早起きは彼の得



聞きなれた「意識高いね」って言葉が褒め言葉じゃないことはわかってる。
暗に”内申点稼ぎ大変だね”って馬鹿にされてるんだって。
でもそんな言葉を実力で黙らせてやりたくて生徒会長に立候補した。
「より良い学校生活」っていうのがどういうものなのかは本当はわからないけど、常に何かをし続けていないと余計なことを考えてしまう私の頭には、きっと雑事に追われている方が良いんだ。
それで内申と校内環境が良くなるんなら一石二鳥ってだけ。


「おはよう、みょうじさん。今日も精が出るね」
「…おはようございます、花沢くん」


朝の挨拶運動とかいう、風紀委員と合同で早朝から校門に立って登校してくる生徒たちに挨拶をしていると、派手なマフラーを巻いた花沢くんが白く息を吐き出して話しかけて来た。
元々奇抜な方だと思ううちの学校の制服を、それに負けないどころかファッションのひとつに取り込んでしまえるその着こなし術が知りたいような、そうでもないような。

朝練のある部活に所属してたんだろうか、一般生徒の登校よりも大分早い時間であることを私は校庭前の時計を確認してみる。
いつも通りスクールバッグを提げている花沢くんは、さも自然なことのように私の隣に立つと「今朝は寒いね」と話し続けた。
続々とやって来るウィンドブレーカーを来た生徒や道着袋を背負った生徒たちに、他の生徒会員がしているように「おはようございます」と声を合間に掛けている。


「花沢くんも部活行かないんですか」
「僕は帰宅部だよ」


「前もこんなやり取りしたね」と笑う花沢くんに、「なら何でこんな朝早くに学校に?」と訝しんだ私の表情を見て、花沢くんは寒さでか赤くなっている鼻を隠すように深くマフラーに顔を埋めた。


「生徒会、今日から朝早いでしょ」
「……花沢くんは、生徒会じゃないでしょ」
「うん。でも早く来ればみょうじさんと喋れるかと思って」
「何か話したいことでも?」


わざと語尾を合わせて強調してみせたのに、花沢くんは言葉尻を真似されて嬉しそうに目を細めている。
皮肉が通じてない。
というか、皮肉に感じてくれてない。
私は花沢くんを見るのをやめて生徒への挨拶を再開しながら、突き放すように言った。


「朝練組への挨拶の後、一般生徒が来るまで時間あるよね?その間は何してるの?」
「……生徒会室で待機か、校門周辺の掃除」
「みょうじさんはどっち?」
「掃除」
「こんなに寒いのに。大丈夫?」
「……」


もう話は終わりと伝えたくて返事をせずにいるのに、花沢くんは一向に校内に入ろうとしない。
生徒会員は事ある毎に生徒会室や業務に顔を出してくる花沢くんにもう慣れ切っていて、私の隣で挨拶活動をしていることさえ受け入れているけれど、それを知らない風紀委員の人たちからの視線がそろそろ面倒臭い。
いっそ「何で風紀委員でも生徒会でもないのにやってるの?」とハッキリ彼に聞いて欲しい。
そして出来ればここから花沢くんを追い出して欲しい。


--女子の目に入ると後々面倒だし…


何回か既に経験済みだが、やらなければいけないことが詰まってる中呼び出されるタイムロスと、「ご意見箱にでも投げ入れたら?」と言いたくなるような小言を聞かされるストレスは幾度経験しても薄れることはないので嫌だ。
私が一方的に会話を切っても、花沢くんは相変わらず教室には向かわなかった。
寒そうにしてるのに。
ピッタリ7時になって一回目の活動を終えるまで花沢くんはいた。


「お疲れ様です。8時までにはまたここに集合して下さい」


他の生徒会員が「お疲れ様でしたー」と校内に向かう中、花沢くんは生徒会の後輩や風紀委員の子何人かに話し掛けられている。
「早起きだね」とか「カイロあげる」とか構われている彼がこのまま大人しく流れに任されて後輩か風紀委員の方についていってくれれば、少なくとも私に構っている花沢くんの姿を見たのは朝練のある部活の生徒だけで済む。

既に美化委員が何人か清掃活動を始めているのを見て、私も遅れないように竹箒と大塵取を取りに用務置き場に向かって歩いていると、「みょうじさん一人で掃除するの?」と後輩たちを後にして花沢くんがついてきた。
今朝はもう、話さなくていいと思ったのに「手伝うよ」と言われてしまうと口を開かずにはいられない。


「この後美化委員と合流するので一人じゃありません。大丈夫です」
「でも人手があればその分早く終わるし。手伝わせてよ」
「そんなに寒がっている人に無理させる程鬼じゃないんですが」


校内では先生からの注意対象になるのに、花沢くんは寒さからかポケットに両手を突っ込んでいる。
私の言葉が意外だったのか花沢くんは大きい目を丸くさせて私の顔を見つめてきた。


「……なんです?」


その視線に照れにも似た居心地の悪さを感じてついまた声音に棘が乗ってしまったけど、もう彼が早く暖を取ってくれるんならそれでいいか。
私を手伝いたい、と言うんならせめてもっと防寒してて欲しい。


「ううん。みょうじさんが心配してくれたの、初めてだから。嬉しくて。忘れないように見てた」
「変なこと言わないでください。忘れて結構です」


花沢くんの中の私はどれほど冷徹人間なのだろうか。
……でも女子に呼び出しをされるようになってから余計に厳しく接していたから、強ち間違いでもないのかもしれない。
「早起きして良かったな。三文の徳ってやつだね」と笑う花沢くんはなんだか犬みたいだ。
犬ならもう少し寒さに強そうだから、猫の素養も持ち合わせているかもしれない。

ガタリと用具入れの扉を先生から渡されていた鍵で開けると、中は埃っぽくって薄暗い。
明り取りの窓から差し込んでいる朝陽のお陰で十分見れるけど電気を点けようと振り返った。


「あ。ここ温かいね」
「……まだついてくるんですか…」


後ろ手に扉を閉めた花沢くんは、今までいた外とは違って風を阻む倉庫を有難がっている。
出入口に立っている花沢くんの隣にある電灯のスイッチに手を伸ばすと、ガチャリという音が耳に入った。
音のした方に視線をやると、花沢くんの寒さで赤くなった指先が丁度サムターンから離れたところだった。


「こういう所に2人きり…って、ドキドキしない?」
「……ヒヤヒヤしてますけど」
「なぁんだ残念」


一瞬だけ、花沢くんの目の色が変わったのがわかった。
深い蒼に私が映っていて、それ程近くにいるのに気が付いて一歩後退る。
するとパッといつもの笑顔に戻って花沢くんが軽い口調でドアから離れた。
鍵はかかったままだ。
ドアノブを見つめている私に、花沢くんは適当な大きさの収納ケースを軽く払うと腰を降ろして話しかけてくる。


「でも少し休んだら?みょうじさんは働きすぎだよ」


「外寒いしさ」と自分の指先を温めるように両手を擦る彼は、風紀委員たちの誰かからホッカイロを受け取らなかったんだろうか。


「だから、花沢くんは教室に行けばいいじゃないですか。寒いんなら」
「ここならちょっとは寒くないじゃない」
「…じゃあここにいますか?私は掃除をするので」


花沢くんの隣にある大口のワイヤーバスケットに差し込まれている竹箒に手を伸ばすと、その手にひやりとした花沢くんの手が重なった。


「サボっちゃいなよ。他のメンバーは生徒会室なんだし」
「冷たい」
「みょうじさんは手温かいね」


構わずに箒を取り出そうと腕を上げると、その途中でぐっと抵抗するように力を込められて中途半端に腕が止まる。


「離してくれませんか?」
「離しても掃除に行かないでくれるなら。離すよ」
「それじゃあ本末転倒です」
「そうかもしれないね」


困った様に眉を下げて見せる癖に手から力を抜く気は無いみたいだ。
花沢くんの言う通り校門の掃除は任意--寧ろ暇でいたくない私が仕事を見つけたくてしようとしている--だから、私一人いかないくらいで何が悪くなるということもないのだけど。
一向に手を離さない花沢くんの顔を一瞥してから、私は仕方なく箒を掴んだ手を放した。


「折れてくれるの、珍しいね」
「よく言う」


力を緩めなかったのはそっちだろうと睨むのに、花沢くんは「だって中々ないから」と笑っている。
ちゃんと自分で言った通りに手が開放されて、私は生徒会室に向かおうと踵を返した。


「あれ。どこ行くの?」
「生徒会室です。8時まで暇なので」
「暇ならもう少しここで話したいな」
「……生徒会室でも話せますよ」


相手にするかどうかはまた別の話だけど。
私が続けなかったその言葉をわかってるのか、花沢くんは「僕だけ喋っちゃうことになりそうだなぁ」と苦笑した。


「生徒会室なら暖房ついてますけど」
「うーん……それも魅力的だけど…」


いくら外よりマシとは言え、用具置き場はただの物置。
勿論空調なんかない。
寒がりの花沢くんがこれで生徒会室に行ってくれれば彼は寒さも凌げるし、私は他の生徒会員に花沢くんの相手をおしつけることができるかもしれない。
よし、得なことばかりだと自分の案に内心頷くとさっきよりは温く熱を宿した花沢くんの手がまた私の手を取った。


「こうしててくれたら寒くないかな」
「私はカイロじゃないんだけど」
「平熱高い方?それとも血の巡りがいいのかなぁ」


「僕も筋トレしてるから冷え性って訳じゃないんだけどなあ」と花沢くんは続けている。
その手を払い除けて倉庫を出たいのに、あろうことか花沢くんは手を重ねるだけじゃなく私の手を自分の頬に当てて暖を取り始めた。


「はっ、はなして」
「ハハ。今日はいつもと違うみょうじさんがたくさん見れるね」
「花沢くんが変なことするからだよ…」
「敬語外れてるよ」


「そっちの方が僕好きだなぁ」と畳み掛けてくる。
一体なんなの。
なんで今日はこんなにしつこく構ってくるの。
もう一度「離してください」と言うと花沢くんは「8時までここに居てくれるかい?」と先程みたいに聞いてくる。


「……何でここに居ることにそんな拘るの?」


寒いし埃っぽいし。
決して居心地がいい様な場所では無いのに。
すると花沢くんは少しだけ首を傾げてから口を開いた。


「みょうじさんと2人なんて滅多になれないから、勿体なくて」
「も……勿体ないの意味がわからないんだけど…」
「アハハ。こんなにアプローチして全然伝わってないの、ショックだなぁ」


全然ショックそうには見えない。
寧ろ嬉しそうまである。

花沢くんは笑いながら頬に添えていた私の手を自分の胸に当てて見せた。
冷たい頬や手と違って、ほんの少し私の指より温かい体温がシャツ越しに伝わって、掌の下でトクトクと早い鼓動が触れる。


「好きな人と2人きりってドキドキするでしょ。もう少しこうしてたいな」
「……め、ずらしい私が見れてそんなに楽しい?……こういうのやめてよ、他の人にもしてるんでしょ」


花沢くんが女子生徒に人気なのは周知の事実だ。
いつも気さくに話し掛けてきて、頻りにこちらを気遣って、何かと手を貸してくれる。そんな彼の人気に納得もしてた。
でもここまではサービスを通り越して毒だ。
花沢くんのこんな所作に一喜一憂してしまったら最後、振り回されるのが目に見えている。
そう、思うのに。


「してないよ」


少しだけ悲しそうに花沢くんの瞳が揺れた。
それを見て胸が急に苦しくなる。

なに、これ。
嫌だ。
胸の奥がザワザワする。


「してない」


花沢くんが繰り返した。
胸へと導いたまま掴まれた手首に、少しだけ力が込められた。
まるで「伝わって」と願うみたいで、私の指先が震える。
何かを言わなければと思うのに言葉が出て来なくて、薄く開いた私の口からは白い息しか出なかった。


「……やっぱり寒いね。生徒会室、行こうか」
「ぁ……う、うん」


どれくらい見つめあってたろう。
すごく長く感じたし、短くもあったように思えて、それだけ花沢くんの瞳しか見てなかったことに思い至ると気恥ずかしさから目を伏せた。

なんだか、耳が熱い。

花沢くんの胸からは離されたけど、私の手は未だ花沢くんの手の中だ。
出入口に向かってそのまま歩き出した花沢くんは自分で掛けた鍵を開けてしまう。
やっぱり、2人きりだなんだと言ってみせたのはただのリップサービスだろうとその様子を見て少しだけ落ち着きを取り戻せた。
しかし花沢くんはドアの前で立ち止まって開けようとしない。


「どう、したの?」


何で立ち止まっているんだろう、と問い掛けると、少しだけ長く花沢くんが息を吐き出してから振り向いた。


「ねえ、みょうじさん」
「な…なに」
「前言撤回するよ。僕、2人きりだとちょっと…欲張りになるみたいだ」
「……? なんの話?」
「おなまえの話だよ」


突然名前を呼ばれてビクリと肩を揺らすと、それまで困り顔だった花沢くんが一瞬目を細めた。
その目がサムターンを回したあの時と同じ色を宿していて、思わず息を呑む。


「…ね。おなまえって呼んでもいい?」
「……好きに、呼べば」
「ありがとう。僕のこともテルって呼んで欲しいな」


ニコリと笑いかけられる。
いつもの花沢くんだ。
そう思って安心するのに、ざわめいた胸は落ち着いてくれなかった。

そう言えば、生徒会選挙の後初めて花沢くんと会った時にもそう聞かれていたのを思い出した。
あの時は初対面なのに馴れ馴れしい人だなと断ったのに。
今は。


「花沢くん」
「まだまだ道は険しいか…」
「やっぱり名前、……今まで通りにして」
「…どうして?」


ドアノブに手を掛けたまま、花沢くんが私の言葉を待っている。
熱い耳を冷ましたくて、空いている方の手で髪を耳にかけた。

いやだな、なんか……変だ。
変、としか形容できない。


「なんか、調子狂う、から」
「…それは……少しは期待してもいい…ってことかな?」
「何それ」
「……ううん、なんでもないよ」


何だか手が汗ばんできて、離して欲しいのに腕を自分の方に引くと花沢くんに引き戻された。
「でもやっぱり、僕はおなまえって呼びたいな」と花沢くんは私の指の間に自分の指を絡めてくる。
「熱い」とか「汗出る」とか言って離してもらおうとしたけど、花沢くんはニコニコしたまま聞こえない振りをする。
幸い周囲は部活動中だし、一般生徒の登校まではまだ時間があるから誰かの目につくことはなかったけれど。

手を繋いだまま2人で生徒会室に向かう足並みは重たいような軽いような、不思議な感覚だった。
「明日も早く来て良い?」と聞いてくる花沢くんは、自分が寒がりな自覚がもしかしたらないのかもしれない。


「……防寒、ちゃんとしてね」


良いとも悪いともハッキリと言えなくて、そうとだけ言うと花沢くんは朗らかに笑って頷いた。




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23.01.23 / 一目惚れ押せ押せなテル







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