるりとモブの目の前でおなまえが一回転してみせたが、汗の香りなど一切せず寧ろ整髪料なのか柔軟剤なのか、甘い香りが仄かにたっただけだった。


「全然しないよ」
「えー?……まぁ、流石に肉改部程は汗かいてないけど」


そう言いながら自分の腕の匂いを嗅ぐように片腕をあげていたおなまえが、その腕に着いていた腕時計に気付いて声を上げる。


「いけない、もうこんな時間」
「帰る?送るよ」
「ありがとう!」


いそいそとノートを鞄にしまって帰り支度を始めるおなまえを横目に、マッサージの為にいつの間にか肌蹴させられていたシャツをしっかり着直す。
自分が出した漫画や図鑑を律儀に本棚にしまい終えたおなまえの声を合図に自室のドアを開けて階段を降りた。


「おばさん、お邪魔しました!ご馳走様でした!」
「帰るの?シゲ、ちゃんと送っていってね」
「うん。行って来るね」


玄関までと思っていたモブの見送りが自分の家までと知っておなまえは近所だからそう大した距離では無いのだけど、とは思いつつモブの母の手前断るのも忍びなくてお言葉に甘えることにした。
空はすっかり夜になりそうな程暗くなっていて、「長居しちゃったね」とおなまえが呟く。


「いつの間にか時間経ってたね」
「でも有意義だったでしょ?宿題終わったし!」
「うん、まあ。……おなまえちゃんとも話せたしね」
「うん!久し振りだったけど、またたまには遊ぼ!」


「次の勝負は負けないもんね」と息巻くおなまえに、モブは「勝負かぁ」と気のない相槌を打った。
昔は何かにつけておなまえに勝負!と色々競ったけれど、大体が勝敗がなあなあで終わっていた気がする。
今なら多分、足だってモブの方が早いはずだ。


「次はうち来てね」
「えっ。……遊びに?」
「うん。人生ゲーム用意しとく!」
「二人で……?」
「他に友達いれば、一緒でもいいけど」


数年ぶりだと言うのにモブの足はしっかりおなまえの家を覚えていて、門の前で立ち話をする。
他の友達かぁ、とモブが「うーん」と考え込む。
なんとなく、律やツボミ以外の誰かとおなまえの家に上がることに僅かな抵抗を感じたものの、それを何と表現したらいいのかわからなかった。


「今度、律も暇な時つれてくるから。人生ゲームはその時までとっておこう」
「そう?シゲ君がそれでいいなら。じゃあオセロにしとくね!」
「ボードゲームは変わらないんだ……」
「ここまでありがとうシゲ君、またね!おやすみ!」


そう言って門を開けてドアに手を掛けるおなまえに、モブも「おやすみなさい」と手を振る。
おなまえがそのドアの内側に入るのを見届けてから踵を返して、今言った挨拶を反芻した。


--「おやすみ」かぁ……、昔はいつも「バイバイ」だったなぁ。


一人で家までの道のりを辿りながら、子供の頃には口にしなかった別れの挨拶にモブはあの頃より自分は数年分大人になったんだな、とようやく実感がわいたのだった。










×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -